新たなビジネス基盤整備に注目(総論)−欧州フロンティア諸国の投資環境比較(2)−

(中・東欧、北アフリカ、ロシア、トルコ、ウクライナ)

ワルシャワ発・欧州課

2009年03月12日

欧州フロンティアでは、金融危機の影響を受けて、雇用情勢も逼迫から緩和に向かっている。また、地域によっては、社会基盤の構築も迅速に進められており、モロッコのタンジェ地中海港やロシアのウスチ・ルーガ港は、新たなロジスティクスを検討する上で、重要な基盤となる可能性を秘めている。欧州フロンティア諸国にはイスラム圏も含まれるが、トルコやモロッコのビジネス形態が特殊という事例はほとんど聞かない。長期的な市場としての潜在性は東欧圏よりもイスラム圏の方が高いと考えられる。

製造業の立地の検討では、「コスト」も重要な検討課題だが、「労働力の質」「社会基盤」「商慣習・障壁」「市場性」など、そのほかの要素についても十分留意する必要がある。調査は、これらの点についても、定性的評価という視点で、「コスト(定量分析)」と相互補完的に取り上げている。以下、主な項目について概説する。

<雇用情勢にも金融危機の影響>
1.雇用面と労働力の質
金融危機以前の欧州周辺地域では、外国投資に伴う現地雇用の拡大や労働力の西欧への流出(いわゆる労働移民)で、失業率低下と賃金上昇が同時並行で進んでいた。特に労働移民については、「ポーランドから英国、アイルランドへ(2008年10月16日記事参照)」「リトアニアからアイルランドへ」「ルーマニアからイタリア、スペインへ」など、EU新規加盟国と西欧の特定国が組み合わさり、地域コミュニティーを形成していた。

しかし、金融危機以降は、受け皿となっていた西欧の建設部門で資金繰りが悪化し、工事の中断・縮小などに追い込まれたため、労働移民が失業するという事態が顕在化している。これが労働移民の帰国というかたちで欧州周辺地域の労働需給緩和につながり、これまでの「賃金急騰」「人材確保難」という状況は収束した。ただし、労働者不足が緩和した現在でも、総じて経営管理職やエンジニアは不足している。国により差異はあるが、新興国の側面が強い欧州フロンティア地域全般に、これらの人材層がもともと不足していたことが背景にある。

他方、欧州周辺ということもあり、フロンティア諸国の教育水準は、総じて高い。投資誘致機関も高付加価値産業や研究・開発拠点の設置を重視しており、「雇用人数」「総投資額」と並んで「供与技術」も投資インセンティブの取得要件に取り上げられている。例えばモロッコではフランスと高等教育機関の教育プログラム構成や資格制度が整合している利点を生かして、技術交流を活発に行っている。欧州半導体最大手のSTマイクロエレクトロニクス(フランス・イタリア合弁)は回路設計センターをラバトに設けている。

しかし、労働基盤については「アジアと比べると、日本とは相当異なる独自のメンタリティーをもち、日本流の経営スタイルを根付かせるのは、並大抵の苦労ではない」(在欧州日系製造業)との厳しい指摘もある。欧州フロンティアでも「仕事(休暇)の在り方」「権限・管理についての考え方」などは西欧と共通あるいは近似しており、むしろ日本流の方が異質だ。ただし、トルコ人労働者は「簡単に休まない。残業をいやがらない」、「役職や年齢を気にし、上下関係を重視する」(在トルコ日系製造業)など、欧州よりもアジアに近いメンタリティーを持つ。

今回の調査で金融危機以降は「欠勤率が急速に低下している」(ルーマニア、モロッコなど)との指摘が目立った。それまでは医師の診断書を提出して、1週間程度の医務休暇を取得する事例が散見されたが、多くの企業でレイオフや一時帰休が常態化する中で、状況は急変している。

<運輸基盤の整備度は国によって大きな差>
2.社会基盤
「エネルギー」、「運輸」など地域に根付いた社会基盤を考える場合、地政学的な視点が重要だ。特に欧州周辺地域では政治の影響が極めて大きい。まず、エネルギー関連では、ロシアからウクライナへの天然ガス供給停止問題で、そのリスクの大きさと国による影響の差異が明らかとなった(2009年1月9日緊急レポート参照)

これらの背景にあるとされるウクライナの政治的混乱は当面続く見通しで、スロバキア以南の天然ガス供給は今後も不安要素を抱える。問題が再燃すると、ウクライナだけでなくセルビアや、1月の天然ガス供給停止では比較的被害が軽微だったルーマニアなどへの影響も懸念される。

他方、ロシア産天然ガスが主としてベラルーシ経由で供給されているポーランドやリトアニアは、ベラルーシの政治情勢に留意しなければならない。「ロシアの飛び地カリーニングラード州へのパイプラインが通過するので、供給が断たれる心配はない」(リトアニア企業)との指摘もあるが、新たなエネルギー網の整備など、リスク対策も必要だ。トルコでは2009年1月の天然ガス問題の際、「海運でのアルジェリアからの調達を増やした」(トルコ発電事業者)という。欧州周辺(特にEU未加盟国)での事業基盤では、常にエネルギー確保の代替チャネルを模索・構築することが重要だ。

また、運輸基盤については「整備のスピード」に大きな格差が生じている。ロシア、ウクライナ、トルコなど国土の広大な国の高速道路網は、現状では首都や大都市周辺の環状線や空港へのアクセス道路が開通している程度だが、緩やかに整備され始めている。

むしろ、遅れが目立つのは、EU加盟で建設資金に恵まれながら、計画実施が遅れているポーランド、ルーマニアだ。EU域内でサプライチェーンを構築する企業にとって高速道路網の連絡は不可欠だが、ポーランドはドイツとの接続路線の拡充(現在、南西部のA4高速道路と北西部のA6高速道路のみ)やチェコとの接続が計画通り進んでいない。ルーマニアもコンテナ貨物の取扱量が伸びているコンスタンツァ港とハンガリー国境を結ぶルートが早急に構築されることが期待されている。

逆にリトアニア、セルビア、モロッコは、首都と地方をつなぐ高速道路網が整備されており、そのスピード感には驚かされる。リトアニアは、クライペダ港〜カウナス(調査対象都市)〜首都ビリニュスを結ぶ高速道路E85が東西に連絡している。

セルビアも、北部からノビ・サド(調査対象都市)や首都ベオグラードを経由して南部まで縦走する高速道路網が整備されている。セルビアを含む旧ユーゴスラビア連邦諸国は、社会主義国家時代から比較的高速道路網が整備されていた。また、モロッコは日本の円借款事業の効果もあって、既に高速道路の総延長は約850キロに達している。15年までの計画ではさらに1,500キロまで延長する見通しだ。

<アフリカ最大の港湾を目指すタンジェ>
海運関連では、特に欧州周辺地域でのタンジェ地中海港(モロッコ)とサンクトペテルブルク港(ロシア)の役割が注目される。タンジェ地中海港(旧市街に近い旧港から東に40キロの新港、07年7月稼働開始)は既に高速道路で主要都市カサブランカと接続し、対岸のアルへシラス港(スペイン)ともフェリーで40分の好立地にある。モロッコ進出日系企業も「現在は、旧港にあるフェリー・ターミナル経由でトラック貨物を欧州向けに輸出している。コンテナを積み替えるわけではないので、スムーズだ」(自動車部品製造)という。

今後、フェリー・ターミナルはタンジェ地中海港に移される予定で、企業向けロジスティクスはタンジェ地中海港が中心的に担うことになろう。

ただし、同港の本来の狙いは「アジアと欧州を結ぶトランス・シップメント貨物の中継地(タンジェ地中海港港湾局)」となることで、15年にはコンテナ貨物処理能力を800万TEU(20フィート・コンテナ換算単位)まで引き上げる見通し。水深18メートルの岸壁が延長1,600メートルもある良港で、A.P.モラー・マースク(デンマーク)など海運大手が利用している。今後はアフリカ最大の港湾を目指すという。日系ではマキタ(電動工具)が、09月1月に物流倉庫を兼ねた販売法人を港湾隣接地に設立している。

また、サンクトペテルブルク港は、コンテナ港湾の機能を急速に改善している。金融危機の影響で、物量が減少していることもあるが、現在は「コンテナ貨物の沖待ち・滞船などの問題はほとんどない」(日系ロジスティクス企業)という。

ただし、自動車の陸揚げ港湾としては若干、蔵置スペースの不足感もあり、完成車輸入港湾としては、サンクトペテルブルク港の西方約140キロの地点に完成車向けターミナルが完成した「ウスチ・ルーガ港」(08年6月竣工)や伝統的に代替港としての役割を担うフィンランドの「ハンコ港」なども併用される見通しだ。

<長期的にはイスラム圏が有望か>
3.商慣習・障壁
EU加盟国のポーランド、リトアニアは、EUとの法制度の整合が進み、独特の商慣習の違いで悩まされることは少なくなっている。しかし、EU加盟により、公共入札などの透明性が高められて、かえって高速道路網の整備に時間がかかるようになった、との指摘もある。ルーマニアは法制度のEU基準への調和が進んでいるものの、「いったん施行された法律が短期間で変更される」、「想定外の法改正が多い」(在ルーマニア日系製造業)など、不安定な法制度環境を指摘する声も聞かれた。

09年中のEU加盟候補国認定を目指すセルビアは、法制度のEU基準への調和や税制の簡素化が進んでいる。提出書類の要件が厳しいなど旧社会主義国共通の問題が指摘されるが、「商慣習は西欧や中・東欧と大きく異なるものではない」、「西欧人に対する感覚でビジネスの話をすることができる」(在欧州日系商社)など、欧州との商慣習の違いを指摘する声はなかった。

ロシア、ウクライナなどでは、行政手続きの不透明性がしばしば指摘されるが、特にロシアは「不透明というよりも、厳格化してきた感がある。申告書類の記載事項に少しでも過誤があると、再作成を求められる」(在ロシア日系企業)傾向がある、という。対策としては、行政官がどこを厳格にチェックしてくるかを熟知したその道の専門家に委託することが肝要という。これは法務に限らず、税務・会計・ロジスティクスなど広い範囲に及ぶ。

トルコ、モロッコなどのイスラム圏では「イスラム金融」など宗教の経済活動への影響も想定されるが、少なくとも外国企業に対する障壁としての悪影響についての指摘はほとんどなかった。「ラマダン(断食月)」のビジネスへの影響(2008年9月4日記事参照)も、実態的には軽微と認識されている。モロッコ進出日系企業によると、「多少、生産は落ちるが、特に生産ラインも停止せず稼働し、従業員も通勤してくる」という。

4.市場性
金融危機のため、現在は各市場とも混迷が続いている。しかし、金融危機以前は、ポーランド、ルーマニア、ロシアなどは消費市場としての成長期待から、多くの日系企業の販売展開が進められていた。しかも、日系進出企業間のB2B取引に加えて、現地の消費層を狙うB2C事業の展開が期待されていた。

ポーランドの資生堂(化粧品)、アシックス(スポーツ用品)や、ルーマニアのダイソー(雑貨、2008年5月9日記事参照)、ロシアのニコン(デジタルカメラなど)、カシオ計算機(電子楽器)など、多くの日系企業が08年末までに販売法人設立に動いている。これらは主に所得水準の向上、消費市場の活性化を狙った市場参入である。

ただし、東欧圏はロシアを含めて、将来的には人口減少社会に突入するとみられており、長期的な視点では、市場性についての過度な期待は難しいと考えられる。むしろ、国連経済社会局の推計によると、トルコ(人口7,200万人)、モロッコ(3,100万人)は今後の人口増加が期待されており、トルコは30年までに9,000万人、モロッコは35年までに4,000万人の人口を突破すると予測されている。

(前田篤穂、土屋貴司)

(中東欧・ウクライナ・ロシア・トルコ・北アフリカ)

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