金融危機の影響は当面は限定的−米国金融市場不安に伴うトルコ経済への影響−
イスタンブール発
2008年10月17日
銀行の海外からの資金導入が困難になり、市中金利は急騰しているものの、産業界も含めて信用不安などの状況は起きていない。エルドアン首相は「世界的な金融危機によってトルコ経済が無傷でいるわけにはいかないだろうが、その影響は最小限にとどまる」との見解を示した。経済界からは、危機の影響が実際に見られるのは2009年に入ってからで、政府は危機対策を軽視しすぎている、との批判も出ている。
<海外からの銀行間の資金繰り困難に>
トルコの銀行部門は、先進国の銀行が主力とした高度な金融商品を扱うまでに成熟していなかったこともあり、信用不安など、米サブプライム危機の直接的な影響は受けていない。
しかし、国内銀行の多くが外国からの資金繰りが困難になっていることから、企業に対する融資金利を引き上げている。政策金利は16.75%と既に世界最高水準で、ローン金利は2〜7ポイント急上昇して25〜27%に達しており、一部の銀行はトルコ・リラ(以下、リラ)建ての融資で30%、外貨建てで12%の金利を適用しているという。銀行側は、銀行間の貸し出しが実質的に停止している現在の環境下では金利の引き上げは当然であるとしている。
イシュバンクのオズィンジェ頭取は「銀行部門は比較的強い抵抗力を見せている。中小企業と消費者が危機の進行度合いにより悪影響を受けることになろう」とし、企業には営業資本の強化を、消費者にはクレジットカードでの消費を控えて消費者ローンに移行することを、それぞれ勧めている。
リラは、9月初めの1ドル=1.17リラから、10月16日までに25.5%減価し、1.47リラ(中央銀行売り)となっている。中銀は、9日、銀行部門に対する外貨流動性支援のため、2001年の金融危機の翌02年7月〜12月に導入した外貨預金操作(FX depot operations)の再導入を決定し、15日には毎日のドル買いオークションを停止させて、流動性の確保を強化している。
<政府は構造改革で耐久性を高めた、と自信>
エルドアン首相は「01年の金融危機の教訓を最大限生かし、6年に及ぶ構造改革で金融・銀行部門を再編し、経済基盤を強化したことで、危機に対する耐久性を高めた」と経済状況に自信をみせている。シムシェク経済担当相も「トルコのクレジット・エクスポージャーと公的債務のGDP比はほかの新興諸国に比べても低く、経済状況を安定させている。流動性は十分あり、銀行部門の負債自己資本比率、透明性の面では多くの欧米の銀行よりも健全であることが、危機の影響を最小限に抑えている」としている。
国際機関からもトルコの状況は評価されており、世界銀行のゼーリック総裁は「政府が実行した一連の構造改革の結果、トルコの金融システムはかなり強固だ。輸出が影響を受け、成長は鈍化するだろうが、不況やマイナス成長といった懸念はない。リラの減価による調整も予想の範囲内だとしている。
<過度の楽観姿勢は禁物>
政府の楽観視に対して、経済界からは批判の声も出ている。財界は総じて政府の改革を高く評価し、直接的な影響は少ないことは認める。しかし、対内直接投資など外国からの資本の流入が停滞するのは避けられず、主要輸出先であるEUの景気が冷え込むことで輸出主導の産業に悪影響が表面化してくるのは09年に入ってからであるとして、過度の楽観的姿勢に警鐘を鳴らしている。
コチ・ホールディングのムスタファ・コチ会長は、世界的な傾向に無傷でいられると予想することは非現実的であるとし、政府が率先して行動する必要があると警告した。同会長は「たとえ心理的にであっても、IMFとの新しいスタンドバイ協定で合意することがトルコの問題を潜在的に緩和する」と、遅れているIMFとの交渉の進捗を促した。
また国際投資家協会(YASED)のアルパル事務局長は、トルコへの対内直接投資が世界的な金融不安の影響を受けることは疑う余地がないとし、直接投資が懸案の経常赤字をファイナンスする重要な手段の1つであることを忘れるべきではないと語った。同事務局長は、民営化計画に遅れが見られるようにもなっていることを指摘し、「残念なことに、多くの国営企業民営化の機会は失われた」とみている。
<停滞を乗り切れば将来性は高まる>
アタ・インベスト主席エコノミストのトーチ氏は、現下の金融危機が01年にトルコを襲った危機とは大きく異なる点に注目して、以下のように分析している。
01年の最悪の金融危機を含む90年代の危機が新興諸国の制度や規制など構造的な未成熟に起因するものだったのに対し、現在の危機は欧米という先進国に起因するという反転現象が見られる。現在の新興諸国ではバランスシートに改善が見られるようになっており、十分なマネーフローを持つことで、全体的に危機の影響を最小限に抑えている。トルコも、政府が対策を強化し、資本の流出を防ぐことができれば、高金利はプラスに作用し続け、流動性に問題は生じない。
このため、銀行部門は利益率に低下は見られるだろうが、構造的な問題が発生する懸念はない。ただし、高金利は、09年を通じて景気を減速させ、国内市場をターゲットとする中小企業への融資環境は厳しい。セクター別でも、繊維・衣料品や家電は中期的に困難に直面するとみている。また直接的な企業活動への影響は軽微とされる自動車や鉄鋼、化学品などの主要産業も、内需の冷え込みと輸出の減速で、大型投資は延期を余儀なくされる。
プロジェクト関係では、緊急課題であるエネルギーや物流といったインフラ計画への融資に対する影響も避けられず、やはりスローダウンは現実問題として避けられない。政府筋はインフラ投資に影響なしとしているが、楽観的に過ぎるのではないか。
しかし、09年には危機の世界的な影響も収束し、経済の中心は金融主導の先進国から生産拠点を持つトルコなどの新興諸国へ移行することが予測できる。健全な経済構造を発展させる限り、トルコの将来性は揺るがない。今回の危機をうまくコントロールすれば、トルコは逆に大きな機会を得ることになると期待している。
(中島敏博)
(トルコ)
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