移民労働者の雇用へも波及
ワルシャワ発
2008年10月16日
金融危機による先進国の経済変調で,建設労働などに従事するポーランド人移民が人員整理で帰国を迫られるなど影響が出始めている。これらポーランド人移民を多く受け入れてきたアイルランドで主要労働組合のポーランド人部会・代表を務めるカジミエージュ・アンハルト氏に聞いた。
添付ファイル:
資料( B)
<実体経済の悪化で帰国する移民も>
国民1人当たりGDPがEUでルクセンブルクに続いて高いアイルランド(添付資料の図1参照)は、欧州で英国、ドイツに次いで多くのポーランド人移民を受け入れてきた(添付資料の図2参照)。ポーランドの賃金水準が上昇した現在でも、その所得格差は3〜4倍で、英国と並んでEU域内での労働市場開放に積極的であることもあって、多くの移民流入が続いた。
アイルランドの主要な労働組合である「サービス産業専門・技術労働者組合(SIPTU)」で、ポーランド人労働移民の待遇改善・教育支援を行ってきたカジミエージュ・アンハルト氏は、アイルランドで就労するポーランド人は2007年に22万人に達し、人口約440万人のアイルランドでは重要な労働力(総人口の約5%)として経済に貢献してきたと説明する。その約32%はホスピタリティ産業(医療・ホテル・飲食・流通など接客・用務業)、約30%が建設産業(土木・建築)、約20%が製造業(ほとんどが生産ライン・オペレータ)に従事しているとされる。一部には、金融機関や製造業の管理職、建築技師などの「ホワイト・カラー」もいるが、同氏によると全体の10%未満という。
しかし、08年春以降、組合員から「人員整理が始まった」「アイルランドよりも条件の良い国はないのか」と云った相談が増え、実際にポーランドへ帰国する人や、ノルウェー、デンマークなどへ再移民する人が出ているという。これらの大部分が建設産業労働者で、同氏は「米国・金融市場の混乱に端を発する不況のドミノ倒しだ」と指摘する。経済成長の見込まれたアイルランドには、米国の不動産ファンドなどが多く流入してきたが、世界的な経済変調で、急速に建設プロジェクト計画がしぼみ、中断している。そのあおりを真っ先に受けたのがポーランド人移民だった、というわけだ。
<製造業の雇用にも波及>
同氏によると、建設産業に続いて、製造業でも影響は出始めている。アイルランド西部・リメリックで、コンピュータ製造を行う米国デルは、現在の生産機能をポーランド中部の主要都市ウッジに移転する計画とされる(「ウォールストリート・ジャーナル(欧州版)」紙9月16日)。一部はポーランドで採用され、技術訓練のために派遣された人も含むが、約3,000人の同工場従業員の6割をポーランド人移民が占める。同氏は、ほとんどがウッジ事業所に転属になるとみている。
「こうした帰国労働者が在ポーランド・日系企業に勤務する可能性はあるか」と聞いてみたところ、同氏は「日系企業が提示する賃金水準次第」と答えた。具体的に、同氏が示した期待賃金水準(推定、表参照)によると、アイルランドの自動車部品やエレクトロニクス機器など複雑な業務を担当してきた労働者(週給500ユーロレベル)をポーランドで雇う場合には月給が約2,000〜3,000ズロチ(1ズロチ=約40円)は最低必要になる。賃金水準はアイルランドの3分の1程度に低下することになるが、自国での生活の安定に加えて、アイルランドの高い生活費、ポーランドへの送金時の為替差損(ユーロに対してもズロチの価値は強いため)などを考慮すると、「我慢できる水準なのだ」という。
また、労働力の質については、ポーランド人移民が働いているアイルランドの事業所の多くが、米国資本のグローバル企業だったこともあり、直接作業者レベルでも、新しい技能を修得する機会が多く、相当の技能向上があったと云う。しかし、英語会話力について「多くの労働者はポーランド人コミュニティの中で暮らしてきた。業務レベルの高い英語力を身に付けた労働者が少なかったことは、彼らのキャリア形成の観点からみて残念だ」と語る。
(前田篤穂)
(ポーランド・アイルランド)
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