知財判例データベース タンパク質製剤特許において、請求項に記載されたタンパク質配列が実施例と異なることを理由として実施可能要件が否定された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
事件番号
2024ホ15257登録無効(特)
言い渡し日
2025年09月09日
事件の経過
上告取下げにより確定

概要

 本件は、黄斑変性治療剤として用いられる活性タンパク質である「アフリベルセプト」の製剤特許に関するもので、請求項と実施例においてタンパク質を特定する記載が異なるため実施可能要件が否定された。
 このようなタンパク質を細胞内工程を経て製造するのにおいては、組換えタンパク質を細胞内で発現させるために当該目的タンパク質をコードするDNAを細胞に導入する際に、そのタンパク質の末端にシグナル配列(目的タンパク質のアミノ末端に位置する15~20個のアミノ酸配列で、タンパク質が細胞内で移動すべき目的地を指定する役割を有する)が含まれるが、その後、細胞から回収される最終タンパク質(すなわち、製剤特許に含まれる活性タンパク質)にはシグナル配列は残存しない。
 本件特許発明において請求項の記載にはシグナル配列を含むタンパク質が特定されている一方、実施例の製剤ではシグナル配列が除去された最終タンパク質が使用されていた。特許法院は、両タンパク質が相違することから、本件特許発明は発明の説明の記載によって容易に実施することができず実施可能要件の欠如により無効であると判断した。

事実関係

 被告は、「硝子体内投与に適したVEGF拮抗剤製剤」を発明の名称とする発明について2014年6月5日に特許登録を受けた。上記特許発明について、原告は被告を相手取って、特許発明が記載要件を満たしておらず進歩性が否定されるとの理由で無効審判を請求し、これに対し被告は訂正請求を行った。特許審判院は、被告の訂正発明は明細書の記載要件を満たし進歩性が否定されないとの理由で原告の審判請求を棄却する審決をした。原告は、同審決を不服として審決取消訴訟を提起し、被告は同訴訟の係属中に訂正審判を請求し、被告の訂正審判請求を認容する審決が確定した。

 訂正審決により訂正された特許発明の請求項1は、次のとおりである。

[請求項1]
(a)SEQ ID NO:4のアミノ酸配列を含む40~50mg/mLのVEGF拮抗剤;(b)ポリソルベート0.015~0.1%(w/v)の有機共溶媒;(c)塩化ナトリウム又は塩化カリウムから選択される40~135mMの等張化剤;及び(d)5~10mMのリン酸ナトリウム緩衝剤を含み、選択的に追加で含まれる1.0~7.5%(w/v)の安定化剤はスクロース、ソルビトール、グリセロール、トレハロース、又はマンニトールからなる群から選択され、pHは5.8~7.0であり、前記VEGF拮抗剤は哺乳動物細胞株において製造されたものである、硝子体内投与のための血管内皮増殖因子(VEGF)拮抗剤の眼科用製剤。

 原告は、以下を理由として、特許発明は未完成発明に該当するか、又は明細書の記載不備の違法があると主張した。
 特許発明の活性成分は、請求の範囲の文言のとおり「配列番号4(SEQ ID NO:4)のアミノ酸配列を含むVEGF拮抗剤」と解すべきであり、発明の説明に記載された実験データは「アフリベルセプト」(被告の商業化製品の活性成分タンパク質)を用いて得られたものである。アフリベルセプトに対応する「配列番号4の27~457位のアミノ酸配列を含むVEGF拮抗剤(シグナル配列を含まず)」は、請求の範囲の「配列番号4のアミノ酸配列を含むVEGF拮抗剤(シグナル配列を含む)」とはアミノ酸配列、翻訳後修飾等の違いにより物理化学的性質が異なる。したがって、上記発明の説明に記載された実施例等によっては特許発明の活性成分に対する眼科用製剤を容易に再現することができず、その安定化効果も予測することができない。

判決内容

 特許法院は、特許発明の請求の範囲を「配列番号4のアミノ酸を含むVEGF拮抗剤」と特定し、発明の説明には上記活性成分に関する具体的な記載がないため特許発明が実施要件(特許法第42条第3項第1号)に違反すると判断した。具体的な内容は次のとおりである。

(1)特許発明の請求の範囲の解釈
 特許法院は、まず関連法理として下記の内容を提示した。
 特許発明の保護範囲は、請求の範囲に記載された事項により定められ(特許法第97条)、発明の説明や図面等により当該保護範囲を制限し又は拡張することは原則として許容されない。ただし、請求の範囲に記載されている発明の説明や図面等を参酌して初めて技術的意味を正確に理解することができるため、請求の範囲に記載されている事項の解釈は、文言の一般的な意味内容に基づきながらも、発明の説明や図面等を参酌して、文言により表現しようとする技術的意義を考察した上で客観的かつ合理的に行わなければならない。しかし、発明の説明や図面等を参酌するとしても、発明の説明や図面等の他の記載によって請求の範囲を制限的に又は拡張して解釈することは許容されない(大法院2025年6月26日言渡2024フ10115判決、大法院2015年5月14日言渡2014フ2788判決等参照)。

 続いて特許法院は、特許発明の請求の範囲は文言上「配列番号4のアミノ酸を含むVEGF拮抗剤」と明確に特定されており、仮に発明の説明及び優先日当時の技術水準を考慮するとしても、これと異なるアミノ酸の構成と解する理由はないため、特許発明の請求の範囲の活性成分は配列番号4のアミノ酸を含むVEGF拮抗剤タンパク質であると解釈されると判断した。

 具体的な特許法院の判断根拠は、次のとおりである。
①特許発明の請求の範囲には、活性成分として「配列番号4のアミノ酸配列」が記載されており、明細書の配列表には、配列番号4が「458個のアミノ酸が人工的に合成された配列(Artificial Synthetic Sequence)を有するタンパク質(PRT)」と記載されているところ、これにより1番目から458番目の位置を構成する各アミノ酸の種類及び結合順序をすべて確認することができる。上記のような記載内容から、特許出願人が特許として保護を受けようとするタンパク質が明確に特定される。
②特許発明の請求の範囲には「哺乳動物細胞株において製造されたもの」という製造方法を限定する記載もある。しかし、①知識財産処のバイオテクノロジー分野の特許審査基準によれば、タンパク質は配列により特定することができない場合に限り、その製造方法、機能又は物理化学的性質等を請求の範囲に記載することができるところ、特許発明の活性成分は配列番号4のアミノ酸配列により明確に把握されるタンパク質である点、および、②上記製造方法に関する限定は訂正審判を通じて付加されたものであるが、特許審判院は訂正前後のタンパク質が同一であると判断した点等を考慮すると、上記の限定記載によって活性成分であるタンパク質が異なると解することはできない。
③特許発明の発明の説明にも、「VEGF特異的融合タンパク質拮抗剤」の具体例として「配列番号4のアミノ酸配列」が記載されている。したがって、「配列番号4のアミノ酸配列を含むVEGF拮抗剤」を含む特許請求の範囲の記載が、発明の説明の記載に照らして明白な誤記であるともいえない。

(2)明細書の発明の説明の記載要件を満たすか否か
 特許法院は、特許発明の発明の説明には、特許発明の活性成分である「配列番号4のVEGF拮抗剤」を生産する方法や、上記活性成分に添加剤等を組み合わせて安定した製剤を提供するための方法が具体的に記載されておらず、通常の技術者が特許発明を正確に理解することができ、かつ再現することができる程度に記載されていないと判断した。

 特許法院の具体的な判断根拠は次のとおりである。
①特許発明の発明の説明には、「VEGF拮抗剤はCHO細胞のような哺乳動物細胞株において発現し、翻訳後に修飾されてもよい。」、「本発明の方法及び製剤のVEGF拮抗剤は、当該技術分野において公知の、又は公知となり得る何らかの適当な方法により製造することができる。」と記載されている。しかし被告は、本件訴訟において、哺乳動物において遺伝子組換えを通じてタンパク質を生産すると、その「シグナル配列」はタンパク質が小胞体へ移動する過程でシグナル配列ペプチダーゼにより分解されると一貫して主張してきた。追加の証拠及び証人の証言によっても、哺乳動物細胞株において配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質を生産することは、現実的に不可能であるか極めて困難であると認められる。上述した発明の説明の記載内容及び技術水準等を考慮すると、通常の技術者が過度な実験や特殊な知識を加えることなく、発明の説明に記載された事項により配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質を生産することができるとは認め難い。
②特許発明の発明の説明の実施例は、いずれも「配列番号4のアミノ酸27~457を有するタンパク質を構成要素として含むアフリベルセプト」に関するものである。タンパク質を構成するアミノ酸の配列が異なれば、当該タンパク質の物理的・化学的特性が同一であると解することはできず、甲号証、証人の証言及び弁論全体の趣旨に照らしても、配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質と配列番号4のアミノ酸27~457を有するタンパク質とでは、疎水性、電荷不均一性、溶解度、凝集性等において互いに異なる特性を示すことが分かる。したがって、「配列番号4のアミノ酸27~457を有するタンパク質を構成要素として含むアフリベルセプト」の安定性を高めた製剤設計を「配列番号4のアミノ酸配列を含むタンパク質」に適用する場合、上述のような特性の違いにより格納安定性が同一であると期待するのは難しいため、上記の発明の説明の記載のみでは、通常の技術者が特許発明により達成しようとする薬学製剤の安定性効果を明確に理解し、容易に再現することができるとは認め難い

専門家からのアドバイス

 本件は、製剤特許において、請求項と明細書の実施例に厳格な記載要件が要求された事例といえる。
 具体的に、本件特許発明の請求項に記載された配列番号4のタンパク質は、合計458個のアミノ酸で構成されている一方、実施例に記載されたアフリベルセプト(黄斑変性治療薬として使用される活性タンパク質)は、配列番号4のタンパク質からN末端の26個のアミノ酸(シグナル配列に該当)とC末端の1個のアミノ酸が除去されたものであった。上記配列番号4のタンパク質を細胞内で発現させると、細胞内工程を経て、変性したタンパク質(最終タンパク質)が生成され得ることはよく知られている。
 本件特許発明は最終タンパク質を含む製剤に関するものであったが、その請求項には、当該タンパク質についてシグナル配列を含む配列番号が記載されており、その実施例には、シグナル配列が除去された最終タンパク質を用いた場合の製剤の安定性効果データが記載されていた。これについて特許法院は、請求項記載のタンパク質はシグナル配列を含むものであることが明確であるところ、シグナル配列を含まない実施例記載のタンパク質とは製剤内でのタンパク質の安定性が異なり得るため、発明の説明の記載は実施要件を満たしていないと判断した。
 本件は、請求の範囲の解釈をその文言どおりに厳格に解釈する韓国の法院の立場を示す事例であって、明細書及び請求項を作成するにあたって、それらの記載が商用製品を明確に裏付けるものであることが重要なことを教えてくれる。

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