知財判例データベース 選択発明としての特許発明の新規性及び進歩性を認めた大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、A株式会社 vs 被告、B株式会社
事件番号
2024フ10979登録無効(特)
言い渡し日
2026年03月12日
事件の経過
上告棄却

概要

 特許発明と先行発明は、いずれも有機発光素子に使用される有機発光化合物であって、多環芳香族化合物に関するものである。大法院は、特許発明は先行発明に対する選択発明に該当するとし、選択発明の法理に従って新規性及び進歩性を認めた。具体的には、特許発明は先行発明に具体的に開示されておらず、先行発明から直接的にその存在を認識することも難しいため新規性が否定されず、先行発明から特許発明の化合物に至るまで数多くの選択肢の組合せが必要であるため構成の困難性と効果の顕著性が認められ、進歩性が否定されないと判断した。

事実関係

 原告は「多環芳香族誘導体化合物及びこれを利用した有機発光素子」を発明の名称とする発明について、2020年3月24日付で特許登録を受けた。上記特許発明について、被告は原告を相手取って無効審判を請求し、これに対して原告は訂正請求をした。特許審判院は、原告の訂正発明の進歩性が否定されることを理由として被告の審判請求を認容する審決をした。原告は、上記審決を不服として審決取消訴訟を提起するとともに、訴訟係属中に訂正審判を請求し、その訂正審判請求を認容する審決が確定した。

 訂正審決により訂正された特許発明の請求項1は、下記の通りである。

[請求項1]
下記[化学式A-3]~[化学式A-6]のうちから選択されたいずれか1つで表される有機発光化合物。
この図は、化学式A-3、A-4、A-5、A-6が示されています。

 上記[化学式A-3]及び[化学式A-4]において、XはBであり、Y1、Y2及びY3は各々「N-R1, N-R1, O」、「N-R1, N-R1, S」、「O, N-R1, S」、「O, O, S」、「S, N-R1, S」又は「CR2R3, N-R1, S」であり、(後略)
 一方、先行発明は、2017年11月3日付で公開された韓国公開特許公報(第10-2017-122296号)に掲載された「多環芳香族化合物」を発明の名称とする発明である。

 特許法院は、訂正発明は先行発明により新規性及び進歩性が否定されないとして、審決を取り消した。これに対して被告は、大法院に上告した。

判決内容

 大法院は、具体的な判断内容を示すことなく、訂正発明の[化学式A-3]について先行発明により新規性及び進歩性が否定されないとした原審判断を支持し、下記のとおり説示した。
(1)訂正発明は選択発明に該当し、訂正発明の[化学式A-3]の化合物は先行発明に具体的に開示されているとはいえず、通常の技術者が出願当時の技術常識に基づいて先行発明から直接的にその存在を認識することも難しいため、新規性が否定されない。
(2)訂正発明は、通常の技術者が先行発明から[化学式A-3]の化合物に至るまで数多くの選択肢を組み合せて度重なる試行錯誤を経なければならず、構成の困難性と効果の顕著性が認められるため、先行発明により進歩性が否定されない。

 一方、大法院が支持した原審の判断、すなわち訂正発明の新規性及び進歩性が否定されないとした具体的な判断内容は、下記の通りである。

(1)訂正発明の新規性は否定されない

  1. 関連法理
  2.  先行発明又は公知発明に構成要素が上位概念として記載されており、上記上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素のうちの全部又は一部とするいわゆる選択発明の新規性を否定するためには、先行発明が選択発明を構成する下位概念を具体的に開示していなければならず、これには先行発明を記載した先行文献に選択発明に関する文言的な記載が存在する場合以外にも、その発明の属する技術分野で通常の知識を有する者が先行文献の記載内容と出願時の技術常識に基づいて先行文献から直接的に選択発明の存在を認識できる場合も含まれる(大法院2009年10月15日言渡2008フ736、743判決参照)。

  3. 具体的な判断
  4.  先行発明の一般式(1)の化合物(この図は、数多くの場合の化学式を含む先行発明の一般式(1)の化合物を表している。)はA環、B環及びC環の位置で各々独立的にアリール環又はヘテロアリール環に該当する数多くの場合の化学式を含むものであるのに対し、訂正発明中の[化学式A-3]の化合物(この図は、訂正発明中の化学式A-3の化合物を表している。)は、先行発明の一般式(1)の化合物のA環として化学式この図は、先行発明の一般式(1)の化合物のA環としての化学式を表している。を選択し、B環として化学式この図は、先行発明の一般式(1)の化合物のB環としての化学式を表している。を選択し、C環として化学式この図は、先行発明の一般式(1)の化合物のC環としての化学式を表している。を選択して結合したもので、母核構造の置換基XはBを選択し、母核構造の置換基Y1、Y2及びY3は各々「N-R1, N-R1, O」、「N-R1, N-R1, S」、「O, N-R1, S」、「O, O, S」、「S, N-R1, S」を選択したものに相当する。

     先行発明の開示内容のみでは、通常の技術者は、先行発明の一般式(1)のA環、B環及びC環に位置する「ヘテロアリール環」が5員環又は6員環を含む化学式を有することを認識できるにすぎず、訂正発明の[化学式A-3]の化合物のB環の位置で縮合2環構造において5員環が先に結合し、その5員環に6員環であるベンゼン環が縮合された形態としてこの図は、先行発明の一般式(1)の化合物のB環としての化学式を表している。のような化学構造が結合された化合物を直接的に認識することができるとは認め難い。訂正発明の[化学式A-3]の化合物は、先行発明に具体的に開示されているといえず、通常の技術者が出願時の技術常識に基づいて先行発明から直接的にその存在を認識できるともいえない。

    (2)訂正発明の進歩性は否定されない

    1. 関連法理
    2.  先行発明に特許発明の上位概念が公知となっている場合であっても、構成の困難性が認められれば進歩性は否定されない。先行発明において発明をなす構成要素のうちの一部について2つ以上の置換基から1つ以上を選択できるように記載するいわゆるマーカッシュ(Markush)形式で記載された化学式に対し、その置換基の範囲内に理論上含まれるだけで具体的に開示されていない化合物を請求の範囲とする特許発明の場合も、進歩性の判断のために構成の困難性を判断すべきである。上記のような特許発明の構成の困難性を判断するときは、先行発明においてマーカッシュ形式等で記載された化学式と、その置換基の範囲内に理論上含まれる化合物の数、通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式等で記載された化合物のうちから特定の化合物や特定置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示の有無、先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性等を総合的に考慮すべきである(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決参照)。

    3. 具体的な判断
    4. ①先行発明には、一般式(1) (この図は、数多くの場合の化学式を含む先行発明の一般式(1)の化合物を表している。)の化合物に理論上含まれる化合物の数は、たとえB環が5員環又は6員環を有するアリール環又はヘテロアリール環構造を有しうると明細書で記載していても、具体的にアリール環であるかヘテロアリール環であるかという点、ヘテロアリール環である場合はヘテロ原子の種類、数及び位置等による組合せの数、5員環と6員環の数多くの組合せの数、5員環と6員環が縮合2環構造に結合する位置及び結合方向、置換基Y1、X1、X2の組合せの数等により、数えきれないほど多くの化合物の数が発生する。

      ②先行発明における発明の説明には具体的な化合物が多数開示されているが、いずれも一般式(1)のA、B、C環に該当するものは6員環であるベンゼン環から始まる化合物にすぎない等、先行発明の全体的な記載を通じて先行発明は縮合2環構造に6員環が先に結合する形態の構造的特徴を有する有機発光素子用化合物を提供する発明である点を合理的に認識でき、先行発明においてマーカッシュ形式で記載された化合物のうちから訂正発明の[化学式A-3]の化合物の構造的特徴をなす化合物を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示は見出し難い。

      ③先行発明の実施例に適用された具体的な化合物の化学構造を判断すると、その化学構造はいずれも縮合2環構造に6員環であるベンゼン環が単独で結合されるか、又はベンゼン環が融合した形態のナフタレン環が結合されたものであるため、訂正発明の[化学式A-3]の化合物のB環の位置で縮合2環構造に5員環が先に結合し、その5員環に6員環であるベンゼン環が縮合された構造的特徴とは相違することが把握できる。

      ④訂正発明の実施例1~19の化合物が示す外部量子効率(%)は7.92%~9.24%水準であり、長寿命(T97)特性は145hr~213hr水準である。これに比べ、先行発明の化合物に含まれる比較例3~6の化合物の外部量子効率は4.95%~5.8%水準であり、長寿命(T97)特性は26hr~53hr水準である。訂正発明の[化学式A-3]の化合物が有する効果は、先行発明に属する化合物と比較して外部量子効率及び長寿命特性で顕著であるか又は改善された効果を奏している。

専門家からのアドバイス

 韓国における特許発明の進歩性判断方法について、韓国大法院は「特許発明の進歩性を判断するときは、請求項に記載された複数の構成を分解した後で、各々分解された個別構成要素が公知となったものか否かのみを判断してはならず、特有の課題の解決原理に基づいて有機的に結合した全体としての構成の困難性を判断すべきであり、このとき結合された構成全体としての発明が有する特有の効果も共に考慮すべきである」とし(大法院2007年9月6日言渡2005フ3284判決)、かつ「このような進歩性の判断基準は、先行発明又は公知発明に上位概念が記載されており、上記上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部又は一部とする特許発明の進歩性を判断するときも同様に適用されるべきである」という立場を取っている(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決、ジェトロ判例データベース収録済み)。
 この2021年の大法院判決においては、先行発明のマーカッシュ形式の化合物に理論上含まれる選択発明に対して特許発明の構成の困難性を判断するときは、①先行発明においてマーカッシュ形式等で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれる化合物の数、②通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式等で記載された化合物のうちから特定の化合物や特定置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示の有無、③先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性等を総合的に考慮すべきであるという判断基準が説示されている。
 本件は、上記の説示内容を適用した上で、先行発明に数えきれないほど多くの化合物の数が開示されており、特許発明の縮合2環構造において5員環が先に結合しその5員環に6員環であるベンゼン環が縮合された構造的特徴を優先的に選択する事情や動機がなく、当該構造的特徴は先行発明とは相違することを理由として、構成の困難性が認められた。本件判決は、化合物の物質特許において、2021年に大法院が選択発明の進歩性の判断基準を説示して以降、当該基準が適用された具体的な事例として参考になる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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