知財判例データベース 先行文献において特許発明の進歩性否定に有利な記載内容だけでなく、全体的な記載内容を検討すると否定的教示があるとして進歩性を肯定した事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 被告、上告人(特許権者) vs 原告、被上告人(無効審判請求人)
- 事件番号
- 2024フ10641 登録無効(特)
- 言い渡し日
- 2026年01月15日
- 事件の経過
- 破棄差戻し
概要
原審法院(特許法院)は、先行文献が特許発明にはない構成を含みながらも当該構成を削除してもよい旨の記載があるという点に基づいて特許発明の進歩性を否定したが、大法院は、先行文献の全体的な記載の内容を検討すると、先行文献から当該構成を削除する場合には、それに伴い他の構成を備える必要がある旨が記載されていることから、これは特許発明に想到することを阻害する否定的教示に該当するとして、原審判決を破棄した。
事実関係
被告の本件特許発明は負荷制限装置と引張装置(tensioning device)を備えたシートベルトリトラクターに関するものであり、請求項1は次のとおりである。
「負荷制限装置及び引張装置を備えたシートベルトリトラクターであって、
引張装置は、2分割ベルトシャフト及び引張機駆動ホイール(6)を含み、
2分割ベルトシャフトは、ベルトが巻き取り可能な第1部分(1)、及びシートベルトリトラクターのフレーム(8)において車両に固定される方式でロック可能な第2部分(5)を備え、
引張機駆動ホイール(6)は、シートベルトリトラクターを巻取方向に駆動し、
引張機駆動ホイール(6)は、ベルトシャフトの第2部分(5)のリング円筒状付属部(5a)上において、ベルトシャフトの第1部分(1)と第2部分(5)の外側部(5b)との間に配置され、
負荷制限装置(3)は、第2部分(5)のリング円筒状付属部(5a)の中へ延び、シートベルトリトラクターのフレームに固設されたハウジング(9)が設けられ、該ハウジング(9)の中には引張機駆動ホイール(6)が配置され、ベルトシャフトの第2部分(5)は該ハウジングにロック可能であり、
ベルトシャフトの第2部分(5)にはロック装置(4)が設けられ、ハウジング(9)は歯(19)を含み、当該歯(19)とロック装置(4)は第2部分(5)を車両に固定する方式でロックするために噛み合うことを特徴とする、シートベルトリトラクター」

[特許発明の図]
これと対比される主引用発明である先行発明5は、下図のような構成となっている(特許発明の各構成に対応する先行発明5の構成を類似の色で示した)。

[先行発明5の図]
特許発明の図の左側にある引張機駆動ホイール(6)及びこれに関連する構成は、先行発明5の図の右側にある歯付きリング(38)及びこれに関連するベルトテンション(引張)ドライブの構成に対応する。しかし、先行発明5は、右側のベルトテンションドライブの構成のほかに、左側に火薬式テンション装置(18)をさらに備えている点において特許発明と差異がある。
原審法院の判決
本件請求項1の発明と先行発明5は、いずれもベルトシャフトと引張機駆動ホイール(6)[歯付きリング(38)]を含んでおり、ベルトシャフトは、ベルトが巻かれる第1部分(1)[ベルトスプール(14)]と車両に固定される方式でロックされる第2部分(5)[キャッチキャリア(20)]の2つの部分からなるという点で共通する。
しかし、先行発明5は、キャッチキャリア(20)側[ベルトスプール(14)のロック側面]に電気モーター(30)を動力源とするベルトテンションドライブがあるほかに、駆動スプリング(16)がある反対側[ベルトスプール(14)の第1側面]に火薬式テンション装置(18)がさらに配置されている点について、本件請求項1の発明と差異がある(以下、「差異1」という)。
先行発明5の明細書によると、従来のベルトテンションドライブはベルトスプールのロック側面の反対側、すなわち駆動スプリングと火薬式テンション装置とが噛み合う側面に結合されていたが、先行発明5はベルトテンションドライブをベルトスプールのロック側面側に配置して、駆動スプリングや火薬式テンション装置とは独立して駆動するようにした点に技術的特徴がある。したがって、先行発明5において駆動スプリング側にある火薬式テンション装置を省略しても、上記のような先行発明5の課題解決の方向には反しない。
また、先行発明10は、シートベルトリトラクターに関する発明であって先行発明5と技術分野が共通するとともに、火薬爆発によるガス圧力を用いる第1プリテンショナー機構(60)と電動モーターを駆動する第2プリテンショナー機構(100)とをいずれも採用しているが、先行発明10の明細書には火薬式である第1プリテンショナー機構を省略可能であることが明示されている。
したがって、先行発明5において火薬式テンション装置を削除すれば特許発明との差異を容易に克服することができる(進歩性否定)。
判決内容
(上記「差異1」についての認定は原審判決と同一であり、これについての記載は省略する)
先行発明5は、ベルトテンション装置とロック装置を同じ側に配置し、火薬式テンション装置と駆動スプリングを別の側に配置して、互いに独立して配置・駆動するようにした点にその技術的特徴がある。この特徴に反して、原審が先行発明5において火薬式テンション装置を除去すれば差異1を克服することができると判断したことは、先行発明5が解決しようとする技術的課題や技術的意義を無視するものである。特に、先行発明5は、本件請求項1の発明が解決しようとする技術的課題である「構造の単純化、小型化」に関しては何ら認識すらされていないことを考慮すれば、なおさらである。
一方、先行発明10の明細書には、第1プリテンショナー機構(60)を省略できるとの記載はあるが、「第1プリテンショナー機構を省略する場合、左右のバランスの不均衡が生じるため、緊急ロック動作機構(230)を適用するのがよい」旨の記載もある。したがって、先行発明10において第1プリテンショナー機構を省略すれば、左右のバランスの調整や、緊急ロック動作機構(230)の適用のために相当な設計変更が必要にならざるを得ず、これは先行発明10を先行発明5に結合することについての否定的教示となり得る(進歩性肯定)。
専門家からのアドバイス
本件において、大法院は原審法院の進歩性判断とは異なる判断をしている。その判断の理由について検討すると、原審法院の判断は、先行発明5がベルトテンション装置と火薬式テンション装置を独立して構成させることを特徴とする発明であるため、火薬式テンション装置を省略しても先行発明5の課題解決の方向に反しないと判断したのに対し、大法院の判断は、先行発明5が2つのテンション装置を独立して駆動させることに特徴があるため、そのうち火薬式テンション装置を省略することは先行発明5の本来の意図を無視する変更であると判断した点が、異なる判断になった理由として考えられる。加えて、原審法院は、先行発明10の「火薬式テンショナーを省略してもよい」という記載にのみ注目したのに対し、大法院は、「火薬式テンショナーを省略した場合には他の問題が生じる」旨の記載があることにまで注目した点も理由として考えられよう。
本判決は進歩性判断に関して新たな法理を提示したものではないが、韓国での進歩性判断にあたり主引用発明の構成から出発し特許発明との差異を克服して特許発明を容易に導き出せるかどうかを検討するにおいて、(主引用発明を含む先行発明を正確に把握するために)先行文献の一部の記載を解釈する場合には、先行文献全体の記載内容を総合的に考慮しなければならないという点や、先行発明の本来の意図に逆行する方向への変更は容易ではないという点が進歩性判断に考慮された事例であり、こうした具体的な判断が実際の事案でどのように適用されるかを示した事例といえよう。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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