チーズに注目も酪農乳業関係者は総じて楽観視-日EU・EPA大枠合意の影響-

(オーストラリア)

シドニー発

2017年09月14日

日本とEUの経済連携協定(日EU・EPA)の大枠合意(7月6日)に関して、オーストラリアへの影響が注目されている品目の1つがチーズだ。オーストラリアは日本にとって最大のチーズ輸入相手国であるため、日EU・EPAにより、EU諸国からの日本へのチーズ輸入量が増加して輸入価格が下落する場合、オーストラリアの酪農乳業界にとって影響が出るとの見方がある。しかし、現地の酪農乳業関係者は、地理的表示制度への影響など一部に懸念を示すものの、総じて楽観視している。

日EU・EPAと日豪EPAの合意内容に差異

日EU・EPA交渉の焦点の1つはチーズの取り扱いだった。大枠合意内容をみると、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定でも関税が維持されたソフト系チーズ(カマンベールなど)について、関税割当は初年度の2万トンから段階的に拡大していき16年目には3万1,000トンに設定されている。また、枠内税率も段階的に削減され、16年目に関税撤廃される(表参照)。この3万1,000トンという数量は、日本のチーズ消費量の増加率(年率3%程度)が加味されたものだが、現行のEU産チーズ輸入量の1.5倍、生乳換算(注1)で約39万トン(日本の生乳生産量の約5%)に相当するチーズが16年目に無税となる。なお、EUでは加盟国ごとに主力輸出チーズが異なるため、チーズの種類別に関税割当数量が設定されることなく、横断的な輸入枠が設定された。

表 日EU・EPA、日豪EPAにおけるチーズの合意内容

ハード系チーズ(ゴーダ、チェダーなど)は、TPPと同様に段階的に関税が削減され、16年目に撤廃される。また、一定割合(日本産品:輸入品=1:2.5)の日本産チーズの使用を条件に関税割当が導入され、枠内税率が無税となるプロセスチーズ原料用チーズ関税割当制度(抱き合わせ制度)も現状維持となった。

一方、2015年1月から発効している日本・オーストラリア経済連携協定(日豪EPA)では、上記の抱き合わせ制度において、オーストラリア向けの特別枠(初年度4,000トン→20年目2万トン)が全体輸入枠(6万トン)の枠外に設定され、日本産品と輸入品の割当割合も1:3.5へと拡大した。さらに、シュレッドチーズ原料用ナチュラルチーズの抱き合わせ制度が新設され、オーストラリア単独の特別枠(初年度1,000トン→10年目5,000トン)について、日本産品:輸入品=1:3.5の割合で、輸入関税が無税となっている。

日本にとって最大のチーズ輸入相手国

日本の国別チーズ輸入量をみると、全体の約4割をオーストラリア、約3割をEUから輸入しており、日本にとってオーストラリアは最大のチーズ輸入相手国だ。オーストラリア産輸入チーズの内訳は、フレッシュチーズ(モッツァレラ、クリームチーズなど)が約5割、プロセスチーズ用原料チーズ(チェダー、ゴーダなど)が約3割、熟成チーズ(直接消費または食品原料用チェダー、ゴーダなど)が約2割だ。

オーストラリアは日豪EPAにおいて、プロセスチーズ用ナチュラルチーズ特別枠を獲得したものの、対日輸出量の約5割を占めるフレッシュチーズにおいては、シュレッドチーズ原料用ナチュラルチーズを除き、特段の恩恵を受けていない。

一方、日EU・EPAでは、ブランド力があり低価格かつ高品質の製品が多いEU産フレッシュチーズ(カマンベールなどソフト系チーズ)の輸入枠が設定されることとなった。この結果、競合国であるEU諸国からの対日チーズ輸出量の増加や輸出価格の下落が予想され、オーストラリアの輸出環境が悪化するのではとの声が聞かれる。

産業界は目立ったコメント発表せず

現在のところ、オーストラリア産業界からは日EU・EPAに関し、目立ったコメントは発表されていない。このような状況を踏まえ、現地の乳業メーカー(マレー・ゴールバン、フォンテラ・オーストラリア)、酪農団体(デイリー・オーストラリア)のほか、複数のオーストラリア進出日系商社に対し、日EU・EPA大枠合意によるオーストラリアの酪農乳業への影響についてインタビューしたところ、総じて楽観視しているようだ。いずれも公式コメントを出していないため、各担当者からのコメントを取りまとめて報告する。

○日EU・EPAの大枠合意内容をみると、(オーストラリアが日豪EPAにおいて輸入枠を獲得していない)フレッシュチーズにおいて、一部のオーストラリア産がEU産に入れ替わるなどの影響が出るだろう。特に関税が撤廃される16年目以降はオーストラリア産チーズの対日競争力は著しく低下する。EU産ソフト系チーズは輸入枠が設定されたものの、関税削減相当分、(オーストラリアの)競争力が低下することとなり、輸入枠が設定されていないハード系については(EUの)対日輸出量が増加するだろう。

○日豪EPAにおいては、日本が第三国に対して特恵的な市場アクセスを与えた結果、日本市場における競争力に重大な変化があった場合、オーストラリアの当該原産品に対して同等の待遇を与える観点から見直しを行うという条文(日豪EPA協定第2章第3節第2・20条)が存在する。同条文では、第三国との国際協定(日EU・EPA)の効力発生から3カ月以内の見直し、および6カ月以内の完了が規定されており、オーストラリア政府による対日市場開放要請は行われるはずだ。従って、仮に競争力が低下したとしてもそれは一時的なものと考えている。

○オーストラリアにとって対日市場は極めて重要だが、今後の国際乳製品は、消費量が生産量の増加予測を上回り、逼迫すると予想されている。新興国からの引き合いも強まるだろう。従って、EU産と比較し、オーストラリア産チーズの国際競争力だけが低下するとは考えづらい。

○今回の大枠合意では、カマンベール・ド・ノルマンディー(フランス)、パルミジャーノ・レッジャーノ(イタリア)といったEU産チーズが、地理的表示制度(注2)の対象とされている。オーストラリア産チーズを原料とし、「カマンベールチーズ」「パルメザンチーズ」として日本で流通している商品もあり、仮に厳格な運用が行われた場合、オーストラリアサイドだけでなく日本の商社や乳業メーカーにとっても、商品名および輸入産地変更の必要性が生じるなど、少なからず影響はあるはずだ。

(注1)チーズなど生乳を原料とする乳製品の生産において投入される生乳重量。

(注2)地域ごとの長年培われた伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性が、品質などの特性に結び付いている産品が多く存在しているため、これら産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度。

(藤原琢也)

(オーストラリア)

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