知財裁判に学者を積極的に活用−知財関連機関に聞く(2)−

(ロシア)

モスクワ事務所

2014年11月19日

ロシア知的財産裁判所はドイツ、日本の裁判所をモデルに2013年4月に設立された。訴訟件数は増加傾向にあり、外国企業の案件が約2割を占める。インタビューシリーズの2回目はロシア知的財産裁判所。知財裁判では、自然科学などの知識を補うため、国内の学者を積極的に活用しているという。

<知財裁判所は日独をモデルに2013年に設立>
知的財産裁判所の組織や取り組みについて、ノボセロワ裁判長、コルネーエフ副裁判長、ダニロフ副裁判長、ウコロフ第1審裁判官、ヒミチェフ第2審裁判官、アファナシエフ分析局長、シピツィン裁判官補兼広報官に聞いた(10月1日)。

ロシア知的財産裁判所は2013年4月3日に創設された。ドイツの連邦特許裁判所、日本の知的財産高等裁判所がモデルとなっている。現在18人の裁判官がいるが、今後は最大30人に拡大することを検討している。職員は70人で、うち15人は技術系顧問だ。

ロシアの商事裁判制度における知財裁判所の位置付けは特徴的で、第一審と破棄審(第二審、注)の両方を管轄する。第一審ではまず、連邦知的財産局(ロスパテント)の決定に関する判断を行う。対象は特許と商標だが、商標の案件が圧倒的に多い。不使用商標の無効化判断や知財分野の合法性判断もある。また、商標以外の発明、意匠、ロスパテントの行政規定および保護分野に関する妥当性の判断も行っている。これまで、妥当性を判断する案件は少なかったが、今後は増加が見込まれる。民法第4部が改正されたため、政府機関が行政規定を変えなければならず、市場参加者が新たな解釈について争うことが予想されるためだ。

破棄審では、第一審で一般裁判官が審判した案件を上級裁判官が再審判する。知財裁判で2度審判を行うという変則的な手続きにみえるが、今のところ問題は発生していない。

<科学技術に詳しいアシスタントを雇用>
知財裁判所の設立理由の1つに、裁判官に技術分野の専門知識が求められていたことがある。ドイツの場合、裁判官は法律だけでなく、自然科学の知識も有している。日本の場合は、裁判官は法律家だが、技術専門家を雇うことができる。ロシアの場合は憲法上、裁判官は法律家であることが要求されるため、自然科学、技術分野の知識を補うためのアシスタントを雇用し、技術情報の把握に努めている。

しかし、全ての技術分野をカバーするのは難しいため、ロシア国内の学者の活用を積極的に行っている。学者は無報酬での回答を義務付けられているが、自身の評価に関わることもあり、積極的に支援してもらえるケースが多い。学者を直接、裁判に参加させることもある。裁判に参加した場合は有給休暇扱いとなり、連邦予算から給与が支払われる。裁判官だけでなく、裁判参加者からもさまざまな質問が寄せられるため、書面の問い合わせに対応できる学者を見いだすことは重要な課題だ。学者に技術的な意見を聞くことによって、裁判官は複雑な案件に対し、しかるべき判断を下すことができるようになる。

<経験に学ぶためドイツの裁判所との交流に努める>
知財裁判所は設立されて間もないということもあり、外国の経験を積極的に学ぶため、他国の知財裁判所との交流を行っている。ドイツの裁判所とは、公開型会議と両国の裁判官による非公開の意見交換会の両方を実施した。ドイツの経験はすぐにロシアで採用できるもので大変役に立っており、今後もこのような会合を通じて、経験知識を蓄積したいと考えている。

ドイツとは法律的な類似性があり、無効化や商標侵害などの訴訟経験、法解釈、証拠の取り扱いについて情報交換を行っている。交流の中では、既に決着している案件情報について、どのような判決を下すのかという実験を行ったが、同じ結果になった。

日本の裁判所とも交流を行っており、アプローチが非常に似ているという印象を持っている。他方、欧州に比べて、日本の情報は入手が難しいという問題がある。ドイツと同レベルの情報量が入手できればよいと考えている。

<証拠の評価をめぐりロスパテントと判断に相違も>
知財裁判所は2013年7月3日から活動を開始した。2013年7〜12月の間に、第一審は146件、破棄審では304件の案件を扱った。2014年1〜9月には、第一審323件、破棄審621件と倍増している。ロスパテントの決定の妥当性判断に関するものは、2013年に13件あった。発明や実用新案に関するものが中心だが、ロスパテントの決定を覆す判決はなかった。2014年には29件の案件を取り扱っているが、このうち商標の無効化を求めるものが13件、特許権者の特定に関するものが11件で、ロスパテントの決定を覆したものは5件あった。

この数字からみると、ロスパテントと知財裁判所の判断が必ずしも一致していないことが分かる。裁判中に新たに見つかった証拠の評価に関する相違が主なものだ。専門家に照会した際や、専門家が裁判に参加した際に判明するケースが多く、ロスパテントでは十分に把握できなかったために生じている。

知財裁判所が取り扱う外国企業関連の案件の割合は他の裁判所に比べ大きく、2割程度を占める。外国企業が権利者もしくは侵害者となっているものだが、多くの場合は原告も被告も外国企業だ。一例として、韓国の現代自動車とポーランドのバスメーカーが「ソラリス」という商標を争っている案件が挙げられる。現代自動車は乗用車に、ポーランド企業はバスやトロリーバス、路面電車に付けていた商標だが、両者の対象製品が重ならないこともあり、裁判所としては和解を求めている状況だ。

<裁判は約2ヵ月で決着、当事者には和解を勧める>
ロシアでは、裁判に費やす期間は約2ヵ月と他国に比べ大変短い。例えば、米国のデラウェア州の裁判所と意見交換した際には、6ヵ月程度かかると聞いて驚いた。他方、短期間故の問題もあり、特に外国企業が参加する場合には、通知に時間を要し、案件の審理開始までにかかる日数が長い。このため訴訟法の改正案として、侵害訴訟の場合は手続きの簡素化を考えている。その1つがロスパテントに登録された住所に送付するという方法だが、ロスパテントで登録された情報が更新されていないという問題も発生している。

また裁判期間が短いため、しっかりとした事前準備が必要になるが、これが問題となるケースが多い。原告がまず告訴し、証拠を後から提出するというケースが散見されるが、これはやめてほしい。他方、被告として訴えられた場合は、十分な準備期間が取れないことによる問題が生じている。このような場合は、裁判以外の方法での解決を提案している。

裁判所としては、和解を勧めることを基本方針としている。法廷の隣に、調停室が置かれており、調停者もいる。双方の立場で近寄れる部分が大きいにもかかわらず、弁護士は和解になった場合に自分の報酬が減るため、和解に持ち込むどころか、逆に紛争をあおるケースもあり、問題となっている。

(注)ロシアの知的財産分野の裁判制度には、通常の第二審となる上告審がないため、第三審である破棄審が第二審扱いとなる。なお、知財裁判所は、ロスパテントの決定に対する異議申し立てや商標不使用による取り消し審判以外の一般的な知財権侵害事件の場合には、第二審まで商事裁判所が審理した案件について破棄審を担当する。

(齋藤寛)

(ロシア)

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