EU・シンガポールFTAが合意

(シンガポール、EU)

シンガポール事務所

2012年12月27日

シンガポール政府とEUは12月16日、2010年3月から交渉中だったEU・シンガポール自由貿易協定(FTA)に合意したと発表した。EUにとっては、ASEAN諸国と締結する初めてのFTA。物品貿易だけでなく、サービス貿易、非関税障壁、政府調達、知的財産権、競争など幅広い分野を含む包括的なFTAとなる。

<EUは80%の品目で即時関税撤廃>
シンガポール政府とEUの発表から、現時点で明らかとなっているEU・シンガポールFTAの合意内容は次のとおり。

物品貿易分野では、EUは協定発効時点でシンガポールに対して80%の品目の輸入関税を即時撤廃し、残り20%の品目は5年をかけて無税化する。一方、シンガポールは協定発効と同時に、EUに対して全品目で関税を撤廃する。ただし、シンガポールでは関税が賦課されている品目はビールと薬用酒の6品目だけなので、EUの対シンガポール輸出に与える影響は限定的だ。

サービス分野では、金融、プロフェッショナル・ビジネス、通信、環境、コンピュータ関連、海事、エンジニアリング・建築など幅広い分野で新たな約束を含んでいるとしているが、具体的な内容は明らかとはなっていない。シンガポールでは、サービス業に対する外資規制は極めて限定的だが、外資に対しては原則として支店数やATMに制限を課す銀行業、外国法律事務所のサービスに一定の制限をかける法務分野などで、一部外資規制が残されており、こうした分野でEUがどの程度の自由化を得ているかが注目される。

非関税障壁では、医薬品やエレクトロニクス分野、自動車、再生エネルギー機器、医療機器などを対象としている。EU側のプレスリリースでは、EUの基準認証に適合した製品がシンガポールにおいて、技術的変更や追加的試験を受けることなく販売できることを強調しており、こうした分野で基準の相互認証が含まれていることが見込まれる。また、EU側のリリースには、肉類の非関税障壁についても何らかの合意がなされたことが記されており、その具体的な内容も注目されるところだ。

知的財産権については、EU側によると、シンガポールがEUの要求をのみ、食品類の地理的表示を受け入れ、「ボルドー」や「パルマハム」などの名称が保護されるとしている。このほか、政府調達、競争が協定に含まれているとしているが、まだ具体的な内容は明らかではない。

なお、投資については継続的に協議し、2013年夏をめどに合意を目指す方針だ。投資分野のみ交渉が遅れた理由は、欧州委員会が欧州理事会から投資分野の交渉権限を与えられた時期がずれ込み、同分野のみ2012年3月から遅れて交渉が開始されたためだ。

<化学品などのEU輸出拡大に期待>
貿易面ではどのような効果が期待できるだろうか。EUの対シンガポール輸出では、前述のとおり、シンガポールはビール、薬用酒の6品目のみに関税を賦課しているため、実質的にはEU産のビールのみが恩恵を受けることになる。例えばアルコール度数5%のビールにシンガポールでは1リットル当たり0.8シンガポール・ドル(1Sドル=約69円)の関税が課税されるが、EU産のビールに対しては無税となる。シンガポールの対EUのビール輸入額は3,792万ドル、ビール輸入総額に占めるEUのシェアは28.7%(2011年)を占めており、関税相当分の小売価格低下を通じて、一定のシェア拡大は見込めそうだ。

一方、シンガポールの対EU輸出では、化学品などで輸出拡大が見込まれる(表参照)。EUのシンガポールからの輸入をみると、化学品が113億ドルと全体の4割強を占めている。このほか、IT製品(79億ドル)、一般機械(55億ドル)、石油製品(21億ドル)などと続いている。シンガポールのジュロン島には世界主要メーカーの石油化学コンビナートが進出し、アジアの一大集積地域となっており、シンガポールが競争力を有する製造分野だ。一方、EUは有機化学品(HS29)やプラスチック類などで一部品目に関税を賦課しており、同FTAによる関税撤廃は、こうした品目でシンガポールの対EU輸出の追い風となる。

しかし、IT製品については、輸出促進効果はほぼないとみられる。シンガポールで製造するIT製品の大半は半導体であり、これらIT製品はWTOの枠組みである情報技術協定(ITA)によって、既に世界主要国で関税が撤廃されているからだ。また、シンガポールはアジアの医薬品製造の集積拠点だが、医薬品もEUは既に関税をほぼ撤廃していることから、輸出促進効果は限定的とみられる。

なお、EUは自動車に10%の関税を賦課しており、関税削減効果の大きい分野だが、シンガポールでは自動車は生産されていない。

EUのシンガポールからの品目別輸入(2011年)

<選択型原産地規則の導入が焦点>
EU・シンガポールFTAで適用される原産地規則も注目される。EUはこれまで付加価値基準〔物品に対する付加価値を締約国内で一定水準(いき値)以上付加した物品に原産資格を付与〕を原産地規則として採用することが多かったが、近年では一部のFTAで、付加価値基準か関税番号変更基準(最終財の関税番号が、同財の生産に投入された非原産品の関税番号と異なる場合に、原産資格を付与する基準)のいずれかを選択する選択型の原産地規則も許容しており、同FTAにおいても選択型が多くの品目で導入されているかどうかが焦点だ。

仮に選択型が導入されていた場合でも、付加価値基準は、アジア域内で適用されている付加価値基準と若干ルールが異なる可能性がある点には留意が必要だ。アジアの既存のFTAでは、付加価値基準の算定で「(FOB価格−非原産材料)/FOB価格」という計算式が一般に採用されている。一方、EUが締結するFTAではFOB価格の代わりに、工場出荷価格が採用されることが一般的で、同FTAでも採用されている可能性がある。FOB価格は工場から港までの物流費や輸出者の利益などを含めることができる一方、工場出荷価格は工場出荷時点での価格のため、これらを含めることができない。そのため、工場出荷価格をベースとした計算式では、物流費や輸出者の利益を付加価値に組み入れることができなくなるため、FOB価格ベースに比べ、若干、厳しいルールと指摘できる。

○アジアの既存のFTAで一般的な計算式
域内原産割合(RVC)=(FOB価格−非原産材料)/FOB価格×100%
○EU・シンガポールFTAで導入の可能性のある計算式
RVC=(工場出荷価格−非原産材料)/工場出荷価格×100%

また、原産地証明手続きについては、アジアの既存FTAで一般的な第三者証明制度(第三者機関が当該製品の原産性を判定し、原産地証明書を発給する制度)ではなく、自己証明制度(輸出者もしくは輸入者が、自らの責任で原産性を証明する制度)が導入される可能性もあり、原産地証明書の取得手続きも、既存のFTAとは異なることも見込まれる。

<EUは他のASEAN諸国とのFTA交渉へ軸足>
EUはASEANの中ではシンガポールのほかに、マレーシア、ベトナムと交渉中だ。アジア全体では、韓国とは既にFTAを発効(2011年7月)、インドと交渉を続けている。EUはASEANとのFTA交渉に積極的な姿勢を示しており、今後、タイなど他のASEAN諸国とのFTA交渉にも積極的に乗り出していくと考えられる。

なお、EU・シンガポールFTAに関するプレスリリースは以下のウェブサイトから参照できる。

シンガポール政府
EU

(椎野幸平)

(シンガポール・EU)

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