アルゼンチン大統領予備選、識者は現状への怒りが投票行動に影響との見方

(アルゼンチン)

ブエノスアイレス発

2023年08月15日

8月13日に実施されたアルゼンチン大統領選挙の予備選挙(PASO)は、長年続いてきた「ペロン党対非ペロン党」による選挙の構図を覆して、第三の勢力である右派政党「自由前進」(LLA)のハビエル・ミレイ候補が最も多くの票を集めた。当地政治アナリストは今回の結果をどうみているか。与党連合系の政治アナリストに話を聞いた。

政治アナリストによると、右派政党LLAのミレイ候補の勝利は驚きだったという。事前の各種世論調査の結果や8月13日以前に行われた地方選挙の結果からは、大統領、国会議員ともにLLAの躍進は予測不可能で、ミシオネス州、ラ・パンパ州、サンタ・クルス州で国会議員選挙の候補者を立てていなかったことを考慮すると、もし候補者を立てていれば、これらの州でも多数の票を獲得していただろう、と同氏は予測する。

政治アナリストはまた、今回の選挙結果を速報として総括すると、まずは10月にかけての成り行きを見守る必要がある、と述べている。多くの人々は、今回の予備選挙が「決定的なものではない」ことを承知の上で、現状への怒りを込めて投票した、とみている。また、今回、白紙を投じた有権者や棄権した有権者が、本選挙で誰に、どの政党に投票するのかが見もので、特に地方州においてLLAの投票用紙が不足していたという問題もあり、投票用紙が用意できていればLLAはさらに有利になる可能性があった、とも分析している。

同氏はまた、10月に行われる本選挙では、今回敗れた中道右派の野党連合「変革のために共に」(JxC)のハト派、オラシオ・ロドリゲス・ラレッタ候補支持票の多くは、同党の統一候補となったタカ派のパトリシア・ブルリッチ候補に流れるだろうが、左派の与党連合「祖国のための同盟」(UP)のセルヒオ・マッサ候補にもわずかに流れるだろう、とみている。なぜなら、マッサ氏がラレッタ氏と同じく中道票の受け皿となっているからだ。現状、マッサ候補が経済相としてできることは非常に限られているが、ミレイ氏、ブルリッチ氏、マッサ氏の3人の候補者間の支持率の差は大きくないため、経済情勢を好転させることができれば、マッサ候補にも決選投票に進む可能性はあるかもしれない、と政治アナリストは分析している。

実際のところ、ミレイ候補が政権を取った場合、政権がどのようなものになるのか想像するのは非常に難しく、彼を取り巻く人物は不明であり、例えば誰が官房長官になるのか、治安問題の責任者が誰になるのかもわかっていない。これまでに彼が発表したいくつかの政策提案のほかにどのような措置がとられるかもわからないが、それでも、中央銀行の廃止など極端な政策が実施される可能性は低く、LLAが政権を取っても、上下院とも少数与党になる。例えば、PASOの結果がそのまま総選挙に反映されるとすれば、LLAは下院で41議席、上院で8議席しか持たないことになり、つまり、ミレイ候補が彼の提案を実現させるには、彼が「カースト」と形容するような従来型の議員たちの協力を得て、彼の政党をアルゼンチンの政治システムにおける従来のアクターにしてしまうか、あるいは、(両院で簡単に否決される可能性のある)必要緊急大統領令といった手段を過剰に使うか、の2つの方法しかない、と政治アナリストはみている。

また、少数与党であるがゆえにUPとJxCが団結すれば、大統領の弾劾に必要な国会議員の3分の2の賛成に容易に達するため、弾劾される可能性も皆無ではないだろう、と同氏は分析している。

地方選挙のPASOに目を向けると、ブエノスアイレス市ではJxC内のマウリシオ・マクリ前大統領の派閥が、ブエノスアイレス州ではUP内のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領の派閥が大勢を占めており、今回の予備選挙の結果がマクリ派、キルチネル派の終わりを意味するということでもないだろう。

(西澤裕介)

(アルゼンチン)

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