医療情報技術の普及は病院への「教育」がカギ-「HIMSS 2018」年次カンファレンス-

(米国)

ロサンゼルス発

2018年03月30日

医療情報管理システム協会(HIMSS)は3月5~9日に、年次カンファレンス「HIMSS 2018」をラスベガスで開催した。展示会では多くの出展者がブースを設けるとともに、企業や病院関係者向けに勉強会を開催し、医療分野へのIT導入メリットなどの説明に力を入れていた。また、新たな試みとしてイノベーティブスペースを設置し、人工知能(AI)や遠隔診療(テレメディスン)などの分野のスタートアップにも門戸を開いた。2019年のカンファレンスには海外企業の参加も歓迎すると関係者は述べている。「HIMSS2018」の模様を切り口に、医療業界が抱える問題及びそれを技術で解決しようとする企業の動向について紹介する。

展示会は過去最大規模

HIMSS(注1)は、医療の質・安全性・効率性の向上につながる情報管理システムを推進する米国の団体だ。今回のカンファレンスでは、「世界が医療でつながる場所(Where the World Connects for Health)」をスローガンに、IT導入による病院やクリニック運営の効率化を大きな柱として、(1)病院内のコミュニケーション技術、(2)ブロックチェーン技術の活用、(3)病院、患者、保険者、その他産業間のインターオペラビリティ(相互運用性)(注2)、(4)サイバーセキュリティ対策といったテーマで各種セミナーが行われた。参加者は約4万4,000人、展示社数は約1,300社であった。主催者であるHIMSSのシニアマネージャーのジョセフ・ボナンノ氏によれば、いずれも過去最高の水準だという。

展示会場では米国勢が参加企業のほとんどを占めた。グーグル、マイクロソフト、IBM、シスコなど医療分野に進出しているIT大手のほか、データアナリティクス(注3)、サイバーセキュリティ、医療プラットフォーム、医療マネジメントなど幅広い業種の大中小規模企業が出展していた。日本勢ではキヤノン、リコー、富士フイルム、ブラザー、NTTデータ、日本光電工業といった医療・エレクトロニクス業界大手が参加した。

写真 HIMSS 2018メイン展示会場(ジェトロ撮影)

データの標準化が医療効率化の第一歩

米国ではブッシュ政権時代の2004年から医療ITの推進が始まり、オバマ政権時代の2009年にその動きは本格化していった。医療データの標準化や電子カルテの普及、そして医療情報交換の試みなどが実施されている。しかし、患者に関する膨大なデータの処理には多大な時間や費用がかかることから、未だに小規模な病院やクリニックではカルテを紙媒体で管理しているところが少なくない。

出展社の一つメディシティ(ユタ州ソルトレークシティー)は、異なるデータのフォーマットを集約・統合する「データアグリゲ―ション(Data Aggregation)」事業に過去20年間にわたり携わってきた。データの標準化は院内の情報管理の効率性の向上のみならず、患者との情報共有、そして他の病院や保険会社、政府など外部機関とのいわゆるインターオペラビリティの実現につながる。

「米国21州で、全米患者の三割のデータを取り扱っている」と、メディシティのブレット・ポアリエール副社長は語る。大量のデータを標準化し、院内のどこでも使用可能なドキュメントに変換する。病院はクリック一つで、米国政府の定める標準フォーマットCCD(Continuity of Care Document)に適合させたデータを閲覧することができる。

自社の製品・テクノロジーをスタッフが精力的に来場客に説明するブースが多い中、メディシティのブースでは、同社のサービスを利用している病院関係者がIT化の経験談や効果について発表した。例えば、ニューメキシコ州南部の病院で看護部長を務めるティム・ウォッシュボーン氏は、手書きのカルテを使用していた保守的な病院のIT化をいかに進めてきたかについて説明した。ウォッシュボーン氏の病院はメディシティのデータ管理サービスの導入で飛躍的に効率性を上げることに成功した。現在では標準化されたデータを使って、他の病院とのインターオペラビリティの導入に取り組んでいる。日本でも地域連携に基づくインターオペラビリティの取り組みには静岡県の「ふじのくにねっと」などの事例がある。ポアリエール氏はインターオペラビリティの実現は「米国でも簡単ではない。病院や医師の意識の低さが問題だ。こうしたセッションを通じた教育は、HIMSS 2018で最も重要な業務」と語った。

写真 メディシティ・ブースでの病院IT改革発表会(ジェトロ撮影)

日本でもサイバーセキュリティ対策需要が増加

医療のIT化を進めるにあたり、個人情報漏えい対策やウイルスの侵入を防ぐサイバーセキュリティは最大の課題の一つといえる。サイランス(カリフォルニア州アーバイン市)は、AI技術を駆使した先進的なサイバーセキュリティ・ソフト開発およびコンサルティング事業を展開している。サイランスの製品は、従来のウイルス検出・事後対応ではなく、AIや機械学習技術を利用した「100%予測型」で、サイバー攻撃に対する防御と阻止を実現するシステムである。また、顧客のシステム環境やネットワーク構成に合わせて製品をカスタマイズするコンサルティングサービスも提供している。

サイランスはメイン会場とは別に用意された「サイバーセキュリティ・コマンド・センター」で大きなブースを出展した。ブースでは、手術室のどの機械がネットワークにつながっていて、ウイルスの脅威に晒されているかをタッチパネルのクイズ形式で実践した。生体情報モニタなどをはじめ多くの機械がネットにつながっており、手術中のリスクの大きさが一目で分かるよう来場者に説明した。

同社コンサルタントのチェリー・ジェームス氏によると、同社は2017年に日本への進出を果たし、その需要の高さからすでに社員を10名に増やしている。日本でも医療のIT化の進展につれてサイバーセキュリティの重要性がいっそう増していくと考えられる中、「日系医療メーカーからの問い合わせが増えている。サイバーセキュリティの意識の向上の表れだ。大きな期待を寄せている」とジェームス氏は強調した。

写真 サイランスのサイバー脅威クイズパネル(ジェトロ撮影)

モバイルでテレメディスン・ネットワークを提供

HIMSSは初の試みとして「イノベーティブスペース」を会場に設置した。AIやテレメディスンなどの最新技術を開発・商業化している中小企業やスタートアップにパートナー候補とのマッチングの機会を設けた。

AIによる患者とのコミュニケーション技術や診察サービスを提供するスタートアップの顔ぶれが多く見られる中、モバイル技術を使った遠隔診療、テレメディスン・ソリューションを提供するクラウドブレーク(カリフォルニア州エルセグンド市)のブースには多くの来場者が訪れた。

同社は、2015年設立のスタートアップである。患者はどこにいても同社のクラウド・プラットフォームを通じて全米の神経科医や脳卒中専門家、集中治療室(ICU)などの遠隔診療を受けることができる。ビデオのチャットだけでなく、診断記録も共有する機能を備えている。

執行副社長のダン・シュー氏は、「最も重要なのは患者にとっての利便性を第一に考えること。当社の便利な製品・サービス技術は『患者第一』で事業を展開してきた結果である」と語る。設立者の兄弟がメキシコ旅行中に交通事故で重傷を負った際に、地元の病院とのコミュニケーションから自国への搬送まで言語や距離の大きな壁を感じたことがクラウドブレーク設立のきっかけとなった。シュー氏によると、同社は言語や距離という障壁を乗り越えるため、常に「患者へのサービスを第一に考えること」を重視しているという。同社のプラットフォームはすでに100以上の言語で対応可能だ。

但し、米国内での販売は好調だが、海外への進出には各国の医療規制という大きな壁があるという。過去に中国への進出を検討したが、「テレメディスンを巡る診療規制で諦めるしかない状況であった」とシュー氏は振り返っている。日本も法律上は医者と患者の対面診療を基本としているが、医療ITの促進に力を入れる厚生労働省は、対面診療を基本としつつ、離島、へき地の患者等には、「患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときには、遠隔診療によっても差し支えない」と遠隔診療に関する考え方を通知PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)している。

写真 最新技術が集まるイノベーティブスペース(ジェトロ撮影)

世界の最新技術を歓迎

日本はヘルスケアIT技術の導入に遅れを取っているといわれる。各種規制の存在、データ標準化の遅延に加えて、病院や医師の保守的な考え方も医療IT発展の障壁となっている。実はこれらの障壁は米国にも存在すると口にするHIMSS参加者は少なくない。米国の医療IT分野の前進に求められているのは医療関係者に対する教育だと指摘する声がカンファレンスで常に聞かれた。医療IT企業は、次々と新しい技術を生み出すと同時に、カンファレンスなどの機会を利用して医療関係者に教育する機会を重視している。医療従事者にとっても、HIMSSのカンファレンスに参加することで、免許取得後の継続学習のためのクレジット(単位)を取得することができるインセンティブがある(注4)。

「HIMSSは年々進化している」。HIMSSシニアマネージャーのジョセフ・ボナンノ氏は語る。同氏によると、HIMSSの現CEOのハロルド・ウォルフ三世は、自身の豊富な医療IT経験に基づき、IT導入は効率性向上という当初の目的から医療の「死活問題」へと変化していると指摘している。そこで、2019年2月にフロリダ州オーランドで予定している「HIMSS 2019」では、テレメディスンなどのデジタル技術にいっそう力を入れていくと同時に、海外の最新技術も積極的に取り込んでいくことを検討している。

今次カンファレンスでは米国企業のプレゼンスが他国を圧倒していた。その他は、いくつかの非米系大手企業とスペイン、フランス、イスラエル、フィリピンなどの貿易促進機関や業界団体による小規模のブースにとどまっていた。ボナンノ氏は「米国の医療市場参入を目指す日本企業の参加も歓迎する」と述べている。

HIMSS2019では、今回活況を呈したイノベーティブスペースの参加企業を2倍にする計画もある。同スペースを指揮しているマネージャのイアン・ホフバーグ氏は、今次カンファレンスではAIのスタートアップの参加が最も多かったが、次回には「ロボティクス技術を目玉としたい。日本はロボティクス技術が進んでいると聞いている」とアピールしていた。

(注1)HIMSS(Healthcare Information and Management Systems Society)は、米国医療の情報管理やITの普及を推進する、シカゴに本部を置く協会。医療ITの教育、最新技術やソリューション、ネットワーキング機会を提供する目的で毎年カンファレンスを開催している。

(注2)複数の異なるシステムを組み合わせて相互に運用できる状態。

(注3)さまざまな分析手法やアルゴリズムを使って大量のデータに潜在するパターンや相関関係などの知見を抽出する技術。

(注4)米国では、医療従事者など専門性が高い職種は、免許取得後に専門性を維持するための継続学習が求められる。

(北條隆)

(米国)

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