米韓FTAの見直しに向けた特別協議を実施-USTRは小幅な修正で合意を目指すとの見方も-

(米国、韓国)

ニューヨーク発

2017年09月05日

米通商代表部(USTR)は8月22日、ソウルで韓国政府と米韓自由貿易協定(米韓FTA、通称KORUS)の見直しに関する特別協議を実施した。米国政府が貿易赤字の削減に向けた協定の見直しが必要と主張する一方、韓国政府はKORUSが貿易赤字の要因との見方を否定し、両国間で共同調査を行うことを提案した。議論は平行線に終わったもようだが、USTRは今後数週間にわたり協議は継続すると述べている。なお、USTRは大統領貿易促進権限(TPA)法に基づいた議会通知などの手続きを行っておらず、専門家は「USTRは小幅な修正での合意を目指す」と指摘する。

韓国側は議論が平行線との認識

USTRは8月22日、KORUSの見直しに関する韓国政府との特別協議をソウルで行った。ロバート・ライトハイザーUSTR代表は7月12日、韓国政府に同協議の実施を要請する書簡PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)を送付しており、今回の協議はこの要請を受けて実施されたもの(注1)。トランプ大統領は、韓国との貿易赤字を問題視し、KORUSの「再交渉(または脱退)」を主張してきた。

特別協議はKORUSの22.2条4項(b)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)に基づくもので、両国政府で構成される共同委員会が実施する。共同委員会は協定の監督のほか、両国の貿易関係のさらなる改善に向けた方策を検討する義務を負っており、協定の「改定(amendments)」や合意事項の「修正(modification)」を検討することができる(注2)。

8月22日の特別協議において、USTRは米国側の貿易赤字の削減に向けた協定の改定や修正を議題とすることを提案し、韓国側にさらなる市場開放を求める姿勢を示した。一方、韓国政府はKORUSが貿易・投資・雇用において両国に利益をもたらしてきたとの立場に立ち、その影響に関する共同調査の実施を主張している。

韓国の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)通商交渉本部長によると、合意は得られておらず、議論は平行線に終わったもようだ(ロイター8月21日)。USTRは今後、数週間にわたり議論を続けていくとしているが、具体的なプロセスは示されていない。

米国産業界に多いKORUSへの高い評価

米国の産業界では、KORUSの効果を肯定的に捉える意見が多い。

米国商工会議所のタミ・オーバービー副会長(アジア担当)は、(KORUS発効前の)2011年と2016年の貿易額を比較すると、韓国経済の停滞により韓国の世界全体からの輸入額(物品・サービス)が22.57%減だった中で、米国からの輸入額は3.32%増だったと指摘し、KORUSによる米国の輸出促進効果を強調している。

KORUS交渉の争点の1つだった牛肉の輸出についても、業界団体はKORUSの効果をたたえている。全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)は、米国食肉輸出連合会(USMEF)や北米食肉協会(NAMI)と共同で、ソニー・パーデュー農務長官とライトハイザーUSTR代表宛てに書簡PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7月27日付)を送り、「KORUSは米国の牛肉産業が韓国市場で成功するための理想的な環境をつくり出した」と述べている。KORUSによる米国からの牛肉輸出にかかる関税の削減(40%の関税を段階的に削減)や、科学的根拠に立脚した衛生植物検疫措置(SPS)の設置を評価している。NCBAなどによると、韓国への牛肉輸出は2012年の5億8,200万ドルから2016年には10億6,000億ドルに拡大しており、米国にとって韓国は第2位の輸出先となっている。

全米豚肉生産者協議会(NPPC)も、韓国側の関税削減で輸出が大きく増加したとして、KORUSを支持した。また、EUとチリが韓国との間でFTAを発効させていることを指摘し、KORUSからの脱退はこれら豚肉輸出が多い国に韓国市場を譲り渡すことを意味すると述べている(注3)。

米国側の具体的な交渉事項はまだ不透明

前述のとおり、USTRは韓国との貿易赤字を問題視しているものの、具体的な交渉事項をまだ示していない。ライトハイザーUSTR代表が特別協議後に出した声明でも、「長い間、米国企業を排除する負担の大きい規制や米国の知的財産権に関する人為的な価格設定(注4)について対応策を取るよう韓国政府に求めてきた。今回の協議は、これらを含む障壁に対処する機会だ」と述べるにとどまっている。

USTRの通商政策に関する諮問機関(ACTPN、注5)は8月15日、ライトハイザーUSTR代表の要請に基づきKORUS再交渉に係る意見提出を行っている。ACTPNは、対応が必要な事項として、KORUS労働章の完全な実施(財閥関連企業などにおける労働組合の結成阻止などを問題視)や協定実施スケジュールの迅速化、規制の透明化、国内企業と同等の扱いが与えられていない製品やサービスに対する貿易障壁の撤廃(海外クレジットカード会社に対する参入規制や米国製品に対する試験・認証要求)、データ移動の自由化、関税評価手続きに関する問題への対応、知的財産権の執行強化などを挙げている(注6)。

米自動車大手3社「ビッグスリー」(注7)が組織する自動車政策会議(AAPC)は7月14日付の声明外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで、「われわれはKORUSに依然高い期待を持っているが、その期待を実現するためには韓国の非関税障壁や為替政策に対処する必要がある」と主張している。AAPCは、USTRと商務省が別途実施している貿易赤字の要因分析調査(2017年4月10日記事参照)に対する意見書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2017年5月10日付)の中で、米国自動車安全基準(FMVSS)を順守した輸入自動車の受け入れ台数をKORUSでの合意台数より引き上げること(注8)や、米国の環境基準も受け入れることを、韓国政府に求めている。

USTRはTPA法の手続きをせず

USTRは今回の特別協議の実施に際して、交渉開始に関する議会通知など大統領貿易促進権限(TPA)法にのっとった手続きは行っていない。米国憲法によって、外国との通商関係は議会が管轄しているが、TPA法はこの通商交渉に関する権限を大統領に一時的に付与するもの。議会への報告・相談義務など、同法に定められた目的や手続きに沿って政権がまとめた通商協定法案は、議会で修正を受けずに賛否のみの採決に付すことができる。一方、同法のプロセスを活用しない場合、国内の法改正は、通常の議会審議のプロセスを経ることが必要になる。

ワシントンの通商弁護士はこの点を指摘し、USTRは今回のKORUSの見直しについて小幅な修正での合意を目指すと分析する。具体的には、(1)KORUS実施法201条(a)が規定する大統領権限の範囲で実施可能な関税の修正、または、(2)協定の実施規定の変更だけにとどめ、協定のテキストの変更は行わない(例えば、韓国側の自動車規則の変更など、韓国側のみの規定変更であれば米国側の対応は不要)かたちでの合意、のどちらかを追求する可能性が大きいとみる。

なお、議会で通商政策を所管する上院財政委員会のオリン・ハッチ委員長(共和党、ユタ州)とロン・ワイデン少数党筆頭委員(民主党、オレゴン州)、下院歳入委員会のケビン・ブレイディ委員長(共和党、テキサス州)とリチャード・ニール少数党筆頭委員(民主党、マサチューセッツ州)は、7月17日にライトハイザーUSTR代表宛てに書簡を送り、国内規定の修正が必要な場合には、大統領権限でそれを行う場合であっても、議会と事前に協議することを強く求めている(通商専門誌「インサイドUSトレード」7月20日)。

(注1)米国政府の書簡は首都ワシントンでの開催を要請していたが、韓国政府はKORUSの規定(要請を受けた側の国で開催)に従い、韓国で特別協議を行うことを主張していた。両国の交渉の結果、開催地はソウルに決定した。

(注2)KORUS協定では「改定」と「修正」の定義は示されていない。ただし、KORUS協定24条2項は、「改定」について、国内で必要な手続きを行うことを記載しており、改定は国内の法改正が必要な事項を想定している可能性が高いとワシントンの通商弁護士は指摘している。

(注3)NPPCの主張は、後述のACTPNのレポートの中で示されたもの。なおNCBAも、KORUSが韓国・オーストラリアFTAに先立って発効しており、オーストラリアよりも早いスケジュールで韓国の牛肉関税の削減が行われることを評価している。

(注4)詳細は不明。ただし、商務省国際貿易局の資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)では、韓国政府の医薬品に係る償還価格の設定が、米国の医薬品の「革新性(innovative)」を不当に評価し、そのプロセスもKORUSで定められた透明性のある手続きに沿っていないと批判しており、ライトハイザーUSTR代表の発言はこの点を指摘している可能性がある。なお、USTRが発行する「2017年外国貿易障壁報告書」の中では、医療機器の償還価格も同様に問題視している。

(注5)企業関係者や農業団体、労働組合の代表者などがメンバー(詳細はUSTRウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照)。1974年通商法135条b項に基づいて設置されており、USTRに対して通商交渉の方針や貿易協定の実施状況などについて助言を行う。

(注6)ただし、ACTPNは北朝鮮による挑発行為が行われている中、「2国間の貿易紛争で米韓両国の相互支援の弱点や亀裂を示すようなことはしてはならない」として、貿易紛争を激化させないよう政権に求めている。

(注7)ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、フィアットクライスラー・オートモービルズ(FCA)の3社。

(注8)韓国は、前年の韓国内での販売台数が2万5,000台以下のメーカーが生産し、米国から輸入された自動車が米国の安全基準(FMVSS)を順守している場合、韓国自動車安全基準を順守したものと認定するとKORUSで合意している。ただし、バス・トラックなど商用車の一部は、韓国自動車安全基準を適用する(詳細は外務省資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)参照)。

(鈴木敦)

(米国、韓国)

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