民法総則が10月に施行、不良債権問題の改善に期待-広州でセミナー開催-

(中国)

広州発

2017年07月18日

ジェトロは6月21日、2017年10月から中国で施行される民法総則と債権回収への影響などに関するセミナーを広州で開催した。施行後は権利者保護が強化され、中国で以前から深刻となっている債権回収問題についても改善が図られる見通しだが、契約締結前の準備が最も重要な点は今後も変わりはない。

民法の法体系整備で権利者保護を強化

セミナーでは、広東謝宏法律事務所の謝宏・代表弁護士が講演した。内容は以下のとおり。

中国では、民法通則(通則)が1987年から施行されているが、条文は156条しかなく、経済活動が活発化した中国社会の現状を鑑みると不十分な内容となっている。こうした中、中国ではまず民法典の総則(民法総則、以下、総則)を編さんし、次いで民法典の各編を編さんすることで、2020年までに民法の法体系が整備される見込みだ。

特徴として、総則では新たに基本原則に省エネ・環境保護の理念を記載しているほか、個人情報保護に関する条文を追加している。また、訴訟時効が従来の通則における2年から3年へ延長された。これにより、権利者の権利がより長期間保護される。訴訟時効とは、民事権利を侵害された権利者が権利行使できる法定の時効期間のことで、訴訟時効の期間は権利者が侵害の事実を知ったか、または知り得た時から起算される。権利者が侵害の事実を知り得ず、時効が消滅すると、法院は当該権利者の権利を保護できない(注1)。

なお、訴訟時効の効力が発生後、権利者が侵害の事実を知り、時効期間内に催告書の送付により相手を督促するか、相手側が履行義務に同意すれば、時効はいったん中断し、効力の発生時期を再び開始時に戻すことができる(表参照)。ただ、督促の際は、改ざん可能なメールでの通知は避け、証拠が残るEMS(国際スピード郵便)など書面で通知するのが良い。

中国では以前から、日系企業はもちろん、地場企業の間でも債権回収が大きな課題となっている。総則の施行により、訴訟時効の起算時期が明確化され、権利が長期間保護されることで、債権者にとっては、訴訟による紛争解決が今よりも有利になる可能性が高い。

契約の締結前に十分な準備を

ただ、債権の不良化を受け、訴訟や仲裁に訴えると、コストや時間を要する。これを回避するためには、債権を問題なく回収できる相手先と契約を締結できるよう、事前に相手先を十分に調査することだ。

契約締結に当たり、相手先の(1)営業許可証と(2)財務諸表を確認すべきだ。(1)では、関係者の名刺の記載内容と営業許可証の登記内容を比較し、経営範囲が一致するかを確認する。(2)については、株式の上場企業なら入手可能だが、未上場企業だと入手が難しい。その場合は、相手先が取引する銀行からの入手が可能だ。相手先に財務諸表の提供を要請してもよい。

また、債権の不良化を防ぐため、契約書に手付金の支払い義務、連帯保証人を明記するほか、相手先代表者の個人資産を抵当に入れることも有効だろう(注2)。

さらに、紛争に発展する事態に備え、債権者は債権の保有に関する証拠書類を保管しておくべきだ。これには、契約書のほか、貨物交付証明書、債務者への督促状(注3)が該当する。契約書には、社印以外に、書類の差し替えを防ぐため、割印するのが賢明だ。

紛争解決には訴訟と仲裁の2つの手段

取引開始の後、当事者間で紛争が発生した場合に備え、契約書に解決の法的手段(訴訟または仲裁)を明記することが重要だ。記載がないと、おのずと訴訟となるため、注意が必要だ。訴訟の場合、広州市など大都市では比較的公平な判決が下されるが、中小都市では地元企業に有利な判決が出やすい。中国における裁判制度は二審制だが、早期の解決を望むなら、1度の仲裁判断で結審する仲裁委員会を明記するとよい。

訴訟の場合、当事者の所在地にある法院が事案を所管するが、契約書に記載がなければ、被告である債務者の所在地の法院が所管する。債務者の所在地が債権者からして遠隔地にある場合、出廷に時間とコストがかかるため、あらかじめ債権者の所在地で訴訟を行う旨、契約書に明記しておくべきだ。

仲裁の場合は、a.各地の仲裁委員会のほか、b.華南国際経済貿易委員会(SCIA)、c.中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)、d.日本や香港など海外の仲裁機構、の中から選択できる。

このうち、中国ではb.とc.が比較的公平性が高いといわれる。b.の所在地は広東省深セン市のみだが、b.とc.を利用する場合、当事者間で仲裁廷の場所を選定できる(仲裁廷がない地域であれば、ホテル内の会議室でも開廷が可能)。仲裁委員会は、3人の仲裁人から構成される。首席仲裁人は仲裁機構が選定するが、他の2人の仲裁人については、当事者双方が1人ずつ仲裁人(外国人弁護士も可)を選定できる。

d.の場合、海外の仲裁機構が下す判断は、外国仲裁判断の承認および執行を規定したニューヨーク条約により、中国でも最寄りの法院で法執行が可能(注4)だが、海外への渡航費用や仲裁に参加する弁護士の費用などを考慮する必要がある。

不良債権の譲渡や相殺も可能

債権回収が困難な場合は、債務者に通知の上、債権の全部または一部を第三者に譲渡する方法もある。ただし、次の事由のいずれかに該当する場合は、譲渡できないため、注意が必要だ。

(1)契約の性質により譲渡してはならないとき

(2)当事者間の約定により譲渡してはならないとき

(3)法律の規定により譲渡してはならないとき

このほかにも、契約当事者が互いに中国国内法人で、相手との間で同等の債務を負っている場合は、法に抵触しない範囲で、双方の債務を相殺することが可能だ。

(注1)訴訟時効の発生時点について、総則には(支払い行為の)履行期限の満了日(債務を分割で支払う場合は最終の満了日)から起算と明記された。訴訟時効の消滅後でも、債務者が支払いに応じる場合は、法院による権利保護の有無に関係なく、債権回収が可能だ。

(注2)提訴に当たり、債権者は法院に対し、財産保全の申し立てが可能。その際、債権者は法院に対し、口座情報、住所、自動車の車番、資産の保管場所など相手先の関連情報を提出する必要がある。

(注3)弁護士が作成・送付する督促状のほか、会計士が送付する「詢証函(確認依頼状)」、債権者が債務者へ直接送付する「代金督促通知書」がある。ほかに、債務者に「代金支払い遅延承諾書」を送付してもらう方法や、債務者との間で代金の支払い遅延につき、協議書を交す方法がある。

(注4)訴訟の場合、日中間には相互主義を認めた条約や協定がなく、日本で勝訴しても、中国ではその判決を執行できない。なお、中国で勝訴した場合、法執行で回収できる債権は元金に中国人民銀行の貸出金利を基に算出される利息を加えた額が基本。訴訟費用は、当事者間で折半するケースが多い。

(粕谷修司)

(中国)

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