政策に対する「過剰な反応は禁物」とアドバイス-元商務長官、トランプ政権の特徴を解説-

(米国)

ニューヨーク発

2017年05月30日

 カルロス・グティエレス元商務長官はジェトロが開催したセミナーで、トランプ政権の政策に対する「チェック・アンド・バランス」は機能しており、「過剰な反応は禁物」と日系企業にアドバイスした。また、貿易政策や移民政策が足かせとなり、現政権が志向する高成長の実現は難しいとの見方を示した。

大統領のコメントや声明も交渉の一部に

ジェトロは4月28日にニューヨーク市内で、ワシントンに本拠地を置く国際戦略コンサルティングファーム、オルブライト・ストーンブリッジ・グループ(ASG)と共催して、「トランプ新政権の通商政策」をテーマに、在ニューヨークの日系企業向けにセミナーを開催した。同セミナーでは、ASGの幹部がトランプ政権の通商政策の特徴などについて解説した。ASG共同会長でもあるグティエレス氏はメインスピーカーとして講演した。その講演内容の要旨を紹介する。

ブッシュ政権下で2005~2009年に商務長官を務めた経歴を持つグティエレス氏はトランプ政権について、「ポピュリスト的政策が特徴」と指摘した。「トランプ大統領は『米国の工場が閉鎖されて雇用が失われたのは、自由貿易、移民のせいであり、自分がそれを解決して、米国に製造業を再び持ってくる』と約束し、選挙に当選した」「米国第一主義を前面に押し出し、中国やメキシコなど、トランプ大統領が米国の雇用問題の原因と考える国々への圧力を高めている」「米国の現在の失業率は4.5%だが、フルタイムで働きたいパートタイマーや、就職を諦めたような人々を加えると、実質的には9%以上となる」と、政権誕生の背景などを説明した。

トランプ政権のメンバーについては、「軍事、ビジネス、外交などの分野において経験豊富で責任を果たせるプロフェッショナルを集めた非常に良いチームを構成した」と評価した。ただし、トランプ大統領の交渉スタイルには留意する点があり、「トランプ大統領は自分が『優れた交渉者(good negotiator)』というイメージに価値を置き、優れた交渉者であることを世界に知ってほしいと考えている」「そのため公開の場で交渉し、FOXニュースなどのメディアやツイッターなどを使ってさまざまなコメントや声明を発信し、その声明が交渉の一部になっている」と指摘する。従って、どの声明が交渉用なのかを見分ける必要があり、これを読み間違えると、「通商交渉や地政学的な問題において、交渉の初期段階で誤解を生じてしまうリスクがある」と注意を促した。

政策実現には財源確保が課題

グティエレス氏は、政策実施の不確実性にも注意が必要と指摘する。株式市場は好調で高止まりし、ビジネス関係者や投資家にとっては聞こえの良い話が多く、法人税を35%から15%に引き下げる税制改革案やインフラ開発への取り組み、社会保障や公的医療保険の予算を維持した上での国防費540億ドルの追加など、「これらは非常に果敢で、米国経済を活性化してくれるように聞こえるが、問題は財源をどうするかという点だ」と述べ、政策の実現には財源確保が課題だと指摘した。

グティエレス氏は財源確保に関連し、国境調整税のリスクも指摘した。国境調整税の現実味は薄れつつあるが、財源確保に向けた一案としてまだテーブルの上に残されており、同税を導入すると「貿易相手国の報復を招き、世界各国の貿易障壁を増加させ、貿易を停滞させ、世界経済に甚大な影響を及ぼしてしまうリスクがある」と述べた。また、トランプ政権は予算収入の減少を成長率3.0~4.0%の高い経済成長で補うと説明している。これは財政赤字を伴わない経済成長を目指すものだが、「実際には難しいだろう」と同氏は指摘した。特に貿易政策、移民政策が経済成長の足かせとなり得、「米国経済は100年以上も前から移民を労働力として取り込みながら成長してきた」と移民の必要性を強調した。

米国のチェック・アンド・バランスは機能している

北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉について、トランプ大統領は、米国にとって良い取引ができなければ、NAFTAから撤退すると発言しているが、グティエレス会長は「これは交渉用の声明で、このような大統領の声明だけで、メキシコ通貨が下落し、投資が止まるという現象が起きている」と指摘した。NAFTAは1兆ドルを超す貿易圏で、この24年間でサプライチェーンが非常に複雑に統合されており、「スイッチを切り替えるように簡単に撤退できるようなものではない。米国、カナダ、メキシコの企業だけでなく、NAFTA地域に投資している欧州やアジア企業にも大きな影響を与える」との見方を示した。

最後に、グティエレス氏は日系企業へのアドバイスとして、当初のオバマケア(医療保険制度改革)の廃止・代替案がトランプ大統領の思いと異なり、議会を通過しなかったり、イスラム圏7ヵ国の国民の入国禁止令が裁判所で差し止められたりするなど、「チェック・アンド・バランスは機能している」と述べた。今後も政策の状況は頻繁に変化していくことが予想されるため、「全てのことに過剰に反応しないこと。生産設備を動かすような大きな決断はあまり拙速に決めない方がいいだろう」と総括した。

(若松勇)

(米国)

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