外食フランチャイズ展開やチップ制導入に注意が必要-ニューヨークで「米国法務ウェビナー」開催(2)-

(米国)

ニューヨーク発

2017年05月25日

 米国で日本の外食企業の進出が相次ぐ中、ジェトロがニューヨークの法律事務所モーゼス&シンガー(Moses & Singer)の内藤博久弁護士を講師として迎えて開催した「米国法務ウェビナー」(オンラインセミナー)報告の後編。ビジネスライセンスおよび法規則、チップ制度について紹介する。

レストランは訴訟リスクが高いビジネス

レストランビジネスでは、会社法、契約、就労ビザ、雇用労働、不法行為・刑法、商標・ブランド、不動産、リカーライセンス、保健衛生法、フランチャイズなど、経営に関わる規制や法律は多岐にわたる。

米国は判例法主義で、過去の判例に基づき法律が運用される。そのため、関連する法の運用を事前に把握することは難しく、訴訟が増える一因となっている。ニューヨークについては、州や市のウェブサイトのほか、ニューヨーク市が発行するレストランマニュアル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで必要な規制や法律を確認することができる。

レストランを運営する際に必要となる主なライセンスとしては、以下の3つが挙げられる(表1参照)。これらの取得に当たっては、専門家と協議しながら、不備のないよう手続きする必要がある。

表1 レストラン事業に必要な主なライセンス
項目 建設許可 リカーライセンス フードサービス施設許可
ライセンス 図面・工事計画の申請により工事許可を取得する 一時ライセンスまたはオンプレミス(店内)免許の取得 開店21日前までにレストラン許可証の検査申請、食品衛生管理者証明書の取得
当局 ニューヨーク市建設局新しいウィンドウで開きます ニューヨーク州酒類管理局
コミュニティボード新しいウィンドウで開きます
ニューヨーク市保健衛生局新しいウィンドウで開きます
専門家 登録建築士、エンジニア レストラン・コンサルタント

(出所)ウェビナー資料

厳格なフランチャイズ規制

フランチャイズビジネスを行う場合、上記以外の法令も順守する必要がある。フランチャイズビジネスでは、過去に予測収益の誇大広告などの詐欺事件が横行した歴史があり、フランチャイズ加盟者(フランチャイジー)を保護するかたちで法律が成立し、非常に厳格に規制されている。

関連法は、連邦法・州法が規定する開示義務と、州法が設定する登録義務や関係性保証義務に関する法律に分かれる(表2参照)。開示義務については、フランチャイザー(本部)がフランチャイジー候補者に対して、事業内容が分かるよう、連邦取引委員会(Federal Trade Commission:FTC)が定める「FDD(Franchise Disclosure Document)」と呼ばれる23項目の情報を網羅した文書を作成し、開示することを義務付けている。登録義務は、15州でFDDおよび販売員、広告内容を登録することが義務付けられている。関係性保証義務は、契約解除、更新条件、競業避止義務などについて、フランチャイジーを保護する目的の規制が16州で定められている。

表2 米国におけるフランチャイズ義務要件
項目 準拠法 内容 備考
開示義務 連邦法、
州法
FTCが定める23項目の情報を事前に開示 FDDの作成、フランチャイズ契約
登録義務 州法 15州でFDD、販売員、広告などの登録義務 登録期間は1年
関係性
保証義務
州法 16州でフランチャイズ関係における加盟者保護規定を設定 契約解除、更新条件、競業避止義務などの制約

(出所)表1に同じ

フランチャイズビジネスの定義から外れるかたちのビジネスモデルとすることで、規制を避ける方法もある。FTCの定義では、商標(Trademark)、大きな統制または支援(Significant Control or Assistance)、加盟金・ロイヤルティーなどの課金(Required Payment)の3つの要素がそろうことで、フランチャイズビジネスと見なされる(ただしニューヨーク州では、1つでも要素があればフランチャイズビジネスと見なされるので注意が必要)。例えば、加盟金やロイヤルティーなどを課金せず、商品の取引のみとすることで、課金の要素が外れ、フランチャイズビジネスとは見なされないケースもある。このように工夫することで負担を回避することが可能だ。

チップ制度の採用には管理が重要に

雇用関係は、レストランが開店してから考えればよいとする事業主も多いが、実際には前もって考えるべき一番の問題だ。関係者からは「ニューヨークのレストランビジネスで成功する競争力のカギは従業員の質だ」とよく聞く。ニューヨークで成功した場合、他の地域より成功の規模も大きくなるが、その分、訴訟リスクも高くなってしまうのが同地の特徴といえる。

公正労働基準法(Fair Labor Standard Act)に基づく訴訟には、特に注意が必要だ。雇用関係で経営者にとって最もダメージが大きいのは従業員からの賃金未払いを請求される訴訟で、ニューヨークでは特にレストランが狙われやすい。特に注意が必要なのは、規定料金とは別にサービス料として支払うチップの問題だ。近年はチップ制を廃止し、最初からサービス料を規定料金に盛り込むことで、チップを受け取らないレストランも増えてきている。しかし、チップ制を導入しているレストランは依然として多く、ニューヨーク州ではレストランでの食事代に対して18~20%のチップを支払うことが慣習となっている。

チップは、レストランのウエーターやウエートレスなどサービス提供を行う従業員の給料の一部として支払われ、これらの従業員の賃金の支払いについては、法定最低賃金の一部をチップ収入で埋め合わせることができる「チップクレジット」という特別な制度が設けられている。チップクレジットの設定金額は業種や従業員数に応じて異なるが、ニューヨーク市のレストラン従業員に対しては、以下のチップクレジットが設定されている(表3参照)。

表3 ニューヨーク市におけるレストラン従業員の賃金(単位:ドル)
項目 2016年 2017年 2018年 2019年
1時間当たり最低賃金 9.0 11.0 13.0 15.0
基本時給(ベース) 7.5 7.5 8.65 10.0
クレジット 1.5 3.5 4.35 5.0
時間外割増賃金 12.0 13.0 15.15 17.5

(注)従業員数11人以上の場合。
(出所)表1に同じ

ニューヨーク市の最低賃金は段階的に引き上げられ、2019年までに時給15ドルになることが決まっている。例えば、2017年の最低賃金は時給が11ドルだが、チップ制を導入している場合、チップクレジットとしてチップから3.5ドルを賃金に補填(ほてん)できるため、基本となる時給を7.5ドルとすることが可能だ。

時間外賃金について、ニューヨーク州では週40時間以上働いた場合、40時間を超過した分の賃金の1.5倍の割増率を掛けることになっている。2017年の例では、通常は11ドル(最低賃金)に1.5(割増率)を掛けた16.5ドルが最低の時間外割増賃金となる。これに対し、チップ制を導入している場合、時間外割増の最低賃金に1.5倍の割増率を乗じた後にチップクレジットを差し引くことができる。このため、2017年では、11ドル(最低賃金)×1.5(割増率)-3.5ドル(チップクレジット)=13ドル(時間外割増賃金)という計算になる。

チップクレジットを採用する場合は、(1)通知義務、(2)チップ社員の定義、(3)チップシェアとプーリング、(4)80%ルール、20%ルールを守る必要がある。(1)は、チップクレジットの採用を従業員に通知することを指す。(2)については、チップを受け取れる従業員はサービス提供を行うウエーターやウエートレスなどで、キッチンスタッフや管理職などは対象外となる。(3)について、チップは保管(プール)し、チップを受け取れる従業員間でシェアすることや従業員のレベルに応じて傾斜配分することが可能だ。その際、訴訟などへの備えとして、チップシェアの管理をきちんと行い、歳入庁(IRS)のフォーム4070やフォーム8027などのチップに関わる税務書類を、従業員からの署名を得て保管することが重要だ。(4)は、就業時間のうちチップを受け取れない業務の割合が20%以上あった場合には、チップを受け取れないことになっている。

これらのうち、特に(2)と(4)は、対応を誤って訴訟に発展するケースが多い。ルールを守れなかった場合、最低賃金違反やチップの不正控除になり、集団訴訟、付加管轄権、付加賠償金などが追加されることで、膨大な賠償金を支払うことになる。特に最低賃金違反と認定された場合、最低賃金である時給11ドルを払っていたとしても、以下の例のように最低賃金を払っていなかったと見なされるので、注意が必要だ。

例えば、ある従業員が1時間平均20ドルのチップを受け取り、このうち5ドルをキッチンスタッフに渡していた場合には、最低賃金違反とされ、1時間につき3.5ドルのチップクレジットの不払いが発生していたと見なされて、さらにはキッチンスタッフに渡していた5ドルについても不正控除があったことになり、合計1時間当たり8.5ドルの不払いと見なされる。

仮に、この従業員が1日4時間、年間200日働いていた場合、6,800ドル(800時間×8.5ドル)の不払いとなるが、付加賠償金は2倍の請求権があるため、従業員は1万3,600ドルを請求することができる。さらに、付加管轄権の観点から、連邦法および州法の両方に請求することで、請求額がさらに2倍に膨れ上がることがある。これに加え、同様の状況にある従業員が10人いる場合は、集団訴訟として1人当たりの請求額が10倍となる。また、連邦法は3年間、州法は6年間さかのぼって請求できるため、さらに3倍、6倍となり賠償額は膨大になり、甚大な損害となる。

チップクレジットを採用しなければ、このルールに従う必要はない。しかし、チップクレジットの金額は2019年に向けて大きくなっていくため、管理能力のある企業ならば、チップクレジットを積極的に活用し、人件費を抑えるというという選択肢も考えられる。前述の税務書類など文書管理をきちんと行うことで、レストラン運営に関わる法的リスクを抑えられる。

(渡辺謙二郎、福冨知亜紀)

(米国)

ビジネス短信 82d26b2600ad4e26