WTO貿易円滑化協定が発効、全加盟国・地域が参加
(世界)
国際経済課
2017年03月01日
WTOの貿易円滑化協定が2月22日に発効した。事前教示制度やシングルウインドー(手続き窓口の一元化)の導入など、貿易手続きの円滑化に大きな効果が期待される。同協定は、開発途上国ならびに後発開発途上国への特別な措置なども盛り込む。将来的には約15%の貿易コスト削減につながると見込まれる。1995年のWTO発足以降、全加盟国・地域が参加する新しい協定が発効するのは初めてのことだ。
<事前教示制度やシングルウインドーを導入>
WTOは2月22日に、貿易円滑化協定の発効を発表した。同協定は、2013年12月にバリで開催されたWTO閣僚会議において合意に至ったもの。2017年2月22日のルワンダ、オマーン、チャド、ヨルダンの批准をもって、WTO加盟国・地域の3分の2が同協定を批准したことになり、WTOの規則にのっとり発効した。
貿易円滑化協定は全3節、24条からなる(添付資料参照)。第1節は、各国が実施すべき貿易円滑化措置について定める。主に、GATT第5条(通過の自由)、第8条(輸入および輸出に関する手数料および手続き)、第10条(貿易規則の公表および施行)に関わる分野について、通関業務の短縮化や効率化を目指した措置を定めている。具体的な条項としては、輸出入にかかるコストや手続きのオンライン上を含む情報の開示(第1条)、税関手続きや関税分類などについて事前に税関の回答を得ることができる事前教示制度の導入(第3条)、認定事業者に対する通関手続きの軽減などの優遇、急送貨物への特別な対応(ともに第7条)、通関手続きのシングルウインドー化(第10条)などが挙げられる。
<開発途上国などに特別な措置を講じる>
第2節は、「開発途上加盟国および後発開発途上国に対する特別かつ異なる待遇の規定」で、貿易円滑化協定が他の国際的な条約と大きく異なる条項を定める。同節は、開発途上国(以下、途上国)や後発開発途上国(LDC)が第1節の条項をいつ施行するのか、また施行日をいつまでにWTOに通知すべきかを、A~Cの3つの区分を設けて定めている。途上国やLDCは協定が規定する義務を、自国の履行能力に応じて、それぞれの区分に設定する。具体的な区分については、以下のとおり。
○区分A:途上国が協定の発効と同時に義務の履行を開始する条項。または、LDCが発効後1年以内に義務の履行を開始する条項。2月28日現在、93ヵ国・地域が通報済み。
○区分B:途上国が協定の発効と同時に定め、その後1年以内に履行開始の確定日を通報する条項。または、LDCが協定の発効後1年以内に定め、その後2年以内に履行開始の確定日を通報する条項。2月28日現在、9ヵ国が通知済み。
○区分C:途上国・LDCが施行するために、他国からの能力援助を必要とする条項。途上国は、協定の発効と同時に区分Cの条項ならびに必要な能力開発のための援助や支援に関する情報、発効後1年以内に援助の取り決めなどについての情報、そして発行後2年半以内に履行開始の確定日を通報する。LDCは、協定の発効後1年以内に区分Cの条項、2年以内に必要な能力開発のための援助や支援に関する情報、4年以内に援助の取り決めなどについての情報、そして5年半以内に履行開始の確定日を通報する。2月28日現在、8ヵ国が通知済み。
第2節は、区分A~Cの定義のほかに、途上国やLDCが通報した履行開始日の延期を特定の条件下で認めることや、区分Bと区分Cの条項を移動できること、施行後も一定期間は紛争解決の対象にならないことなどを定めている。
上記の区分に加え、途上国やLDCが必要な援助の提供を受けられるように、WTOは「Trade Facilitation Agreement Facility」という援助のマッチングなどを行う機関を発足させた。区分A~Cのように、各国・地域の開発レベルに準じて施行に猶予を持たせたり、援助の促進のための機関を立ち上げたりする仕組みは、今までのWTOの協定とは大きく異なる。こうした変化は、発言力を高める途上国・LDCに配慮をした結果であり、本協定が合意に至った大きな要因でもある。一方で、協定は、施行の期限を設けていないことに加え、委員会が認めれば延期ができるシステムを定める。協定発効後は、途上国・LDCが、第1節で定められる条項の義務をどのように履行していくのか注目したい。
<貿易コスト削減へ大きな期待>
WTOは2015年の年次レポートで、貿易円滑化協定の完全施行により貿易にかかるコストを世界全体で14.3%軽減できると見積もる。輸出、輸入にかかる日数もそれぞれ2日、1.5日短くなると見積もっており、同協定の効果を大きく評価する。OECDも、同協定の完全施行はOECD加盟国で11.8%、低所得国で16.5%の貿易コスト削減につながると見積もる。こうした貿易コストの削減は、企業規模を問わず、企業のさらなる貿易参入や、世界経済への参入を促すと期待される。
貿易円滑化協定は、WTOの全加盟国・地域が参加する新しい協定としては初めて発効に至った。その背景には2001年に始まったドーハ・ラウンドの交渉停滞を考慮して、ラウンド交渉が以前の一括受託方式(ラウンド交渉で議論される全ての議題について全会一致の合意に至るまで採択しない制度)から移行したことがある。これにより、バリ会議では貿易円滑化協定のほかに、農業と開発分野でも部分合意に至った。1995年の発足以降、立法機関としては影の薄かったWTOだが、こうした新たな取り組みによって今後、世界の貿易ルール整備の進展が期待される。
(長崎勇太)
(世界)
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