国内法に基づき貿易救済措置を厳格に執行-USTRがトランプ政権の通商政策を公表-

(米国)

ニューヨーク発

2017年03月08日

 米国通商代表部(USTR)が3月1日、トランプ政権の通商政策を公表した。現行のWTOを中心とした貿易システムに不満を表明し、国内法に基づき、アンチダンピング関税、相殺関税、セーフガード措置、不公正な貿易慣行に対する報復措置を厳格に執行していく姿勢を示している。通商交渉は2国間に重点をシフトさせていくとした。一方、こうしたWTOを軽視するような政策が他国にも広がることを懸念する声も出ている。

<WTOの決定より国内法を優先>

 USTRは3月1日、「2017年通商政策の課題および2016年次報告」を議会に提出した。USTRは法律によって、その年の通商政策を3月1日までに議会に報告することが義務付けられている。トランプ政権の通商政策を初めて公式に示したものといえる。同報告では、通商政策の優先課題として以下の4点を挙げている。

 

 1点目は「通商政策において米国の国家主権を優先すること」。WTO協定の1つである「紛争解決に係る規則および手続きに関する了解」(略称:Dispute Settlement Understanding)で、WTOが各国に義務を追加したり各国の権利を縮小したりすることはできない、と規定されていると指摘。WTOの紛争解決パネルで米国の権利に反する決定が下された場合でも、それによって米国の法律や慣行を変えることにはならないとして、WTOの決定より国内法が優先するとしている。

 

 2点目は「米国通商法を厳格に執行すること」。世界の主要市場は市場メカニズムが働いておらず、外国政府の補助金、知的財産権の侵害、為替操作、国営企業、その他多くの不公正な行為によってゆがめられている、との認識を示した上で、米国および世界の貿易システムにとって、米国の通商法が厳格かつ効果的に執行されることが不可欠としている。具体的には、1930年関税法によるアンチダンピング関税、相殺関税、1974年通商法201条によるセーフガード措置、301条による不公正な貿易慣行に対する報復措置、などを挙げている。

 

 3点目は「海外市場を開放するため、あらゆるレバレッジを活用すること」。米国の輸出は多くの市場で深刻な障壁に直面しており、公正な競争をする機会を与えられていない、との認識を示し、互恵主義の原則の適用などあらゆるレバレッジ(てこ)を活用して、米国企業が外国市場に公正にアクセスできるよう促していく、としている。

 

<現行のシステムは「中国を利している」>

 最後に4点目として、「主要国と新たな、より良い通商協定の交渉をしていく」という方針を示している。この点について、同報告では次のような具体的なデータを示して、特に2000年以降、米国の通商政策が期待どおりの結果を生んでこなかったとしている。

 

〇2000年に3,170億ドルだった物品貿易の赤字は、2016年には6,480億ドルに倍増した。

〇中国とのモノとサービスの貿易収支の赤字は、2000年の819億ドルから2015年には3,340億ドルと4倍以上に膨らんだ。

〇米国の家計の平均収入(中央値)は2000年に5万7,790ドルだったが、2015年には5万6,516ドルに減少している。

〇2001年1月に1,728万4,000人だった製造業の雇用者は、2017年1月には1,234万1,000人へと約500万人減少した。

〇中国がWTOに加盟(2001年)する以前の1984年から2000年までの16年間に、米国の工業生産は約71%増加したが、2000年から2016年では9%未満の増加にとどまっている。

 

 USTRは、これらの事例を挙げ、現在の世界の貿易システムは市場経済の原則で動かない中国を利しており、米国は過去16年の間、苦戦し続けてきたとの認識を示している。また、北米自由貿易協定(NAFTA)においても、2016年の対カナダとメキシコとの貿易赤字は740億ドルに上ると指摘し、米韓自由貿易協定(FTA、2012年5月発効)においても2011年から2016年の間に、米国から韓国への輸出が12億ドル減少する一方、輸入は130億ドル以上増加し、韓国との貿易赤字は倍増した、としている。

 

 その上でUSTRは、トランプ政権は自由で公正な貿易を望んでおり、今後は2国間の通商交渉に重点を移し、貿易相手国にはこれまで以上に公正な基準を求め、不公正な行為に対してはあらゆる法的措置で対応していくとしている。また、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、脱退によってTPP加盟国との2国間協定の道を開いたとして、2国間交渉にかじを切る方針を明らかにしている。

 

<米国の政策が世界に広がることに懸念も>

 この報告に対してWTOのロバート・アゼベルト事務局長は、「米国がWTOのシステムに懸念を抱いているのは明らかだ。いつでも米国の関係者と議論をする用意がある」と述べ、まずは話し合いの場を持ちたいとしている(「ウォールストリート・ジャーナル」紙3月2日)。ウェンディー・カトラー元USTR次席代表は「米国がWTOの決定で受け入れられるものだけ受け入れるということになると、他国も同様の行動を取るようになる」と懸念を表明している。一方、米国の鉄鋼メーカーなどがメンバーの米国鉄鋼協会(AISI)のトーマス・ギブソン理事長は「鉄鋼産業に被害を与えているダンピングや補助金に対して国内法を厳格に執行するという方針に感謝し、サポートする」と歓迎の意を表明している(「ワシントン・ポスト」紙3月1日)。

 

 ただし、USTRは今回は報告で、通商政策の方向性は示しているものの、具体的な内容はあまり明示していない。これについて同報告は、USTR代表に指名されているロバート・ライトハイザー氏が上院承認待ちで未就任のため、同氏の就任後により詳細な通商政策を発表するとしている。

 

(若松勇)

(米国)

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