英国のEU離脱に備え景気調整基金-2017年アイルランド政府予算案、国民負担の抑制に主眼-

(アイルランド、英国)

ロンドン発

2016年11月04日

 マイケル・ヌーナン財務相は10月11日、アイルランド政府の2017年予算案を公表した。予算案は、所得税の一種であるユニバーサル・ソーシャル・チャージやキャピタルゲイン税の引き下げなど、2016年予算と同様に国民負担の抑制に主眼が置かれた内容となった。また、経済的な結び付きの強い隣国の英国がEUから離脱するのに備え、景気調整基金を設けることも計画されている。

2011年以降、堅調な経済成長を維持>

 アイルランド経済は、2008年以降不動産バブルの崩壊や金融・財政危機に見舞われた。財政構造も2010年ごろに発生した債務危機以降急激に悪化し、欧州委員会、IMF、欧州中央銀行(ECB)の支援を求める事態に至った。しかし、近年は好転、堅調な輸出や国内消費に支えられ2011年以降の実質GDP成長率はプラスを維持しており、2016年は4.2%、2017年も3.5%と引き続き好調な成長を見込んでいる(表1参照)。また、財政構造もエンダ・ケニー首相の緊縮政策により劇的に改善している。さらに、失業率も着実に改善し、20121月には15.2%に上った失業率が、20169月には7.9%にまで低下、2017年は7.7%を見込んでいる。

表1 アイルランドの経済見通し

<唯一の増税はたばこ>

 経済全体が上向く中で公表された2017年の予算案は2016年予算から継続して、家計や産業の負担を抑えることに力点が置かれている(表2参照)。ヌーナン財務相は、今回の予算案ではたばこ購入に関する増税(20本入り1箱当たりで50セントの増税)が唯一の増税になると説明している。家計では、所得税の一種であるユニバーサル・ソーシャル・チャージ(USC)が減税される。年収のうち12,012ユーロ以下、12,01318,772ユーロ、18,773744ユーロに課される税率がそれぞれ0.5%、2.5%、5.0%とこれまでの税率から0.5ポイント減税される。

表2 2017年予算の主なポイント

<キャピタルゲイン税率を20%から10%に半減>

 産業に関しては、起業家の支援につながるキャピタルゲイン税の税率を20%から10%に半減する。これは33%から20%に引き下げられた2016年予算に続く大幅な減税となる。しかし、減税対象となる利益は100万ユーロまでとされており、隣国英国の同様の制度が1,000万ポンド(約1,090万ユーロ)を上限としているのに比べて適用対象が限定的なことから、今回の予算案では不十分とする見方も投資家からは示されている。さらに、英国のEU離脱がもたらす経済影響に備えるため、2019年から景気調整基金として毎年10億ユーロを積み上げることや、公的債務残高の対GDP比率を2015年末の78.6%から2020年代後半までに45%に引き下げる方針なども打ち出された。

 

<少数与党の首相、引き続き難しいかじ取り>

 アイルランドでは、226日に行われた総選挙の結果、ケニー首相の統一アイルランド党と労働党の連立与党が過半数の獲得に失敗、5月になって共和党との基本政策合意をベースにケニー首相を首班とする少数与党が政権を運営することになった(2016年5月16日記事参照)。今回の予算案も共和党を含めた各方面の考え方を幅広く取り入れたものとなっており、この予算案に基づく政策執行が火種になることは当面避けられる見通しだ。しかし、これまでの政権運営が総選挙で国民から否定されたケニー首相は、引き続き難しいかじ取りを迫られることになるといえる。

 

(佐藤央樹)

(アイルランド、英国)

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