AT&Tが携帯電話会社2社を買収−通信市場の改革を見据えた投資−

(米国、メキシコ)

中南米課

2015年02月23日

米通信大手AT&Tがメキシコの携帯電話会社2社を買収した。1月16日に、国内3位のイウサセル(Iusacell)の買収を完了し、同月26日には米NIIホールディングスからネクステル・メキシコ(Nextel Mexico)を買収すると発表した。2013年に着手された通信市場改革により、競争を促進するためのさまざまな措置が導入されており、徐々にではあるが通信市場における競争環境が整いつつある。AT&Tの一連の買収は、中長期的な市場の変化を見据えた投資といえそうだ。

<買収した2社はいずれも経営再建中>
AT&Tが1月16日に買収を完了したイウサセルは、メキシコの有力財閥サリーナスグループが所有していた携帯電話会社。AT&Tの発表によると、契約者数は約920万で国内3位。買収額は約25億ドルで、通信事業許可、インフラ設備、小売店舗などのイウサセルの資産を全て引き継ぐこととなる。イウサセルのカバーエリアは全国の70%に及ぶ(AT&Tプレスリリース2015年1月16日)。

AT&Tは、米国市場で最も信頼性の高い第4世代のLTE規格の通信サービスを展開しているが、米国同様の高品質の通信サービスをメキシコでも提供し、スマートフォンの普及率が米国の半分程度のメキシコ市場におけるスマートフォンおよび高速モバイル・インターネットの普及拡大に貢献するとしている(同上プレスリリース)。

イウサセルは2006年に経営破綻に陥ったが、同じくサリーナスグループに属していた携帯電話会社ウネフォン(Unefon)との経営統合(2007年)や、テレビ放送大手のテレビサ(Televisa)の出資受け入れ(2011年に株式の50%をテレビサに売却)などで経営再建を図っていた。しかし、その後も経営状況は改善せず、2014年にテレビサがサリーナスグループにイウサセルの株式50%を再売却したため、再び困難な状況に陥った。2014年9月以降、サリーナスグループはイウサセルの売却先を探していたが、同年11月にAT&Tとの間で合意に達し、政府当局の承認を得て売却が完了した。

AT&Tはさらに1月26日、米国の移動体通信会社NIIホールディングスからネクステル・メキシコの携帯電話事業を18億7,500万ドルで買収することで合意に達したと発表した。ネクステル・メキシコの通信事業ライセンス、通信インフラ、小売店と約300万人の契約者を引き継ぐことになる。国内4位のネクステル・メキシコのカバーエリアは全国の約63%を占める。

ネクステル・メキシコを所有するNIIホールディングスは、2014年9月に米国の連邦破産法を申請しており、ニューヨーク南部地区連邦破産裁判所の監督の下で経営再建の過程にある。このため、今回の買収は同裁判所の承認が必要で、またメキシコ連邦経済競争委員会(COFECE)の承認も必要だ。ネクステル・メキシコの買収が完了すれば、AT&Tは北米大陸の約4億人のユーザーに対し、携帯電話通信サービスを提供できる体制が整うことになる。

<アメリカモビルが通信市場を支配>
AT&Tは、困難な経営状況に陥っていたメキシコ3位、4位の携帯電話会社を立て続けに買収したことになるが、両社の経営がうまくいかなかった背景には、メキシコの通信市場で支配的なアメリカモビルの存在感が大きく、小規模事業者にとって十分な競争環境が整っていなかったことがある。

コンペティティブ・インテリジェンス・ユニット(CIU)が発表した2014年第3四半期のデータによると、携帯電話契約回線の約7割はアメリカモビル傘下の携帯電話会社テルセル(Telcel)のものであり、2位のスペイン系テレフォニカ(Telefonica Movistar)の回線数を大きく上回る(表参照)。AT&Tが買収した3位のイウサセル、4位のネクステルの回線数を合計しても全体の10%強にすぎない。

企業別携帯電話回線契約数(2014年第3四半期)

アメリカモビルの傘下には、固定電話とインターネットサービスを提供するテルメックス(Telmex)もあるため、固定、携帯、インターネットをパッケージにしたサービスの展開でも有利に立ち、その他の企業の追随を許していない。

<通信市場改革でアメリカモビルが一部資産を売却>
しかし、2014年4月以降は、そうしたアメリカモビルの支配的な競争環境にも変化の兆しがみられる。エンリケ・ペニャ・ニエト政権が進めている通信市場改革が成果を生みつつあるからだ。通信市場改革は、2013年3月から憲法改正が国会審議され(2013年3月26日記事参照)、同年6月に同改正が成立し、公布された。その後、同年9月に上記改正に基づき新たな規制当局である連邦通信院(IFT)が設立され、2014年3月には憲法改正の2次法案である連邦通信放送法の国会審議が開始、同年7月に上下両院で可決され、同月14日に公布された。

通信市場改革により、電気通信事業(電話、インターネット、ケーブルテレビ)とラジオ・テレビ放送事業の2つの部門でさまざまな政策が導入されているが、電気通信の分野で競争促進のために導入された具体的な政策は以下のとおり。

(1)アメリカモビルおよび関連会社を「支配的企業」に認定
(2)支配的企業に対する非対称の規制(ドミナント規制、注)の導入
(3)国内長距離電話料金の廃止
(4)電話番号の変更を伴わないほかの通信事業者への変更手続の24時間以内の完了
(5)通信事業者の法規違反に対する罰則の強化

(1)については、IFTが2014年3月6日、アメリカモビルおよびテルセル、テルメックスなど関連企業を電気通信部門における「支配的企業」と認定した。3月25日付で公開された文書によると、2013年6月末時点でアメリカモビルおよび関連企業は契約者数ベースで固定電話市場の67.6%、固定データ通信市場の66.9%、携帯電話市場の70.1%、移動データ通信市場の62.0%を占め、部門全体(ケーブルテレビなどを含む)のシェアも61.8%に及ぶため、「支配的企業」(50%以上の市場占有率を有する企業)だとしている。

(2)については、「支配的企業」と認定されたアメリカモビルおよび関連会社に対しては、市場競争を促進するためドミナント規制としてほかの通信事業者よりも厳しい規制を課すことができる。IFTはテルメックスおよびテルセルに対し、2014年4月6日以降は他の通信事業者に対して回線接続料金を請求することを禁止し、ほかの通信事業者がサービスを行っていない地域における国内ローミング料金の請求も禁止した。

(3)はアメリカモビルを含む全ての通信業者に対し、2015年1月以降は長距離電話料金の徴収を禁止した。これにより、国内電話料金は全て市内電話と同一料金体系となる。(4)については、2015年2月10日以降、電話番号を保持したままでの通信事業者の変更を24時間以内に完了することを各通信事業者に義務付けた。(5)については、法規違反を行った通信事業者に対する罰則が大幅に強化された。

こうしたさまざまな政策の導入により、市場環境に変化が出始めている。ドミナント規制が適用されたアメリカモビルは2014年7月8日、市場占有率を50%未満に下げて「支配的企業」の認定を取り消すため、同社が持つ通信インフラなどの一部資産の売却を発表した。同社は、メキシコにおける競合相手のインフラ投資が不十分だったことが市場支配力を増す原因だったとし、同社の資産を技術力や資金力、通信分野における経験が豊富な事業者に市場価格で売却することを計画している(同社プレスリリース2014年7月8日)。各種報道によると、日系企業も含むグローバルな通信大手に資産売却の打診があったという。

また、テルメックスやテルセルの接続料金や国内ローミング料金の撤廃により、電話料金が低下傾向にある。国立統計地理情報院(INEGI)が毎月発表する消費者物価指数(CPI)によると、2015年1月時点の電話サービスのCPIは71.4(2010年12月=100)と、アメリカモビルに対するドミナント規制が適用される前の2014年3月に比べて13.0ポイント下落している(図参照)。うち、携帯電話サービスでみると、同期間に13.3ポイント低下している。

電話サービスのCPIの推移

(注)通信市場への影響力が大きく支配的(ドミナント)だと判断される通信事業者に対し、他事業者より厳しい規制を課すこと。

(中畑貴雄)

(メキシコ・米国)

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