電源・燃料多角化や燃料補助金削減などの市場改革が課題−アジア・オセアニア各国の電力事情と政策(1)−

(アジア、オセアニア)

バンコク事務所

2015年01月27日

アジア・オセアニアの電力事情は各国・地域によって大きな差があるものの、地域全体として今後、長期にわたり需要の大幅な拡大が見込まれている。各国の電力政策上の課題もそれぞれ異なるが、多くの国に共通するのは電源および発電燃料の多角化や財政を圧迫している燃料補助金の削減、市場健全化といえる。そのような状況の下で、昨今の原油安の進行は石油依存度の高い国にとって、補助金削減などの電力市場改革を促す好機となっている。今後20年間の東南アジア地域における電力インフラ関連投資額は1兆ドル規模と試算され、火力発電に関心が集まっている。アジア・オセアニア各国の電力事情と政策を報告する。全19回シリーズ。

<大きな伸びが見込まれる電力需要>
国際エネルギー機関(IEA)の報告書「2014年版世界エネルギー見通し」(World Energy Outlook 2014)によると、中国とOECD加盟国(日本、韓国)を除くアジアの電力消費量(2012年)は2,071テラワット時(TWh、テラは1兆)となり、世界の消費量全体(2万915TWh)の約1割を占めた。中国の消費量を合わせると、世界全体の約3割を占める。一方で、アジア(日本、韓国、中国を除く)の1人当たり電力消費量は893キロワット時(kWh)と、世界平均(2,972kWh)の3分の1の水準だ。東南アジアと南西アジア地域の電力需要は今後、世界全体の伸びを大きく上回るペースで増加すると見込まれている。

IEAの最新データによる各国における発電と国内消費の状況(2012年時点)をみると、カンボジアが最終消費電力の5割以上を輸入に頼っている一方、カンボジアを除くアジア・オセアニア主要各国では国内消費電力の9割以上を自国内の発電で賄っている(表1参照)。燃料については輸入に依存する国が多いものの、国境を越えた多国間での電力の相互供給はそれほど進んでいない状況が分かる。他方、IEAのデータベースでは把握されていないラオスにおいては、電力を主要な外貨獲得手段と位置付け、周辺国への電力輸出拡大を図っている。豊富な水力資源を活用した発電所建設を推し進め、2014/2015年度(2014年10月〜2015年9月)には国内で発電した電力の4分の3以上を周辺国に輸出する計画だ。

一連のデータの中で目立つのは、ミャンマー、インド、パキスタンにおける送配電ロス率の高さだ。この背景には、電力設備の老朽化や発電の非効率性に加え、送配電中の盗電なども電力損失の主要因になっている事情がある。上記の3ヵ国では、電力需要に対する電力不足が顕著だが、送配電ロスが需給バランスの悪化に拍車を掛ける構造となっており、都市部においても停電が常態化している。また、全国レベルでの電化率も低い水準にとどまっており、無電化地域の電化による格差の是正が政策上の優先課題となっている。

表1アジア・オセアニア各国における電力の供給および消費量

<電力市場構造をゆがめる燃料補助金>
ASEANや南西アジアの多くの国では、電力価格や燃料コストを安価に抑えるための補助金投入が政府の財政を圧迫し、また市場構造をゆがめる実態が報告されている。IEAによると、バングラデシュとインドネシアにおいては、2013年時点で燃料補助金が燃料供給コスト全体に占める比率(補助金率)が30%を超え、GDP比でも3%を上回っている(表2参照)。また、パキスタン、インド、マレーシアでも補助金率がそれぞれ2割前後と高い水準にある。

表2ASEANおよび南西アジア主要国の燃料補助金(2013年時点)

ASEAN主要国の中では安価な電力料金体系にあるインドネシアでは、国家予算の約15%に当たる補助金の3分の1近くが電力向けで、財政圧迫の主要因となっている。政府は2014年7月から段階的に電力料金の値上げを実施しているが、国内産業界からは急激な値上げを懸念する声も出ている。

また、インドネシアと同様に政府が補助金で電力向けの燃料コストを安価に抑えているマレーシアでも、補助金による財政圧迫の状況を改善するため、一部の州を除き2014年1月に商工業用電力料金を平均16.85%引き上げている。こうした動きの中で、2014年1月にジェトロが現地商工会議所と共同で実施した日系企業向けのアンケート結果では、「電気代、ガス代などのエネルギー価格」を問題とする企業が49.3%に上り、電力料金の引き上げを不安視する企業が増えている実態が報告されている。

インドにおいても、燃料補助金率が19.9%、GDP比で2.5%を占める構造にあり、財政を圧迫している。貧困層を多く抱える農業や一般家庭向けにコストを下回る電力料金体系を適用する中で、政府の財政上の問題から補助金が不足し、結果として配電業者が赤字に陥るという問題が生じている。補助金をベースとした電力料金設定システムが市場構造をゆがめると同時に、同分野に民間事業体が参入する上での大きな障壁となっている事実がある。

<原油安は補助金削減などの構造改革の好機に>
上述のとおり、燃料補助金の削減は、財政の健全化と市場構造のひずみを是正し、民間企業の電力事業参入を促す効果が期待される一方、ユーザーである消費者や国内産業界にとってはコスト高につながることから、それを実行する政府にとって極めて難しいかじ取りが求められる。そのような中、昨今の急激な原油安を「燃料補助金削減などの国内構造改革の好機」とも捉える動きもある。

インドネシアでは原油の国際価格下落を契機に、燃料補助金に関する新政策を発表し、2015年1月1日から施行した。小売価格を固定し市況価格との差額部分について補助金を給付する方式から、補助金部分を固定化する方式に変更し、併せて特定グレードの燃料に対する補助金を撤廃した。インドネシア政府によると、新政策の導入に伴い、燃料補助金総額が削減されると同時に、国際市況の影響を受けずに歳出負担を管理することが可能になるという。

2015年1月8日付の「バンコク・ポスト」紙では、アジア開発銀行(ADB)チーフエコノミストのシャンジン・ウェイ氏をはじめとする複数の専門家のコメントを引用するかたちで、「原油安は、原油に依存するアジアの多くの国にとって、高額の燃料補助金削減などこれまで困難だった構造改革を実行する絶好の機会(Golden Opportunity)だ」と報じた。また、燃料補助金削減の取り組みを進めるインドネシアやマレーシア、インドなどの政府の取り組みなどを例示し、「各国のリーダーがこの改革の好機を逃せば、近い将来、燃料補助金削減に対する国内の反対勢力が再び強まるだろう」と伝えている。

<電力を問題視する企業はミャンマーで8割超>
地域全体の電力需要が著しく増大することが見込まれる中、今後、アジアへ新たにビジネス展開を図る企業、もしくは進出先各国で事業拡大を図ろうとする企業にとっての、ビジネス環境上の最大の関心事の1つが、進出先国・地域において電力供給の中長期的な安定が見込めるか、という点だ。

それでは、アジア・オセアニア各国の進出日系企業の間で、現地の産業向けや商業向けの電力インフラはどのように評価されているのだろうか。表3はASEAN、南西アジア、オセアニア主要国の進出日系企業へのアンケート結果(2014年10〜11月実施)で、進出各国の投資環境上の問題点として「インフラの未整備」を選択した企業のうち、具体的な項目を指摘した企業の割合を示したものだ。

これによると、「電力」を投資環境上の問題とした企業の割合は、ミャンマーで83.7%だったほか、パキスタン、バングラデシュで7割、インドで6割、フィリピン、カンボジア、ラオス、インドネシアで4割を超えており、南西アジアやASEANの新興国を中心に、多くの国で投資環境上の主要な問題と認識されていることが分かる。他方、シンガポール、マレーシア、タイの3ヵ国では電力を問題とする企業の割合は5%台にとどまっており、進出企業にとっての電力事情は同じASEAN域内でも大きな差がある。

表3「インフラの未整備」の具体的な項目別割合

電力においては、頻発する停電への備えとして自家発電機の設置が欠かせないのが実態だ。パキスタンの一部の企業からは「時期により1日6〜12時間の計画停電があった。停電する時間帯は10回も変更され、そのたびシフトを組み直すため、スムーズなオペレーションに支障を来たした」との声も聞かれた。電力事情の不安定な国への進出においては、自家発電設備の導入コストに加え、通常電力よりも大幅に割高な自家発電設備のランニングコストも見込んだ事業計画の策定が必須となる。

<多くの国では電源の多様化も課題に>
今後の政策課題として、アジアの多くの国は電源および発電燃料の多角化を図ることで一部燃料への依存を減らし、中長期的な電力の安定を図ることを掲げている。上述のIEAのデータに基づき、ASEANおよび南西アジア各国の電源の構成比をみると、インドと中国で石炭への依存度が7割を超えている(表1参照)。バングラデシュ、ブルネイ、シンガポールでは8割以上、タイでは7割以上をガスに依存している。またミャンマーでは、水力への依存が7割を超えており、多くの国で一部電源への偏重が目立っている。

ミャンマーの場合、電源の7割超を水力発電に依存していることから、特に乾期には雨量が減り、渇水期の発電量が大きく落ち込むという構造的な問題が発生している。バングラデシュでは、国内発電の大部分を天然ガス燃料に依存しているが、天然ガス不足から石炭などの代替燃料の輸入による燃料の多様化が急務となっている。

インドでは、発電容量の強化が急務である一方、再生可能エネルギーを積極的に推進しており、電源に占める再生可能エネルギーの構成比は2014年10月時点で既に12.5%に達している。主体となる風力発電のほか、太陽光発電も政策的に推進し、固定価格による買い取り制度や税制優遇策を導入している。

電源多様化の課題は、国内の電化率がほぼ100%を達成した現在でも、電力供給がほとんど問題視されていないタイでもみられる。同国では、発電燃料の7割を占めるタイランド湾の天然ガス産出が今後数年のうちにピークを迎えると見込まれており、石炭火力などへの電源シフトが課題となっている。しかしタイ国内では公害への反発から大規模火力発電所の開発が進まず、輸入依存度がさらに高まる事態も想定されている。ベトナムでも、中長期的な課題として、供給が雨量に左右されがちな水力発電の割合を下げ、石炭火力発電やガス火力発電の割合を高めることが検討されている。

また近年、発電効率の高いガスだき火力発電へのシフトを推進しているシンガポールでも、エネルギー源の多角化による安定供給の強化を図る目的から、2013年から液化天然ガス(LNG)の輸入を開始するとともに、再生可能エネルギーの推進などを進める方針を示している。

<ASEANの電力インフラ開発需要は1兆ドル規模の試算も>
IEAが2013年11月に発表した報告書「東南アジアのエネルギー見通し」によると、東南アジアでは2035年までに累積で1兆7,000億ドルのエネルギー供給インフラ向けの投資が必要で、その約60%(1兆ドル規模)が電力部門向けと試算されている。加えて、同地域で建設中の火力発電能力の4分の3を石炭火力が占めることなどから、地域全体の電源に石炭が占める比率が2035年には5割前後(2011年時点では3分の1未満)に高まると予測されている。その上で同報告書では、より発電効率の高い石炭火力発電所の普及(既存設備の平均発電効率は34%)を図ることを今後の優先課題に掲げている。また、「日本で稼働している石炭火力発電と同じレベルの発電効率を実現することで燃料使用量を減らし、二酸化炭素の排出などを削減する効果が見込める」と報告している。

発電効率の高い高性能な発電設備や送配電網の整備は、日本企業が強みを有する分野であり、発電および送配電設備を含めた1兆ドル規模のインフラ開発需要は、日本企業にとって大きなビジネスチャンスになり得る。一例としてマレーシアでは、高効率石炭火力発電設備を必要とする超々臨界圧石炭火力発電計画が始動している。IHIをはじめとする日本企業主体のコンソーシアムによって開発が進められる予定だ。

また、ASEANおよび南西アジア各国では、省エネルギー・節電への関心も高まっている。新しい規格や基準などの強制的な措置と、ファンドの活用や税制恩典などのインセンティブ付与の両面から、省エネ政策を推進する動きも出始めている。太陽光をはじめとするエコ発電システムや、空調・照明などのプラント関連設備、燃料電池車などは、日本の技術力を発揮できる分野であり、設備導入と併せた技術提供などを通じ、日本企業にとってのビジネス機会が拡大することが期待される。

(伊藤博敏)

(アジア・オセアニア)

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