RCEPに部材調達や輸出の幅を広げる効果を期待−アジア地域経済統合の進展とインド(3)−

(ASEAN、インド)

バンコク事務所・ニューデリー事務所

2014年10月03日

16ヵ国が2015年中の妥結を目指す東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は、多くの日系企業にとって、既存の自由貿易協定(FTA)ごとに異なるルール・申請書式の統一化、原産地規則の累積効果などをもたらす枠組みとして期待されている。インド進出日系企業は「調達や輸出における選択肢が広がる」としておおむね前向きに受け止めている。一方、国内関税構造の是正や輸出促進スキームの拡充、貿易関連手続きの簡素化などを優先して進めるべきだとの声も聞かれる。

<インド基準の厳しい原産地規則>
2014年9月現在、インドが締結・発効済みの7件のFTA・経済連携協定(EPA)〔締結相手国・地域は、発効順にスリランカ、シンガポール、南アジア地域協力連合(SAARC)、ASEAN、韓国、マレーシア、日本〕と、タイとの枠組み協定のアーリーハーベスト(EH)措置(特定品目の関税率の先行引き下げ)で採用されている原産地規則はいずれも、関税番号変更基準と付加価値基準の双方を同時に満たさなければならない併用型が採用されている。

このうち、ASEANインドFTA(AIFTA)とマレーシア・インド包括的経済連携協定ではいずれも、付加価値基準35%以上と6桁レベルの関税番号変更基準を、インド・シンガポール包括的経済連携協定においては、付加価値基準40%以上と6桁レベルの関税番号変更基準を満たさなければならない。ASEANが締結するFTAの多くで、選択型の関税分類変更か付加価値基準のいずれかを満たせばよい方式が一般規則に採用されている中、併用型は対インドFTAにおける基準規則として定着しつつある。

ASEANや日本からのインド向け輸出でFTAを活用している日系企業からは、厳しい原産地規則の緩和を求める声が強い。例えば、タイからアジア全域に部品を供給する日系自動車部品メーカーA社では、各FTAを利用するための原産性審査のプロセスにおいて、原則として付加価値基準方式で統一的に申請し、原産地証明書を取得している。ただし、インド向け輸出の場合は事情が異なる。「インドとのFTAを利用する場合、付加価値基準だけではなく、関税番号併用基準も満たさなければならない。通常の原産性審査において統一的に使用している各種申請書類に加え、追加的な書類などが必要となり、時間と労力が余計にかかる。関税番号変更の基準を満たせずに、FTAの特恵関税が利用できない部品もある」(貿易担当部長)という。

<期待される原産地の累積効果>
こうした事情から、RCEPを通じてアジア域内の生産ネットワークを網羅的にカバーする16ヵ国の枠組みでの原産地基準の累積が可能となれば、その効果は特に原産地規則の厳しいインド向けの輸出においてメリットがある。AIFTAを活用してASEANから部材を調達する在インド日系アパレルメーカーのB社は「今後のアジア域内グループ内拠点の最適生産を考えた場合、中国から調達した原材料をASEANで加工し、インド向けに輸出するようなケースも想定される。その場合、現状のFTAでは原産地規則が活用の制約になる可能性がある。今後の調達戦略・輸出戦略における選択肢として、RCEPによる累積効果には意義がある」と、交渉の進展に期待を寄せる。

インドで建設機械を製造販売する日系メーカーC社も、部材調達の面からRCEPによる累積効果を期待する。同社では、タイからの部材・設備の輸入でAIFTAを活用しているが、部材や設備の種類によっては、タイでの製造工程で組み込まれる日本製パーツの付加価値が高く、AIFTAの原産地基準をクリアできない品目が少なからず存在しているという。そのため、「近い将来、RCEPによって日本原産の部材の価値を累積してタイでの付加価値に算入できるようになれば、調達面でFTA利用の幅が広がる」としている。さらに、「今後、中国から調達した部材を活用し、インドで製造・組み立てを行い、ASEAN市場に販売するという選択肢を検討する上でもRCEPは追い風になる」と話す。

他方、業種や製品によっては、日系企業の中でもRCEPの進展に伴う中国製品との競合激化を懸念する声も聞かれる。タイから2国間FTA(EH措置)を活用して関税ゼロで輸入した部品を、在インド1次下請け(Tier1)メーカー向けに販売する日系自動車メーカーD社では、「当社の製品は集約化によるメリットが大きく、(新しい拠点に)相当数の生産量が見込めなければ既存の生産拠点に大規模な資本を投下する形態を取っている。アジア域内ではタイに圧倒的な生産量があり、インド側の関税もゼロである状況下では、インド国内製造は当面、検討していない」という。

2国間協定の存在により、タイからの部品に競争力がある同社の場合、RCEPに対する見方も前出の2社とは異なる。同社マネジャーは「RCEPに対しては、インド法人の立場からみると、チャンスよりも中国からの製品流入への脅威の方が大きい。一部の製品群では、中国製品に圧倒的な競争力があるため、中国・インド間の関税が下がれば、一気に中国から流入することになる。関税障壁がなくなれば、比較優位のある生産拠点から輸入すればよいという意識が働く。一部の産業にとっては生産拠点としてのインドの優位性が下がる事態も起こり得る」と指摘する。

<関税構造の是正や輸出促進スキームの見直しが必要>
前出の3社(B社、C社、D社)は、それぞれのASEANの調達先との関係や競合状況により、RCEPに対する期待の大きさ、期待する中身は異なっている。その中で、3社が共通して指摘するのが、RCEPによる東アジア全体での関税削減が本格化するまでの準備段階におけるインド国内の関税構造改革の必要性だ。各社とも「インドの製造業が競争力を高めるためには、川上分野の原材料などに対して相対的に低く、川下分野の完成品やそれに近い部品に対して高い関税構造が体系的に整備されなければならない」と説明する。

D社はまた、「競争条件として、外国貿易政策で規定されている各種の輸出促進スキームの使い勝手を良くしなければならない」と訴える。同社では現在、輸出促進スキームとして、輸出製品の製造にかかる中間財・部品の免税輸入を許可する「事前認可スキーム(AAS:Advance Authorization Scheme)」(注)などを活用している。しかし、申請書類の書式が複雑であること、恩典を受けるための輸出入管理などの手続きが非常に煩雑で膨大な書類手続きが必要になることなどから、実際に享受している関税の恩典は、本来受けられる恩典額の5割程度にとどまっているという。「現状において、インドの輸出促進スキームはASEANや中国の輸出促進策に比べて非常に非効率で、スキームを利用するための膨大なコスト・時間が競争力を喪失させている」と指摘する。

今後、インドが世界市場向けの輸出拠点としてASEANや中国と渡り合うためには、既存のスキームを効率的に使える体制を整備し、コスト競争力を高める取り組みを早急に進める必要がありそうだ。

(注)外国貿易政策に、スキームを活用できる業種別の輸出品目リストと、各輸出品目製造のために免税枠で輸入できる中間財・部品名、および分量(重量)が記載されている。輸入者はこの記載内容に従い、該当する中間財・部品の免税輸入申請を行い、事前に認められた分について免税輸入が認められる。一部の高額製品を除き、インド国内での最低付加価値基準15%の達成が条件となる。ただし、輸出代金を回収するまでの間は、関税相当額の銀行保証を差し入れなければならないことや、部材の出入管理を一般の輸出入と分けて行わなければならないことなどが利用上の問題として指摘されている。

(伊藤博敏、阿部一郎)

(ASEAN・インド)

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