FTAの活用でコスト削減を図る進出日系企業−アジア地域経済統合の進展とインド(2)−

(ASEAN、インド)

バンコク事務所・ニューデリー事務所

2014年10月02日

インドに拠点を有する日系企業の間で、他国のグループ拠点から製品を輸入したり部材を調達したりする際の自由貿易協定(FTA)の活用が本格化している。価格競争の激しいインド市場では、わずか1%の関税差がコスト競争力に大きく影響する。その中で、FTAネットワークを最大限に活用することがコスト削減の最も容易かつ効果的な手段として認識されつつある。東アジア生産ネットワークと連携しつつ、欧州市場や中東・アフリカの新興市場向けの製造・加工ハブとしてインドを位置付ける戦略も現実味を増している。

<わずか1%の関税差でも競争力に影響>
プラスチック原料や化学品を輸入販売する日系メーカーの現地法人A社では、2014年8月現在、インド市場で販売する製品の大半を在ASEANのグループ拠点から輸入している。担当マネジャーは「主要調達先はタイ、インドネシア、マレーシアの3ヵ国。いずれも、ASEANインドFTA(AIFTA)を活用して輸入している。またタイから調達している部材の一部は2国間FTAのアーリーハーベスト(EH)措置(特定品目の関税率の先行引き下げ)の対象品目なので、同枠組みを活用している」という。

例えばナイロン関連の原材料は、タイとのEH措置の対象となる82品目の1つで、インド側で関税ゼロでの輸入が可能になっているという。一方ABS樹脂などの材料はマレーシアの拠点からAIFTAを活用し、最恵国待遇(MFN)税率が7.5%のところ、5%で輸入している。同社担当マネジャーは「樹脂や化学品の価格競争は激烈。数ルピーの価格差がものをいう。FTAによって1%でも関税が下がれば競争力に大きく影響する。現地生産メーカーが徹底的なコスト低減を行っている中、5%もしくは7.5%という関税が賦課された製品では競争にならない」と言う。

A社の場合、中国にも同一グループの生産拠点を有しているものの、インド・中国間ではFTAが発効していないため、インド市場向けの製品はASEANから輸出した方が有利だという。「中国で製造しているのと同じ製品をASEANで製造できるなら、ASEANに一部の生産ラインをシフトしてでも、ASEANからの調達を優先するというのが当社の方針。アジア域内のグローバルな生産拠点の再配置戦略に、FTAが大きく影響しているのが実態だ」と話す。

<タイ製の高価格帯エアコンを市場投入>
インド国内市場向けに家庭用エアコンを輸入販売する日系メーカー現地法人のB社は、タイ・インドの2国間EH措置に含まれるルームエアコン(冷房機能のみ)を、関税ゼロ(MFN税率は10%)でタイから輸入している。一方、ヒートポンプ機能付きのエアコンはEH措置の対象でないため、AIFTAを活用して輸入している。同機種については、AIFTAの活用によりMFN税率10%の関税が6%に引き下げられる。また、エアコンのオプション部品はAIFTAにより関税が0%となっている。

B社はインドでの競合状況について、「FTAによる関税恩典があるとはいえ、タイから輸入したエアコンの価格は相対的に高く、ボリュームゾーン市場で勝負するのは難しい。そのため、プラスアルファの機能で勝負している。省エネラベルで高性能が表示できるモデル、インバーター搭載モデルなどの投入に注力している」という。

<FTAを活用しつつ将来の国内製造を視野に>
2014年8月現在、A社とB社はともに、FTAを活用してASEAN各国から輸入した製品をインド市場向けに販売している。しかし、両社ともインド市場への本格参入にはインド国内に製造拠点を設置することが必要とみる。

A社はインド市場における課題として、自社製品の品質レベルと市場ニーズの不一致を挙げる。マネジャーは「東南アジア市場での主力製品の価格帯に比べ、インド市場で求められる樹脂部品・材料の単価は圧倒的に安い。インド価格に引きずられて国際的な価格が引き下げられる現象も起こっている。自動車向けを含めハイスペックの製品に対する需要は少なく、ローエンド製品はリバースイノベーション(新興国の独自事情を考慮したイノベーション)に強みを有する地場企業の牙城となっている」と言う。そのような状況から、「中長期的にはインドに生産拠点を置き、インド市場向けの製品を開発・生産しなければ他社と渡り合えない」として、本格的な市場参入に向け、国内生産拠点の設置を視野に入れる。

またB社によると、インドではエアコンメーカー主力13社のうち10社が工場を有し、ボリュームゾーン向けの分野でインド市場向けの独自モデルを投入してシェアを争っているという。「現状、インド市場の伸びは大きいため輸入販売モデルでも一定の販売の伸びは確保できているが、競合他社の状況を考えれば、いずれインド国内で製造しなければ対抗できないという危機感はある」としている。

<中東・アフリカ市場を見据え加工ハブとして活用>
インドに複数の契約工場を有するアパレル・繊維メーカーのC社は、シンガポールにある自社グループ工場から樹脂原料を調達する際、AIFTAを活用して関税ゼロで輸入している。またポリエステルやアラミド繊維に関しても、今後、タイをはじめとするASEAN各国からの輸入でAIFTAの活用が本格化する見通しだという。日本から調達した材料をインドで加工し、タイ向けに輸出するプロジェクトも始動しており、輸入だけではなく輸出におけるAIFTAの活用も視野に入れている。

C社は今後のインド事業戦略として、「自社で一貫生産の大規模拠点を有するよりも、タイやシンガポールから輸入した製品をインドで後加工し、世界市場向けに販売するビジネスを検討している。原材料からの一貫製造よりも加工ハブとしてのインドの活用に、より競争力があると判断したためだ」(同社社長)との方向性を示す。同社長によると、「繊維産業におけるインドの技術力はタイなどの東南アジア諸国と比較して高いレベルにある。インド国内の繊維業界には、創業から200年以上の歴史を有する優良企業も少なくない。長い歴史の中での淘汰(とうた)を経て、優れた技術・強固な経営基盤を有する企業のみが生き残っている。日本企業のジョイントベンチャー(JV)、連携相手として、経営方針や企業精神などの面でも日本企業のやり方に合う優良なパートナー候補といえる」と評価する。

中東やアフリカ市場における在外インド人ネットワークが活用できることもインド企業と組む大きなメリットになるという。「インド企業には、インド以西の新興市場への距離的な近接という要因以上に、人的なネットワークという魅力がある。日本の技術力・製品開発力とインド企業のマーケティング力の相乗効果により、世界市場で勝負できる」と意気込みを示している。

(伊藤博敏、阿部一郎)

(ASEAN・インド)

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