世界に影響を及ぼすシェールガス開発−エネルギーセミナー in ニューヨーク(1)−

(米国)

ニューヨーク発

2012年04月10日

国内のシェールガス生産の拡大は、世界の石油・天然ガス市場に構造的な変化をもたらす可能性がある。ジェトロは3月7日、ニューヨーク日本商工会議所、在ニューヨーク日本総領事館との共催で「米国エネルギーセミナー in ニューヨーク」を開いた。セミナーには100人余りが参加した。2回に分けてその内容を報告する。前編では、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)ワシントン事務所の岸本道弘所長による講演の概要を紹介する。

<拡大するシェールガス生産、低下する天然ガス価格>
米国のシェールガス層は全国に広がっており、生産量は年々予想を上回るペースで増加している。2010年の生産量は5兆立方フィート(1立方フィート=約0.028立方メートル)弱で、これは米国の天然ガス生産全体の約5分の1に当たる。

シェールガスとは、シェール(頁岩)層と呼ばれる固い岩盤から直接採取される天然ガスを指す。従来の天然ガス開発は、シェール層上部の地盤から、ガスが貯まっている場所を探し当てて回収していた。これに対してシェールガス開発は、直接シェール層に超高圧の水を注入して岩盤を砕くことにより、シェール層内部のガスを回収する。

注目すべき点は、シェールガス開発は私有地で広まったことだ。地権者へのロイヤルティーが発生すること、間接的な地域雇用の創出につながること、また、政府の介入がないことで急速に進んだといわれている。

エネルギー省(DOE)エネルギー情報局(EIA)は、国内のシェールガス生産の拡大を予測しているが、その数字は年々上方修正されており、12年初頭の最新予測では、35年の天然ガス生産の約半分をシェールガスが占めるとしている。

技術的に回収可能なシェールガスの埋蔵量は、12年時点で510兆立方フィートと推計しており、これは国内天然ガス埋蔵量の約3分の1に相当する。シェールガスの発見により、天然ガス全体の埋蔵量は、米国での約100年分の消費量にまで膨らむといわれている。04年時点の予測では、国内の天然ガス生産は減少し、25年の液化天然ガス(LNG)の国内需要に対する輸入割合は28%になると見込まれていた。しかし、シェールガスの生産拡大により、12年の予測では、輸入はほぼゼロになる見込みだ。

シェールガスの供給価格は、技術革新によって100万BTU(注1)当たり 4〜8ドルと低く、天然ガス価格を押し下げる要因になっている。現に、石油価格は100万BTU当たり15ドル前後なのに対し、天然ガス価格は5ドル以下と乖離している。また、日本の天然ガス価格は100万BTU当たり約15ドルで、日本とも大きく離れている。

今後の天然ガス価格についてDOEは、シェールガスの生産拡大を受けて低価格が続くと予想しているが、価格は年々安定している。低価格での推移は開発業者の収益を圧迫するため、生産調整が懸念されるものの、副生成物の液分からの利益が見込まれることなどで、価格低下は生産量に大きく影響しないと思われる。

その結果、今後、天然ガスは現在米国の発電源の約半分を占める石炭に取って代わる可能性がある。実際、ガス化学プラントを建設する動きが出てきた。また、ガス価格の低下は燃料コストの削減にもつながり、さまざまな開発プロジェクトの進展を後押しする。例えば、高粘度の原油を含む砂岩であるオイルサンド開発が加速している。また、以前、天然ガス不足に備えて建設されたLNG輸入基地を活用し、天然ガスを液化して海外に輸出する計画や、カナダ西部で開発したシェールガスをパイプラインで米国の太平洋岸に輸送した上で液化、輸出する計画が進んでいる。

世界のシェールガスについて、技術的に回収可能な埋蔵量は6,600兆立方フィートと予測されており、これは天然ガス埋蔵量全体の約3割に当たる。インフラ投資の準備に時間がかかるためまだ本格化していないが、中国や欧州での開発が進むと、ロシアへの石油・ガスの依存度が減るため、市場に大きな影響が出るだろう。

<原油輸入依存、25年には3分の1に低下も>
オイルサンドとシェールオイル(シェール層に含まれる原油)についても、シェールガス同様、水平掘削と水圧破砕(注2)の技術を用いた開発が活発化している。原油価格が高騰していることもあり、シェールガス以上に活況をみせている。オイルサンドは主にカナダにあり、シェールオイル層はシェールガス層と同様、米国全土に広がっている。

カナダのオイルサンド開発も、環境対策などの問題に直面しているものの、原油価格の上昇によって経済性が改善されている。このため、着実にオイルサンドは増産されている。1日当たりの生産量は、10年の140万バレルから25年には350万バレルに増加すると推測されている。オイルサンドだけでイランやイラクの原油生産レベルに達することになる。

米国の原油生産も06年以降増加基調にあり、シェールオイルの増産と相まって原油輸入依存度は年々低下する見通しだ。10年の輸入依存度は49%だったが、EIAによると、35年には36%に低下する。政策次第では、北米の原油生産量は35年に現在の2倍以上になるともいわれている。オバマ大統領は、輸入依存度を25年までに現状の3分の1に減らす目標を掲げているが、目標達成は難しくないとみられる。

以上のような北米での原油の生産拡大と在庫増を主因として、米国の原油価格の代表的指標、WTI原油価格と、欧州市場の代表的指標のブレント原油価格の差は拡大している。

<シェールガス革命がオバマ政策を変える>
「米国の新エネルギー計画」は、オバマ大統領が08年の大統領選挙期間中に、原油価格高騰を背景に発表したものだ。この中で短期的な対応策として、石油企業からの利益還元や備蓄の放出などが提案されていた。長期的な計画としては、再生可能エネルギー(RE)やスマートグリッドなどクリーンエネルギー分野への投資による新規雇用創出、中東・ベネズエラなどへの石油依存からの脱却、プラグインハイブリッド車の国内生産・普及、REの利用促進、温室効果ガス削減のためのキャップ・アンド・トレード(排出権取引の枠組み)の導入が挙げられている。

現在も、中東などへの石油依存からの脱却や環境保護など基本的な姿勢は変わっていないものの、シェールガス増産の可能性が高まったことを背景に、キャップ・アンド・トレードやクリーンエネルギーの導入に注力する政策から、シェールガスを中心としたベストミックス(注3)を追求する政策に変わった。

例えば、以前はあまり言及していなかった天然ガスだが、これをクリーンエネルギーに分類し、オフショア(沖合)石油も環境保護を前提に開発を進める姿勢だ。原子力を含むクリーンエネルギーの導入については継続して取り組んでいく構えだが、財政面での制約に直面しており、勢いは弱まっている。オバマ大統領は具体的な政策では慎重な姿勢をみせており、12年1月の一般教書演説でもエネルギー政策の新機軸を打ち出すのではなく、基本的な姿勢を維持した。

シェールガス革命はエネルギー自給や雇用創出を進めるだけでなく、オバマ政権のエネルギー政策に影響を及ぼしている。また、これら非在来型の資源開発は今後、世界の石油・天然ガスの生産・消費に構造的な変化をもたらすと思われる。また、北米・中南米での生産が増大すると、米国の中東に対する安全保障・民主化のコミットメントが弱まる可能性があるなど、国際政治にも影響を与えることも考えられる。日本はこれらの資源を持たず不利な立場にあるが、事業参画などの機会が拡大していることをうまくチャンスに変えていきたい。

(注1)英国熱量単位。熱量の単位で、1BTU は、標準気圧下において1 ポンド(454グラム)の水の温度を華氏1度上げるのに必要な熱量を示す。
(注2)水平掘削は、対象となる岩石まで坑井を垂直に掘り、その後水平に曲げて岩石内のガスを掘削する方法。水圧破砕は、天然ガスが閉じ込められている地下のシェール層に化学物質を含んだ大量の水を注入して亀裂を生じさせ、天然ガスを採掘する方法。
(注3)特定のエネルギー源に偏ることなく、各エネルギー源の特徴を生かし、その時々の需要状況に合うような組み合わせを追求すること。

(立花央子)

(米国)

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