農産品などの市場アクセスを改善、原産地証明制度も簡素化−日墨EPAの改正議定書を締結−

(日本、メキシコ)

メキシコ発

2011年09月30日

日本とメキシコ両国政府は9月22日、日本・メキシコ経済連携協定(日墨EPA)の内容を改正する議定書に調印した。改正議定書は両国議会の批准を経て2012年4月1日に発効する見通し。発効すれば双方向で農産品に対する特恵が拡大するほか、自動車部品を中心とする日本製工業製品の関税削減スケジュールの前倒しが行われる。さらに認定輸出者制度の導入による原産地証明の簡素化も図られることになる。

添付ファイル: 資料PDFファイル( B)

<約3年にわたる交渉が終了>
日墨EPA改正議定書は、目賀田周一郎駐メキシコ日本大使とブルーノ・フェラーリ経済相との間でメキシコ市で署名された。05年4月1日に発効した日墨EPAでは、発効後4〜5年目に、メキシコ産農産品に関する日本の関税削減措置の5〜6年目以降の内容を決めるための再協議を規定している。両国政府は同再協議の機会を活用し、農産品以外の分野も含めて日墨EPAの内容を改正する交渉を進めてきた。

改正交渉は11年2月に大筋合意に達していた。署名に先立ち、メキシコ政府は連邦行政手続法と連邦情報公開・アクセス法の規定に基づき、9月12日から連邦規制改革委員会(COFEMER)のウェブサイト上に改正議定書(スペイン語版)の内容を掲載した。改正議定書の主な内容は、以下のとおり。

(1)「逆転現象」が起きている品目について、最恵国待遇(MFN)税率の方がEPA税率よりも低い場合は、MFN税率を適用するという条文の追加(第5条6項の追加)。
(2)認定輸出者制度の導入による原産地証明制度の簡素化(第39条B項の追加)
(3)輸入国税関当局による原産性の検認に対する回答期限の延長(第44条改定)
(4)メキシコ産農産品に対する日本側特恵措置の拡大(附属書1第2節の改定)
(5)日本産農産品・工業製品に対するメキシコ側特恵措置の拡大(附属書1第3節の改定)

<逆転現象による実害回避を規定>
(1)については、メキシコ政府が04年12月以降、数回にわたり実施しているMFN関税の引き下げによるMFN税率と日墨EPA税率の「逆転現象」(EPA税率の方がMFN税率より高くなること、注1)による輸入者の実害を回避するため、協定第5条に新たに第6項が追加された。

逆転現象が発生している日本製品をメキシコに輸入する場合は、輸入者があらかじめ関税率(MFN税率と日墨EPA税率)をチェックし、日墨EPA税率の方が高い場合には、輸入申告書を作成する際に日墨EPA税率を選択しなければMFN税率による輸入申告となる。

しかし、輸入者や通関士がチェック作業を怠り、日墨EPA税率を選択してしまった場合、現行では基本的に輸入者(通関士)が選択した税率が適用されるので高い関税を支払う可能性がある。今回の改正により「MFN税率がEPA税率を下回る場合、低い方(MFN)が適用される」という条文が加わったため、このような事態がなくなることが期待できる。

<原産地の証明に認定輸出者制度を導入>
日墨EPAの原産地証明制度では政府証明制度が用いられており、政府または政府が認定した第三者機関(日本の場合は日本商工会議所)が特定原産地証明書を発給することになっている。輸出者は特定原産地証明書の発給を出荷ごとに申請する必要があるため、作業の煩雑さが問題視されていた。

両国は今回の改正で、協定の原産地規則を満たす「原産品」であることを証明する手段として、第39条B項の「原産の宣誓」を導入する。この制度は、日墨EPAの原産品を頻繁に輸出する者で、輸出国政府が同国法規により定める条件に適合する輸出者を認定し、認定された輸出者は、相手国に輸出する商品についての商業文書(インボイスや納品書など)の中に、同輸出者の認定番号とその商品が原産品であることを宣誓する文書を記載することで、協定第39条A項(改正後の条項)が定める特定原産地証明書と同様の効果を持たせる。

原産品であることを宣誓する文書は、今後両国政府が協議した上で「統一規則(UR)」の中に定められる。認定輸出者になるための条件は、輸出国が国内法規により定めることになっており、日本は既にスイスとの間のEPAで同制度を導入しているため、同様の認定基準が採用されると思われる。メキシコもEUとの間の自由貿易協定(FTA)で既に認定輸出者制度を導入している。

認定輸出者による「原産の宣誓」の発行日には商業文書の日付が採用され、同日から1年間有効となる。両国は自国の輸出者認定番号の構成(各ケタは何を意味するか)と認定した輸出者の情報(名称、住所、認定輸出者番号、認定日など)について相手国に通知する義務がある。

なお、出荷ごとの特定原産地証明書の取得手続きが不要になる認定輸出者でも、輸出する商品の原産性を証明する書類と会計上の記録(日墨EPAの場合は5年間分)を保持しておく義務はあるため、原産地規則を守るというコンプライアンスの観点では、従来の規則と何ら変わりはない。

なお、今回の協定改正では、協定第44条が定める原産性の検認手続についても若干の改定が行われた。輸入国税関当局が特恵関税の下で輸入される商品の原産性に疑義を抱いた場合、輸出国政府を通じて、または相手国の輸出者に直接、同商品の原産性を保証する情報や書類の提供を求めることができるが、今回、輸入国税関当局が行う検認作業への回答期限が延長された(注2)。

<農産5品目の対日市場アクセスを改善、アガベシロップの関税削減を追加>
今回の協定改正でメキシコ側が最も期待していたのは、メキシコ産農産品に対する日本側の特恵措置の拡大だ。改定された協定附属書1(関税譲許表)に基づき、従来から関税割当を設けて関税を削減していた牛肉、豚肉、鶏肉、オレンジ果汁、オレンジの対日市場アクセスが改善されるとともに、今回新たにアガベシロップ(リュウゼツランを原料とするシロップ)の関税割当内の関税削減が定められた(表1参照)。

従来から関税割当が設けられていた5品目のうち、牛肉や豚肉については関税割当数量の拡大のみ。鶏肉、オレンジ果汁、オレンジについては関税割当数量の拡大に加えて割当内税率が削減されている。

表1日墨EPA改定による農業分野における特恵の拡大

日本のメキシコからの5品目の輸入実績を考えると、牛肉以外は現行協定で定められた関税割当数量も十分に消化していないため(表2参照)、割当数量が大幅に不足している牛肉を除けば、12年度以降に対日輸出が急速に伸びるとは考えにくい。

表2メキシコ産農産5品目の割当利用率(10年度)

アガベシロップは、血糖値が上がりにくい甘味料として世界的な健康志向の高まりにより広く用いられるようになってきた商品で、メキシコは代表的な生産国。砂糖に分類されるために日本の関税率が高く、対日輸出拡大への障害となっていた。今回、関税割当数量枠内で関税率が半減されることになったため、メキシコ政府は対日輸出拡大に期待を寄せている。

日本のメキシコからのアガベシロップ輸入は10年度(10年4月〜11年3月)は21.5トンで、12年度の関税割当数量の50トンは現行輸入量を十分にカバーできる。16年度には割当数量が90トンまで拡大する。

日本の農産品の対メキシコ市場アクセスも改善された。リンゴと緑茶は関税割当を設けて、割当内で関税率が半減される。ミカンは12年4月1日に関税が即時撤廃されることになる。

<自動車部品を中心に工業製品の関税削減スケジュールを前倒し>
市場アクセスの分野では、日本の工業製品に対するメキシコ側の関税の前倒し撤廃が交渉され、12年4月1日にミカンを除き41品目について関税が撤廃されることになった(表3参照)。具体的な品目の詳細については添付資料を参照。

表3日墨EPA改定による日本製工業製品の関税撤廃前倒しの概要

41品目は当初の協定で関税削減カテゴリー「C」に分類されていたもので、9年間かけて10段階に分けて関税が削減され、14年4月1日に最終的に撤廃されることになっていた。また、多くの品目でMFN税率との「逆転現象」が発生していた。今回の前倒し措置により、主に自動車産業で用いられる日本製部材の関税が下がることになり、日系進出完成車・自動車部品企業を中心に恩恵が生まれると考えられる。

ただし、08年12月24日付官報公示政令に基づき、メキシコ政府が自発的に11年1月1日までにMFN関税を撤廃したものが18品目あるため、これら18品目については逆転現象が解消されるだけで、実質的な関税削減効果はない。

また、MFN税率は有税だが、産業分野別生産促進プログラム(PROSEC)を活用すれば、自動車産業の生産者が現行でも無関税輸入できる品目が19品目あり、これらの品目について生産者は主にPROSECを用いているため、実質的な関税削減効果はない。ただし、生産者でもアフターマーケット用途(補修部品など)についてはPROSECが使えないため、効果があると考えられる。また、生産者ではなく商社が輸入する場合も、PROSECが活用できないためEPAのメリットがある。

現行MFN税率が有税で、かつPROSEC対象外、またはPROSEC税率が有税のものが4品目あり、これらは日墨EPAを利用した方が関税は下がるため、輸入者が生産者であるか商社であるかにかかわらず、関税削減メリットが生まれる。

<協定発効後6年間で往復貿易は約44%増>
第三国経由の貿易も反映される両国の輸入統計をみると、10年度のメキシコの対日輸入額は154億1,540万ドルで、協定発効前の04年度と比較すると39.4%増(図1参照)。他方、10年度の日本の対メキシコ輸入額は04年度比65.5%増で、貿易収支はメキシコ側の大きな貿易赤字であるものの、メキシコからの輸出の方が相対的に伸びている。双方の輸入額を足した往復貿易額でみると、10年度は04年度比43.8%増となる。

図1日本・メキシコ貿易額の推移

日本の対メキシコ輸出は08年以降に減速しているが、国際金融危機の影響でメキシコの国内市場が活気を失ったという要因のほかに、急速に進んだ円高の影響があると考えられる。日本の代表的な対メキシコ輸出品の自動車にも円高の影響が表れている。

日本自動車工業会(JAMA)によると、日本の対メキシコ自動車輸出は04年度の約6万台から07年度には12万台を超える水準まで達したが、その後大きく減少し、10年度にはEPA発行初年度(05年度)をも下回る7万8,294台にとどまっている(図2参照)。

図2日本の対メキシコ自動車輸出

04年度の日本円の対ペソレート(期中平均)は1円=0.106ペソだったが、10年度の為替レートは1円=0.146ペソと約37.7%も割高になっている。10年度の自動車のMFN関税率は30%で、関税削減メリットと為替レートの変動幅を比べると、為替レートの変動幅の方が大きい。

他方、メキシコの農産品の対日輸出は堅調に推移している。関税分類(HS)コードで01類〜24類を足した農水産食料品でみると、日本のメキシコからの輸入は7億5,690万ドルで、04年度比で44.2%に達している。日本の同期間の全世界からの農水産食料品輸入は25.3%増だったため、メキシコの輸入シェアは0.9%から1.1%へとわずかながら拡大している。

アボカドやマンゴーなど以前から日本の関税率が0%だったものもあるが、食肉(牛肉や豚肉)、アスパラガス、ブロッコリー、カボチャ、メロンなどメキシコの主要対日輸出農産品の中には日墨EPAで関税が下がる品目も多い。マンゴー、アボカド、メロン、アスパラガス、ひよこ豆など、メキシコが日本にとって最大の輸入相手国の産品もあり、メキシコは日本にとって重要な農水産食料品の供給国になっている。

(注1)逆転現象が発生する理由は、EPAによる関税引き下げの基準値(ベースレート)が、EPA交渉時のMFN税率に固定されているためだ。例えば、MFNが10年1月に5%まで引き下げられた品目のうち日墨EPAの関税撤廃スケジュールが「C」(9年間で10回に分けて削減)、ベースレートが「18%」の品目については、11年度まではMFN税率の方が有利になる。EPA税率はベースレートから毎年10分の1ずつ削減されるため、7年目(11年度)でも5.4%(18−18÷10×7)となり、11年のMFN税率(5%)を上回るためだ。
(注2)輸入国税関当局の検認を目的とした情報提供要請に輸出国政府が答える場合、回答期限を従来の4ヵ月から6ヵ月に延長。また、輸入国政府から追加情報要請があった場合、従来の2ヵ月から3ヵ月に延長。輸入国税関当局が相手国の輸出者に直接質問状などを送付して情報を求める場合、従来の30日から45日に延長。輸入国税関当局からされに追加情報要請があった場合、30日から45日に延長。

(中畑貴雄)

(メキシコ・日本)

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