深刻な財政赤字と失業が課題−金融危機後の成長モデルを探る(1)−

(欧州)

欧州ロシアCIS課

2010年06月01日

1人当たりGDPが高く、独自の成長モデルによる強みを発揮してきた欧州各国だが、2008年に起きた金融危機とその後の景気後退の波を免れることはできなかった。各国が危機をいかに克服しつつあるのか、各成長モデルは危機に対応できたのか、また浮かび上がった課題は何か、を15回にわたり特集する。1回目は総論として、各国の財政赤字と失業率などを取り上げる。

<1人当たりGDPの上位10ヵ国中、7ヵ国が欧州>
国民の真の豊かさを示す指標の1つである1人当たり(名目)GDPの09年の数値を比較すると、世界上位10ヵ国中7ヵ国、上位25ヵ国中16ヵ国を欧州諸国が占めている(表1参照)。08年秋に欧州の上位国について、その成長モデルの強さは何かを紹介した(2008年9月18日記事参照)が、その直後のリーマン・ショックと、それに続く世界的な景気後退で、欧州諸国は1930年代以来といわれる深刻な景気後退に陥った。

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金融危機が欧州各国に与えた衝撃は、各国の金融業の発達度、財政の健全性、輸出依存度、不動産バブルなどの構造的要因の有無などによって異なる。欧州委員会は09年9月に発表した欧州経済シリーズ第7号「欧州の経済危機」の中で、今回の特集の対象としている欧州14ヵ国に金融危機が与えた影響を以下のように大別している。カッコ内は、同レポートでは例示されていなかったが、今回の特集で取り上げている国。

(1)金融業の規模が国家の経済規模に対して大きく、危機に陥った国:ルクセンブルク、アイルランド、英国(アイスランド)
(2)経済の輸出依存度が高く、輸出先の景気低迷の打撃を免れなかった国:ドイツ、オランダ(ノルウェー、スイス、デンマーク、スウェーデン、ベルギー、イタリア)
(3)住宅など不動産市場や建設部門の資産価値が過大評価され、不動産価格の下落が景気後退の原因となった国:英国、フランス、アイルランド、スペイン

<金融危機には財政出動で対応>
08年の金融危機に対しては、欧州委員会と各国政府が連携して、迅速に預金者保護や流動性の確保に向けた取り組みを実施し、未解決のアイスランドのアイスセーブ預金問題(2010年3月9日記事参照)を除き、危機そのものは克服できたといえよう。

しかし、その後の急速な内需の冷え込みと輸出の不振は、各国経済に深刻な打撃となり、09年には欧州全体が景気後退入りした。EU全体の平均の実質GDP成長率はマイナス4.1%、今回の特集対象国では、スイスのマイナス1.5%が最良で、最悪はアイルランドのマイナス7.1%という結果になった。

これに対し、欧州委員会が08年11月に総額2,000億ユーロの欧州経済回復計画を発表し、加盟各国も積極的に財政出動を図った。例えば、自動車産業の深刻な販売・輸出不振に対しては、自動車買い替え支援策や環境配慮型モデルへの補助金支給を実施した。温暖化対応のための建築物改築への補助や、失業者を雇用した企業への社会保障企業負担税の軽減なども実施、景気後退の打撃を緩和するように努めてきた。

<EUの財政規律を守れない国が続出>
EUは各国の財政政策に対して厳格な収れん条件を課し、監視する制度をとってきた。しかし、金融危機・経済危機の間は、危機の深刻さから、各国の財政出動を追認せざるを得ない状況となっていた。ようやく各国経済が回復の兆しをみせ始めている今、危機が残した財政赤字にどう対応すべきかが、深刻な後遺症となっている。

この財政赤字の問題が顕在化したのが、ギリシャの国債償還に端を発する新たな欧州経済危機だ。EUが加盟国に対して取り決めた財政規律の「財政赤字をGDP比3%以内に抑える」安定・成長協定について、ユーロ圏では16ヵ国中14ヵ国が09〜11年の3年間連続して守れていない状況だ。残り2ヵ国のうち、ルクセンブルクは09年は0.7%の財政赤字に抑えたものの、10年以降は3%を超える。唯一フィンランドだけが11年に2.9%と3%以内に収まる見込み(表2参照)。非ユーロ圏ではスウェーデンと11年からユーロ導入が見込まれるエストニアの2ヵ国だけが、安定・成長協定を守り続けている。

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09年の1人当たりGDPは表1のとおり、1位ルクセンブルク、2位ノルウェー、4位スイス、5位デンマークと続いた。これらの国に共通する特徴は、危機前に財政が比較的健全だったことだが、それでも表2のとおり、ノルウェーを除くと10年以降はいずれも財政収支は赤字となる見込みだ。

<後遺症に苦しむ労働市場>
金融・経済危機のもう1つの深刻な後遺症は、各国の雇用の回復が遅れていることだ。もともと労働人口が少なく労働力不足に陥りやすいスイス、ワークシェアリングやフレキシキュリティーといった柔軟な労働市場で知られるオランダやデンマークも、今回の危機では急激なリストラの嵐で失業者が急増した。09年の18.0%というスペインの失業率上昇はとどまる気配をみせず、10年に入って20%の大台に乗った(表3参照)。EU各国の平均も10年中には10%を超えると予想されている。失業者の増加は税収減と失業給付の増大から、財政悪化のもう1つの大きな要因となるため、対策が急務となっている。

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<高齢化に向けた社会構造改革と新たなモデルの模索を>
深刻な経済危機の後遺症の中、各国は危機後のモデルを模索している。各国にとって必要なのは成長のエンジンとなる新産業で、多くの国が有望視しているのは、温暖化対策と直結する環境産業や情報通信技術(ICT)産業などだ。また、今回の景気後退の影響を受けにくかった業種として、食品、医薬品、サービス業が挙げられる。こうした部門への研究開発(R&D)投資、人材や企業育成のための投資は、より強固な経済基盤作りには不可欠だ。

今回取り上げる先進各国共通の課題として、高齢化問題が挙げられる。高齢化によって財政収入の減少、医療費支出の増大、労働力の確保といった問題が生じてくる。年金の健全な運営、高齢者の定年延長や再就職に備えた再訓練制度や成人教育の充実、長寿社会に向けた健康教育といったことも必要になるだろう。

(岩井晴美)

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