特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後総論:コロナ禍からの内外需回復に伴う、営業利益改善、事業拡大(アジア大洋州)
2023年3月20日
ジェトロでは2022年8月22日から9月21日にかけて、東南アジア、南西アジア、オセアニア(以下、アジア大洋州地域)に進出している1万社を超える日系企業(注1)を対象にアンケート調査〔「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」、以下「本調査」(注2)〕を実施した。本特集では同調査結果を基に、同地域内各国の日系企業の活動状況やビジネス環境について解説する。本稿では、本調査により明らかになった、アジア大洋州地域における日系企業の営業見通し、経営上の問題点、脱炭素化への取り組み、今後の事業展開について俯瞰(ふかん)し、後に続く各論への導入とする。
新型コロナからの回復、営業見通し改善へ
まず、営業見通しはどうか。アジア大洋州地域全体では、2022年の営業利益見込み(2021年比)が「改善」すると回答した割合が45.2%と最も大きく、「横ばい」(31.6%)、「悪化」(23.1%)が続く(注3)。「改善」すると回答した理由(複数回答)をみると、「新型コロナに起因する反動増」との回答割合が48.5%で最も大きく、「新型コロナに起因する行動制限緩和の影響」(37.8%)、「生産効率の改善(製造業のみ)」(25.5%)が続いた(表1参照)。
改善理由 | 見込み・見通し年 |
差 (B-A) |
|
---|---|---|---|
2022 (n=1,289) A |
2023 (n=1,313) B |
||
新型コロナに起因する反動増 | 48.5 | 29.9 | △ 18.6 |
生産効率の改善(製造業のみ) | 25.5 | 29.3 | 3.7 |
新型コロナに起因する行動制限緩和の影響 | 37.8 | 27.2 | △ 10.6 |
現地市場での購買力増加に伴う売上増加 | 18.8 | 23.0 | 4.2 |
輸出量の増加による売上増加 | 19.5 | 21.3 | 1.9 |
現地での生産能力の増強による、現地市場での売上増加 | 13.9 | 18.5 | 4.6 |
販売効率の改善 | 6.9 | 12.1 | 5.2 |
為替変動 | 14.2 | 7.3 | △ 6.9 |
注1:集計対象は、東南アジア、南西アジア、オセアニア。
注2:nは、「2022」が2022年営業利益見込みを「改善」と回答、「2023」が2023年の営業利益見通しを「改善」と回答した企業数。未回答を除く。
注3:改善理由上位5位および差の絶対値が大きい上位5位を掲載。
出所:2022年度「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)
次に、2023年の営業利益見通しはどうか。「改善」と回答する企業の割合(46.4%)が最大で、「横ばい」(42.8%)、「悪化」(10.8%)が続く(注4)。2023年の営業見通しで「改善」を選択した企業の理由(複数回答)を見ると、「新型コロナに起因する反動増」(29.9%)との回答割合が最も大きく、「生産効率の改善(製造業のみ)」(29.3%)、「新型コロナに起因する行動制限の緩和の影響」(27.2%)が続く。2022年の営業利益見込みが改善する理由と比べると、新型コロナに関連する回答割合が10%ポイント以上も低下するなど、コロナ禍からの移行を背景にした業績の改善が表れる結果となった。
2023年の営業利益見通しについて、「改善」と回答した企業の割合から「悪化」と回答した企業割合を差し引いた指数〔DI(Diffusion Index)〕から、0を基準に改善・悪化の方向性を所在国別に整理したのが表2である。パキスタン、バングラデシュ、インドといった南西アジア諸国が上位に並んだ。
国・地域名(n) | DI |
---|---|
アジア大洋州(2,858) | 35.5 |
パキスタン(28) | 64.3 |
バングラデシュ(55) | 60.0 |
インド(262) | 55.7 |
ラオス(21) | 47.6 |
ベトナム(550) | 46.7 |
カンボジア(67) | 46.3 |
インドネシア(334) | 41.0 |
マレーシア(215) | 40.0 |
フィリピン(142) | 34.5 |
タイ(528) | 29.9 |
ニュージーランド(47) | 23.4 |
オーストラリア(123) | 19.5 |
シンガポール(379) | 17.4 |
スリランカ(21) | △ 4.8 |
ミャンマー(86) | △ 10.5 |
注1:「DI」は、2023年の営業利益見通しについて、「改善」と回答した企業の割合から「悪化」と回答した企業割合を差し引いた指数。
注2:「アジア大洋州」は東南アジア、南西アジア、オセアニア。
注3:nは、全調査対象企業数。未回答を除く。
出所:2022年度「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)
2023年の営業見通しで「改善」を選択した企業の理由(複数回答)を国別に見ると、パキスタンでは「為替変動」「原材料・部品調達コストの削減」などの回答割合が高い(表3参照)。また、バングラデシュでは「輸出量の増加による売り上げ増加」、インドでは「現地市場での購買力増加の伴う売り上げ増加」の回答割合が最も大きくなるなど、内外需の改善に伴う営業利益の改善が見通されている。その他には、インドネシア、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドで「生産効率の改善(製造業のみ)」の回答割合が大きかった。
他方で、南西アジアの中でも、スリランカのDIはマイナスとなった。2023年の営業見通しで「悪化」を選択した企業の理由(複数回答)を見ると、「現地市場での購買力低下に伴う売り上げ減少」と「人件費の上昇」の回答が多い。スリランカとともに、DI値がマイナスとなったミャンマーの2023年の営業見通しで「悪化」を選択した企業の理由(複数回答)を見ると、「自国・他国政府の貿易制限措置による影響(関税引き上げや輸出数量規制、制裁、輸入代替等の産業政策など)」(42.9%)の回答割合が最も大きく、「為替変動」(35.7%)、「管理費・燃料費の上昇」(28.6%)の回答が多い。
アジア大洋州地域全体の2023年の営業見通しで「悪化」を選択した企業の理由(複数回答)を見ると、「人件費の上昇」(37.8%)との回答割合が最も大きく、「原材料・部品調達コストの上昇」(36.5%)、「物流コストの上昇」(33.2%)が続く(表4参照)。2022年の営業利益見込みが悪化する理由と比べると、「人件費の上昇」と回答する企業の割合が拡大した。従業員の賃金などを含む人件費の上昇は、経営上の課題を尋ねる設問でも、在アジア大洋州地域の73.6%の企業が現地における問題点として認識している。販売・営業面、財務・金融・為替面、雇用・労働面、貿易・制度面、生産・調達面を含んだ経営上の問題点のなかで、最大となった。15カ国中8カ国(シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、カンボジア、インド、オーストラリア、ニュージーランド)で、「従業員の賃金上昇」が経営上の問題点で最大の課題として挙がった。
悪化理由 | 見通し年 |
差 (B-A) |
|
---|---|---|---|
2022 (n=655) A |
2023 (n=307) B |
||
人件費の上昇 | 30.4 | 37.8 | 7.4 |
原材料・部品調達コストの上昇 | 50.7 | 36.5 | △ 14.2 |
物流コストの上昇 | 41.1 | 33.2 | △ 7.8 |
その他 | 17.9 | 23.5 | 5.6 |
為替変動 | 31.8 | 21.8 | △ 9.9 |
管理費・燃料費の上昇 | 30.8 | 32.9 | 2.1 |
新型コロナに起因するコスト上昇 | 23.8 | 11.7 | △ 12.1 |
新型コロナに起因する行動制限の影響 | 15.1 | 4.2 | △ 10.9 |
注1:集計対象は、東南アジア、南西アジア、オセアニア。
注2:nは、「2022」が2022年営業利益見込みを「悪化」と回答、「2023」が2023年の営業利益見通しを「悪化」と回答した企業数。未回答を除く。
注3:悪化理由上位5位および差の絶対値が大きい上位5位を掲載。
出所:2022年度「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)
広がる脱炭素化への対応
持続可能な開発目標(SDGs)や環境・社会・ガバナンス(ESG)への対応が注目される中で、各国で脱炭素化へ向けた動きが出ている。かかる中で、海外進出日系企業の脱炭素への対応に関する方針についてはどうか。サプライチェーンにおける脱炭素化の問題を経営課題として認識している企業の割合は、アジア大洋州地域全体で68.4%に達した。
進出先で何らかの脱炭素化(温室効果ガスの排出削減)に取り組んでいる、もしくは取り組もうとしているかという問いには、「既に取り組んでいる」と「まだ取り組んでいないが、今後取り組む」を合わせた割合は、72.5%だった。前回2021年度調査結果(62.8%)と比較すると、回答企業が異なるため単純な比較はできないものの、脱炭素化に向けた動きが広がっている様子が見て取れる(表5参照)。国・地域別に見ると、一部微減があったが、多くの国で「既に取り組んでいる」と「まだ取り組んでいないが、今後取り組む」を合わせた回答割合は、前回調査結果と比べて上昇した。
国・地域 (n:2021/2022) |
2021年度調査 A |
2022年度調査 B |
差 (B-A) |
---|---|---|---|
アジア大洋州(2,575/3,132) | 62.8 | 72.5 | 9.7 |
カンボジア(68/84) | 60.7 | 60.3 | △ 0.4 |
インドネシア(294/359) | 69.1 | 80.3 | 11.2 |
ラオス(20/25) | 52.0 | 90.0 | 38.0 |
マレーシア(196/178) | 72.5 | 76.0 | 3.5 |
ミャンマー(75/168) | 51.2 | 60.0 | 8.8 |
フィリピン(131/84) | 56.0 | 74.0 | 18.1 |
シンガポール(347/459) | 65.6 | 73.2 | 7.6 |
タイ(466/539) | 56.6 | 66.7 | 10.2 |
ベトナム(479/671) | 58.9 | 69.1 | 10.2 |
バングラデシュ(60/47) | 63.8 | 73.3 | 9.5 |
インド(225/271) | 66.1 | 78.2 | 12.2 |
パキスタン(35/43) | 76.7 | 80.0 | 3.3 |
スリランカ(18/19) | 73.7 | 72.2 | △ 1.5 |
オーストラリア(117/139) | 74.8 | 80.3 | 5.5 |
ニュージーランド(44/46) | 69.6 | 70.5 | 0.9 |
注1:「アジア大洋州」は東南アジア、南西アジア、オセアニア。
注2:nは、各調査年度の全調査対象企業数。未回答企業を除く。
出所:2021年度および2022年度「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)
では、具体的にどのような取り組みを行っているのか。脱炭素化への具体的な取り組みを見ると、「省エネ・省資源化」と回答した割合が最も大きい(表6参照)。所在国別に見ても同様に、脱炭素化への具体的な取り組みとして「省エネ・省資源化」と回答する割合が最も大きい。脱炭素の取り組みへの課題、さらには対応が難しい現地の規制や制度などについての声が寄せられる一方で、脱炭素化に関する新規ビジネス立案や、脱炭素に資する投資プロジェクトや取り組み事例がみられるなど、新たなビジネスチャンスを生み出している。
今後の事業展開、多くの企業が現地での事業にコミット
最後に、今後の事業展開についてはどうか。今後1~2年の事業展開の方向性として、「拡大」と回答した企業の割合が49.0%と最も大きい。「現状維持」(46.9%)、「縮小」(3.2%)、「第三国(地域)へ移転、撤退」(0.9%)(以下、「移転、撤退」)が続く。一部の国では、「縮小」もしくは「移転、撤退」と回答した割合が約3~4割に達するが、アジア大洋州地域全体では、多くの企業が各国でのビジネスにコミットする様子が見られる。
「拡大」と回答した割合に注目して国別に見ると、インドが72.5%と最も大きい。バングラデシュ、ベトナム、ラオス、カンボジアでは5割を超えた。調査では、「拡大」を選択した理由を尋ねている。アジア大洋州地域全体では「成長性、潜在力の高さ」と回答した割合が45.5%と最も大きい(表7参照)。多くの国で、同選択肢を選んだ割合が最も大きいが、ラオスで「輸出量の増加による売り上げ増加」と回答した企業の割合が最も大きいなど、国によっても状況が異なる。また、インドでは「成長性、潜在力の高さ」に次いで、5割を超える企業が「現地市場での購買力増加に伴う売り上げ増加」を、また、バングラデシュでも約4割の企業が「輸出量の増加による売り上げ増加」を拡大する理由に挙げた。
今後1~2年で事業を「縮小」もしくは「移転、撤退」(アジア大洋州地域全体での両回答を合わせた全体の割合は4.1%)と回答した割合に注目して国別に見ると、ミャンマー(37.2%)やスリランカ(28.6%)での割合が大きい。「縮小」「移転、撤退」を選択した理由として、ミャンマーでは国内情勢について言及した回答が複数挙がったほか、スリランカでは「国の財政破綻による案件計画の延期や中断、中止による売り上げ減少」(建設業)と回答する企業も見られた。
今回の調査結果から、多くの国で「従業員の賃金上昇」が経営上の問題点で最大の課題として挙がった。営業利益見込みが悪化する理由として、従業員の賃金上昇を含む「人件費の上昇」と回答する企業の割合が拡大するなど、影響が大きい。他方で、営業利益見込み・見通しからは、コロナ禍からの移行を背景にした業績の改善が見て取れた。一部の国・地域では、内外需の回復に伴う、2023年の営業利益の改善、さらには今後の1~2年の事業拡大方針につながっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所次長
朝倉 啓介(あさくら けいすけ) - 2005年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、国際経済研究課、公益社団法人日本経済研究センター出向、ジェトロ農林水産・食品調査課、ジェトロ・ムンバイ事務所、海外調査部国際経済課を経て現職。