政府施策で域外人材流入に弾み(香港)

2024年2月1日

香港総商会(HKGCC)は、香港で主要な商工会議所の1つである。そのHKGCCが、会員を対象に人材不足に関する調査を実施した(2023年4月17~28日、回答企業196社)。その結果によると、回答企業の74%が人材不足に直面し、うち61%がここ1~3年悩まされ続けていることが明らかになった。会員企業の業種はさまざまなため広範な業種で横断的に人材不足が生じているといえよう。

人材不足に懸念を示すということでは、現地日系企業も同様である。「香港を取り巻くビジネス環境にかかるアンケート調査」(注1)で「人材の確保に課題があり、業務遂行や売り上げなどに影響が出ている」と回答した割合は、第11回調査PDFファイル(1.49MB)(2023年1月実施)で19.4%。最新の第12回調査PDFファイル(1.54MB)(2023年12月20日時点)では、やや低下した。それでも、11.3%に上った。

本稿では、統計データなど公表資料を基に、香港の人材不足の程度や、香港政府の域外人材誘致のための就労ビザの種類、域外人材の雇用状況などを概観する。その上で、人材不足の全体像を明らかにする。

目下、人材不足が深刻

まず、民主化デモや抗議活動や新型コロナウイルス感染拡大の発生時期以前までさかのぼって、状況を確認してみる。

2019年1月以降の労働力人口(就業者数+失業者数)、失業者数および季節調整済み失業率(以下、失業率)の割合は、図の通りである。2019年1~3月時点では、労働力人口398万5,400人、失業者数11万200人、失業率2.8%だった。しかし、2019年半ばからは労働力人口が徐々に減少し始めた。当地では当時、大規模な民主化デモ・抗議活動があった。香港国家安全維持法(2020年6月施行)が逼迫を助長する要因になった可能性もある。「香港を取り巻くビジネス環境にかかるアンケート調査」でも、同法により「人材が流出し、優秀な人材の確保が困難となる恐れがある」と懸念する回答が多く見られた(第11回調査で69.9%、第12回調査69.7%)。香港初の新型コロナウイルス感染者が報告された2020年1月以降は、さらに労働力人口の減少が加速した。2021年初頭は緩やかに増加したものの、2021年4~6月から2022年3~5月まで右肩下がりで減少した。

李家超(ジョン・リー)行政長官は2022年10月、施政報告で「過去2年間で香港の労働力人口が14万人減少した」と発言(注2)。「香港域内の人材を積極的に育成・確保することに加えて、香港政府は積極的に世界中で人材を発掘する」と宣言している。2023年2月には、香港と中国本土との往来が全面再開した。それでも、労働力人口は2019年1~3月水準(398万5,400人)まで回復しなかった。2023年8~10月時点の労働力人口は、2019年1~3月水準から約15万人減の382万9,200人。失業者は11万5,800人、失業率2.9%だった。

図:香港の労働力人口、失業者数、季節調整済み失業率
2019年1~3月、労働力人口が3,985.4千人、季節調整済失業率が2.8%。2020年12月~2021年2月、労働力人口が3,882.1千人、季節調整済失業率が7.2%、2022年2~5月、季節調整済失業率5.5%、2022年2~5月、労働力人口が3,744.2千人、2023年8~10月、労働力人口が3,829.2千人、季節調整済失業率が2.9%。

出所:香港政府統計を基にジェトロ作成

また李行政長官は、2023年10月、施政報告で「2.8%(2023年10月19日時点)の失業率は、ほぼ完全雇用を反映している」と発言した。また、香港政府労働・福祉局の孫玉菡(クリス・サン)局長は2023年11月、同年8~10月の失業率統計公表時に「労働市場は引き続き人手不足で、厳しい状況が今後数カ月続くだろう」との見解を示していた。

つまり、労働力人口減は新型コロナ禍期間に顕在化し、その後、香港政府が一貫して労働市場の人材不足を懸念している。このことからも、状況は深刻といえよう。

域外人材誘致に向け就労枠組みを拡充

李行政長官が宣言したとおり、香港政府は人材発掘に動いた。例えば2022年12月、「トップタレント・パススキーム(TTPS)」(注3)と呼ばれる計画を発表したのだ。この計画の眼目は、域外の高収入・高学歴の優秀者を香港に誘致するところにある。域外人材を誘致する取り組みは、2023年12月時点でこのほかにも幾つか確認できる(表1参照)。

表1:域外人材誘致に向け香港政府が公表する就労ビザ
制度・スキーム名 対象者
トップタレント・パススキーム(TTPS) 高収入者または高学歴者
一般就業政策(GEP) 香港人では代替困難な専門性を持つ者や起業家
中国本土人に対する人材・専門家入境スキーム(ASMTP) 中国本土に居住し、香港人では代替困難な専門性を持つ者
科学技術人材入境スキーム(Tech TAS) 香港でR&D業務に従事するための技術者
優秀人材入境スキーム(QMAS) 高学歴、高度技術や特殊スキルを持つ者
域外大学卒業生に対する香港就業制度(IANG) 香港で学位以上の資格を持つ非地元卒業生で社会人になる者
海外在住の中国籍香港永住権保持者に対する第2世代入境スキーム(ASSG) 中国籍で香港永住権を持つ両親を持ち、域外で出生した18~40歳
補充労働スキーム(SLS、注) 香港で確保が困難な代替労働者
外国人家事ヘルパー(DH) 香港で確保が困難な代替労働者

注:SLSは2023年9月4日から、促進補充労働者計画(ESLS)に名称変更された。ただし、要件などに変更はない。
出所:香港入境事務処公表資料を基にジェトロ作成

表1の域外人材誘致制度やスキームは、当地労働市場の実情にあわせて柔軟に運用されている。例えば、IANGについて、香港政府は2022年12月から滞在期間を延長した(従来の1年を2年に)。さらに、広東・香港・マカオグレーターベイエリア(注4)内にキャンパスを置く香港の大学にも、適用範囲を拡大した。2023年5月には、人材確保で優遇対象となる専門分野を示したリストの対象を13職種から51職種に拡大。同時に、QMAS、GEP、ASMTPにも、このリストを適用することにした(2023年5月25日付ビジネス短信参照)。

特定職務ならではの人手不足に対応した取り組みもある。例えば、建設・運輸業種などでの労働従事者を充足するため、2023年9月4日、SLSでの適用対象除外措置を2年間停止した。その結果、26職種で雇用可能になった。あわせて、名称も「促進補充労働者計画(ESLS)」に改称。同日から、新規申請の受け付けを開始した。表1で取り上げた以外でも、域外人材確保に努める動きがある。例えば、「業種別輸入労働力計画」や「介護施設向け介護輸入労働者特別スキーム」を新たに立ち上げている(注5)。

こうした措置は、香港での就労ビザ応募者、在香港企業双方にメリットが生じるだろう。応募者にしてみると、香港での職を事前確保するまでもなく、ビザ取得できることになる。他方で、企業の雇用者側は優秀な人材を確保しやすくなることを意味する。

高度人材で中国本土の存在感

ここで、香港の入境事務処が公表するビザ発給状況を確認する。表2では、域外人材誘致に向けた就労ビザ制度・スキーム別に、2022年~2023年2月の域外入境者数を国別に積み上げてみた。大まかには、次のような結果になる。

  • 高度人材誘致に該当する措置〔小計(1)〕では、中国本土(3万3,976人)が筆頭。これに、インド(1,463人)、日本(1,306人)が続いた。
  • ESLSなど補充労働人材措置の積み上げでは〔小計(2)〕、首位フィリピン(3万6,301人)以下、中国本土(7,354人)、インド(1,641人)の順だった。
  • 「小計(1)」「小計(2)」を合わせると(合計)、1位が中国本土(4万1,330人)、第2位フィリピン(3万7,138人)、第3位インド(3,104人)。

さらに制度・スキーム別に読み取ると、日本や英国は、高度人材用にGEPビザを取得する者が圧倒的に多いことが分かる。また、インドと韓国は、GEPビザ取得者が英国に次ぐ。同時に、IANGを活用したビザ取得者も中国本土に続く。すなわち、香港の大学に進学し、引き続いて当地で就業を希望する者が多いと理解できる。

補充労働者人材に関しては、外国人家事ヘルパー(DH)のビザ取得でフィリピンが圧倒的だ。一方で、インド出身のヘルパーもある程度いることが分かる。

制度・スキーム名 中国 フィリピン インド 英国 韓国 日本 米国 フランス 台湾 オーストラリア その他 合計
トップタレント・パススキーム(TTPS) 8,325 69 77 326 8,797
一般就業政策(GEP) 0 835 1,282 1,288 1,131 1,306 999 823 778 476 6,198 15,116
中国本土人に対する人材・専門家入境スキーム(ASMTP) 10,669 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10,669
科学技術人材入境スキーム(Tech TAS) 53 1 2 2 1 10 69
優秀人材入境スキーム(QMAS) 3,412 26 32 86 3,556
域外大学卒業生に対する香港就業制度(IANG) 11,517 181 159 35 17 94 761 12,764
海外在住の中国籍香港永住権保持者に対する第2世代入境スキーム(ASSG) 2 15 12 4 28 61
小計(1) 33,976 837 1,463 1,304 1,290 1,306 1,143 840 874 590 7,409 51,032
補充労働スキーム(SLS、注1) 7,354 13 49 141 7,557
外国人家事ヘルパー(DH) 0 36,288 1,592 0 29,839 67,719
小計(2) 7,354 36,301 1,641 29,980 75,276
合計 41,330 37,138 3,104 1,304 1,290 1,306 1,143 840 874 590 37,389 126,308

注1: SLSは2023年9月4日から、促進補充労働者計画(ESLS)に名称変更された。ただし、要件などに変更はない。
注2:「0」は対象者なし、「-」は未確認。
注3:2023~2024年の支出見積もりを検討する際に、立法審議会構成員は質問を提起した。それを受け、政府が回答を提供している。この表は、その結果を受けたもの。
出所:立法審議会メンバーからの質問に対する政府回答

表3は、中国本土からの入境者数の推移表である。香港の大学に進学し、IANGなどでそのまま就業を希望する者が増加している。そのほか、QMASを活用したビザ取得も増加していることがわかる。なお、QMASでは審査にポイント制を採用している。例えば、人材確保で優遇対象となる専門分野を示したリストに記載された職種の要件を満たすことでポイントが加点される。さらに、言語で中国語(北京語または広東語)と英語双方の識字能力を有していると、最高点20ポイントが加点される。このことからも、中国語話者に優位性がある制度になる。

また、中国本土からは高度人材だけでなく、補充労働者人材も年を追うごとに増加傾向にある。その結果、ビザ取得者世界各国合計に占める構成比も、年々増加している。

制度名・スキーム 2018-19年 2019-20年 2020-21年 2021-22年 2022-23年
(2023年2月時点)
全体 (中国本土) 全体 (中国本土) 全体 (中国本土) 全体 (中国本土) 全体 (中国本土)
トップタレント・パススキーム(TTPS) 未導入期間 未導入期間 未導入期間 未導入期間 未導入期間 未導入期間 未導入期間 未導入期間 8,797 8,325
一般就業政策(GEP) 41,793 0 35,194 0 13,526 0 13,097 0 15,116 0
中国本土人に対する人材・専門家入境スキーム(ASMTP) 14,183 14,183 11,997 11,997 7,926 7,926 10,168 10,168 10,669 10,669
科学技術人材入境スキーム(Tech TAS) 48 34 62 45 122 70 53 35 69 53
優秀人材入境スキーム(QMAS) 592 528 716 666 2,173 2,071 1,980 1,840 3,556 3,412
域外大学卒業生に対する香港就業制度(IANG) 10,318 9,383 10,320 9,316 7,620 6,537 7,156 5,995 12,764 11,517
海外在住の中国籍香港永住権保持者に対する第2世代入境スキーム(ASSG) 62 0 50 0 40 0 40 0 61 0
補充労働スキーム(SLS、注3) 3,873 3,729 3,978 3,832 5,276 5,127 5,966 5,827 7,557 7,354
外国人家事ヘルパー(DH) 99,362 0 95,749 0 65,994 0 54,691 0 67,719 0
合計 170,231 27,857 158,066 25,856 102,677 21,731 93,151 23,865 126,308 41,330
中国本土割合 16.4% 16.4% 21.2% 25.6% 32.7%

注1:2023~2024年の支出見積もりを検討する際に、立法審議会構成員は質問を提起した。それを受け、政府が回答を提供している。この表は、その結果を受けたもの。
注2:「0」は対象者なし、「-」は未確認。
注3:SLSは2023年9月4日から、促進補充労働者計画(ESLS)に名称変更された。ただし、要件などに変更はない。
出所:立法審議会構成員からの質問に対する政府回答

域外人材・労働者の流入が加速見込み

こうしてみると、域外人材流入の動きは今後も加速するだろう。その背景には、香港政府の姿勢がある。既述のとおり、政府は域外人材を積極的に活用する姿勢を示している。

また、香港政府統計処が公表する在香港外資系企業数によると、中国本土企業数は増加傾向にある。2019年に1,799社だったものが、2023年に2,177社。378社増加した計算になる。それに伴い、今後も中国本土から駐在員の来港が増加すると見込まれる。そのほか、中国本土からは補充労働者も増加する可能性がある。そうした動きが当地人口構成やビジネス環境にどう影響していくのか、注視していきたい。


注1:
この調査は、ジェトロ香港事務所などが2019年1月以降、定期的に実施している。なお、その対象は在香港日系企業。
注2:
香港統計処が実施した調査によると、2020年第2四半期(4~6月)から2022年第2四半期の2年間にかけて、約14万人の労働力人口(外国人家事ヘルパーを除く)が域外流出した。年齢別では、25~39歳が7万8,300人と半数以上を占めている。40~59歳が5万8,000人で、続く。
注3:
政府は2023年11月から、TTPSの対象大学を8校増加した。その結果、対象は184校になった。 当該スキームで、申請者は次のいずれかに該当する必要がある。(1)申請直前の年収が250万香港ドル(4,750万円、1香港ドル=約19円)以上、(2)対象大学の学士号を取得し、申請直前の5年間に3年以上の実務経験がある、(3)対象大学で学士号を取得し、実務経験が3年未満。なお(1)は、相当額を外貨で得ていても良い。
注4:
2つの特別行政区(香港、マカオ)と、広東省の特定9都市(広州、深セン、珠海、仏山、中山、東莞、恵州、江門、肇慶)で構成する地域を指す。
注5:
ただし、政府が導入したこれらの措置は、域内人材の優先雇用を保護することを前提にすることを前提にしている。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
松浦 広子(まつうら ひろこ)
金融庁で中国などを担当後、2022年7月、ジェトロに出向、同月から現職。