新たなステージに入った世界のカーボンプライシング韓国の排出量取引制度、第3次計画期間も終盤に

2024年5月14日

脱炭素社会に向けて、韓国は2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、カーボンプライジング、グリーン政策、水素経済の活性化などの取り組みを積極的に行っている。このような脱炭素政策の一環として、韓国では、二酸化炭素(CO2)排出削減の政策ツールとしての排出量取引制度(Emission Trading Scheme: ETS)が整備されてきている。本稿では、韓国における排出量取引制度の運用と現状について概観する。

韓国の排出量取引制度導入の経緯と概要

温室効果ガス(GHG)排出削減目標を達成するために、韓国ではカーボンプライジングの一つの手法である排出量取引制度を導入している。カーボンプライジングとは、企業などの排出するCO2に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法を指す。その手法のなかには炭素税や、排出量取引などがあるが、韓国では炭素税を導入しておらず、排出量取引制度を運用している。排出量取引制度では、政府がGHG排出枠を発行し、企業ごとに排出量の上限を決め、それを超過する企業と下回る企業との間でCO2の排出量を取引する。

韓国では2010年1月に「低炭素グリーン成長基本法」が制定され、GHG排出量の取引制度を導入することが定められた。2012年5月には「温室効果ガス排出量の割り当ておよび取引に関する法律」(以下、「排出量取引法」)が制定され、2015年1月に排出量取引制度(K-ETS)が施行された。また、2018年7月に「2030年国家温室効果ガス削減目標達成のための基本的なロードマップ(以下、ロードマップ)」を発表(2021年4月付調査レポート参照PDFファイル(2.98MB))し、それに基づいて排出枠割当対象部門を6つに区分した。具体的には、「エネルギー転換」「産業」「建築」「輸送」「廃棄物」「公共(水道業など)・その他」の6つの部門におけるGHG多排出企業・事業(注1)を対象に、韓国政府が排出枠を割当する。また、電力と熱の使用量の減少を誘導するためにGHGの直接排出のみならず、間接排出にも同取引制度を適用する。対象物質となるのは、CO2、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドフルオロカーボン(HFCS)、パーフルオロカーボン(PFCS)、六フッ化硫黄(SF6)だ。

韓国政府は、排出枠をGHG排出企業に割り当て、各企業の履行実績を管理するための期間を設定するが、その割り当てを管理する期間を「計画期間」という(注2)。各計画期間の施行前に「排出量取引制度基本計画」(表1参照)と「国家排出枠割当計画」を策定する。同基本計画では、韓国の排出量取引制度の中長期目標を立て、同割当計画では、排出枠割当対象部門・業種、排出許容総量、部門別・業種別割当量など同取引制度の運用に必要な内容を定めている。

表1:第1次~第3次 排出量取引制度基本計画に基づく計画期間
区分 第1次計画期間(2015年~2017年) 第2次計画期間(2018年~2020年) 第3次計画期間(2021年~2025年)
主要
目標
経験の蓄積および排出量取引制度の定着 相当水準のGHG排出削減 実効的なGHG排出削減の推進
制度
運用
  • 相殺排出枠(Korean Credit Unit: KCU)の認定範囲拡大など、制度の柔軟性向上
  • 正確な測定・報告・検証(MRV)を行うためのインフラ構築
  • 排出量取引制度の適用範囲拡大、目標設定の上方修正
  • 排出量取引の報告・検証などの各種基準の高度化
  • ロードマップに沿った排出許容総量の設定強化
  • マーケットメーカー制度の機能強化、デリバディブの導入、市場機能の拡大
割当
  • 全量無償割当
  • 目標管理制度の経験活用
  • 有償割当の開始
  • ベンチマーク方式(BM)など先進的な割当方式を実施
  • 無償割当業種基準の改善、有償割り当て比率の拡大
  • BM割当の拡大

出所:韓国環境部の発表を基にジェトロ作成

排出量取引制度基本計画と国家排出枠割当計画が定められた後、割当対象企業の指定と排出枠の割当が行われる。各計画期間の施行前に、割当対象企業が政府に排出権を申請することによって、政府はそれらの企業に計画期間中の総排出枠を割り当てる。このように計画期間中は、GHG排出企業に排出枠が割り当てられるが、その履行実績を管理するために1年ごとの「履行年度」で構成される(表2参照)。

割当対象企業は、毎履行年度末に、自社のGHG排出量に相当する量の排出枠を政府に提出する必要がある。その際に企業は必ず「排出枠明細書」「検証報告書」を併せて提出しなくてはならない。政府はこれらの書類を確認し、最終的な排出枠を認証し、各企業に通告する。各企業は保有している排出枠よりも多くの温室効果ガスを排出した場合、排出枠の購入、次年度の排出枠の差し引きなどを通じて、最終的な総排出量に合うように排出枠を確保しなければならない。これに違反すると、1,000万ウォン(約110万円、1ウォン=約0.11円)の過怠金と排出枠の前年平均市場価格の3倍以下の課徴金が1トン当たり10万ウォンの限度内で賦課される可能性がある。

なお、企業などが燃料や電気を使用して排出したCO2に対して課税する炭素税については現在、韓国では導入していないが、類似の税制として、主にガソリンと軽油を対象に課税される「油類税」が導入されている。油類税は、油類を使用する自動車から発生する大気汚染などを削減させることを目的にしている。原油価格の高騰や中東情勢の悪化などにより、2024年4月に9回目となる引き下げ措置の延長が発表されている。

韓国の排出量取引制度における割当の仕組み

韓国の排出量取引制度における総排出枠は、ロードマップを基準に決定される。ロードマップでは、2030年の目標を達成するために各部門別削減目標枠を定めている。産業、建物、輸送、廃棄物といった各部門に該当する企業が排出することができるGHG排出量「排出許容総量」には、各部門・業種に割り当てられる排出枠「事前割当量」と、新規事業者および新設工場のための「予備分(注3)」が含まれる。また、これらと排出許容総量以外の予備分をあわせて、政府が発行する「排出枠の総量」となる。第1次計画期間の排出枠総量は16億8,700万KAU、第2次計画期間は17億9,613万KAUだった。第3次計画期間の排出枠の総量は30億8,226万KAUで、内訳は以下のとおり(表3参照)。なお、現在の韓国全体の排出量に占める排出量取引制度のカバー率は74%と、4分の3に達している。

国家排出量割当計画を通して、部門・業種別にGHG排出許容総量および事前割当量が定められた後、割当対象企業は業種別事前割当量の範囲内で、無償または有償で排出量を割り当てられる。韓国では、第1次計画期間は経済的負担の緩和とカーボンリーケージを防ぐためにすべての企業が排出枠を無償で割り当てられていたが、第2次計画期間は3%、第3次計画期間は10%が有償割当となった。第3次計画期間における有償割当対象は41業種(全体の割当対象は801業種、2023年12月時点)。有償割当分は、毎月実施されるオークションにおいて市場に提供される。韓国大手製造業関係者は、企業の立場からすると、1%の削減も容易でないが、第4期からはさらに有償割当率が引き上げられ、割当対象業種が拡大するため、先んじて対策を講ずる必要がある、と述べた(ヒアリング、2024年2月27日)。

しかし、輸出比率が高く、排出枠の費用負担が大きい一部業種は政府により全額無償割当業種に選定されており、輸出競争力の低下とカーボンリーケージを防いでいる。排出枠を無償で割り当てるための方法として、(1)過去の排出実績に基づく過去排出量基盤方式(Grand Fathering: GF)、設備効率性や生産などの生産活動量を考慮する過去活動資料基盤方式(Benchmark: BM)が用いられている。過去排出量および過去活動資料の基準となる期間を「基準年度」とし、計画期間の開始4年前から3年間が該当する。例えば、第3次計画期間(2021~2025年)の基準年度は、2017~2019年の3年間となる。割当対象企業は、計画期間開始4カ月前までにGFおよびBMに従って、割当枠を申請する必要がある。政府は、対象部門・業種に属す企業の総申請枠が部門・業種別の割当量を超過しないよう調整し、無償割当比率を掛けて、算定した排出枠を対象企業に無償で割り当てている。なお、計画期間ごとに5年分の排出枠があらかじめ確定されるが、各企業の事業拡大・縮小によって追加割当および一定量の割当取り消しを申請することも可能だ。

韓国の排出量取引市場と取引方法

排出量取引制度は、直接規制型手法や炭素税と異なり、市場が存在する。排出量取引制度では、各対象企業に割当てられた排出枠より排出量が少なかった場合、余った排出枠を、他社に販売できる。GHGの排出枠は、「二酸化炭素1トンに換算されたGHGを排出することができる権利」とする証券と同義だ。そのため、排出枠は各種原材料やエネルギー、農畜産物などと同じ一般の商品(コモディティ)に分類される。しかし、他の商品と比較し、排出量取引市場は、排出枠の供給が政府の排出枠発行量、排出枠の繰り越しおよび借り入れなどと限定的だ。

韓国の排出量取引制度では、(1)割当排出枠(Korean Allowance Unit: KAU)(2)相殺排出枠(Korean Credit Unit: KCU)(3)外部事業削減量(Korean Offset Credit: KOC)と3種類の排出枠が取引されている。KAUは、割当対象企業に割り当てられるGHG排出枠だ。KCUは、割当対象企業外のGHG排出施設などの「外部事業」によるGHG排出削減量を、政府の承認により排出枠として転換したものを指す。KOCは、国際的な基準に基づき、事業所外でGHGを削減、吸収し、政府から認証を受けた削減実績を指す。これはKCUに転換し、市場で取引できる。

そのほかに、政府は割当対象企業の排出枠の提出負担を減らすために、排出枠の繰り越しおよび借り入れ措置を導入している。繰り越し措置では、該当する計画期間内での排出枠の次年度への繰り越しや、次の計画期間の初年度のみへの繰り越しを可能とする、また、借り入れ措置は、割当対象企業が提出すべき排出枠が不足している場合、政府の承認を受けて該当する計画期間内の次年度割当分の排出枠の一部を借入し、提出することができる。

排出量取引は、韓国取引所(KRX)が運営している。排出枠を市場で売買する方法として、単一価格による売買と、リアルタイムでの取引がある。排出枠の現在の相場や1日単位の終値の確認は、同取引所が運営する「排出枠市場情報プラットフォーム(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」で参照できる。2023年の排出量取引市場平均価格は1万2,960ウォンだったが、2024年4月19日現在で8,750ウォンと、価格は下降傾向にある。また、第3次計画期間における年単位の取引状況は以下の表のとおり(表4参照)。

表4:排出量取引制度市場における第3次計画期間(2021~2023年)の取引量および取引金額などの推移 (-は値なし)
区分 取引状況(年) 2021年 2022年 2023年
KAU 取引量(1,000トン) 48,707 33,205 82,635
取引金額(100万ウォン) 1,117,485 749,575 852,441
平均価格(ウォン) 19,709 20,633 9,987
KOU 取引量(1,000トン) 695 293
取引金額(100万ウォン) 14,898 3,729
KOC 取引量(1,000トン) 6,009 5,240 7,008
取引金額(100万ウォン) 149,148 111,094 112,592

出所:環境部・韓国環境公団(KECO)「ETS INSIGHT」(2024年1月)を基にジェトロ作成

韓国の排出量取引市場規模は、排出枠の有償割当を通じた政府の税収規模が非常に小さい。これは、EU-ETSの2%にも満たない基準だが、韓国は排出量取引制度の90%の排出枠を企業に無償で割り当てていることが要因といえる。韓国政府は、排出量取引制度の企業における定着に伴い、無償割当の割合を縮小していく予定だ。

グリーン化転換推進事業において、再生可能エネルギー転換を先導する排出量取引制度は必須だ。環境部は、今後、カーボンニュートラルという新たな目標をロードマップに反映させ、排出量の削減方針を下方修正していくとしている。また、同部は排出許容総量および有償・無償で割り当てる排出枠の総量も減らしていき、企業や各部門の業種に対し、排出量が減るよう削減努力を行うように促す予定だ。これを促進するために、GHGの削減設備の普及および削減技術の開発、割当排出枠の費用負担の増加などを推進していく。


注1:
一定期間(直近3年目安)の温室効果ガス排出量が年間12万5,000トン以上または年間排出量2万5,000トン以上の作業場を保有している企業・事業などは、割当対象として、排出量取引制度が適用される。
注2:
計画期間は、排出量取引法第2条(定義)により、国の温室効果ガス削減目標を達成するために、 5年単位での温室効果ガスの排出事業者に排出枠を割り当て、その履行実績を管理するために設定されている期間をいう(排出量取引法第1章第2条4項)。ただし、第1期および第2期の計画期間は3年とする。
注3:
排出枠の総量のうち、事前割当されないかつ政府が保有している一定量の排出権を指す。用途別では、(1)排出許容総量内の予備分、(2)市場安定化措置のための予備分、(3)市場調整・流動性管理のための予備分に区分される。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
益森 有祐実(ますもり あゆみ)
2022年、ジェトロ入構。中国北アジア課で中国、韓国関係の調査を担当。