変貌する世界の半導体エコシステム米国アリゾナ州における半導体エコシステム

2024年5月13日

米国アリゾナ州と聞いて何を思い浮かべるだろうか。日本にいる方は砂漠、サボテン、グランドキャニオンなどをイメージする方が多いかもしれない。もしくは、メジャーリーグベースボール(MLB)所属のロサンゼルス・ドジャースに移籍した大谷翔平選手がアリゾナで練習している姿が日々報道され、こうしたMLBのキャンプ地としてのイメージもあるのではないか。実は、州都フェニックスを擁するマリコパ郡が2021年7月~2022年7月において全米最多の人口増加数を記録(注1)するなど、アリゾナ州の人口は急激に増加している。また、世帯収入増加率が全米トップを記録(注2)するなど、経済成長も著しい。こうしたアリゾナ州の人口増加、経済成長を牽引しているのが半導体産業だ。

多くの半導体関連企業がアリゾナ州での拠点設立や投資拡大を発表しており、日系企業のサプライヤーも多く進出している。アリゾナ商業公社(Arizona Commerce Authority)によると、2020年1月以降、同州では35件以上の半導体事業拡大に関する発表が行われており、半導体産業における雇用創出数、投資額、サプライヤー拡大の項目で全米1位となっている。2024年4月8日には、半導体ファウンドリー(受託製造)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が同州に第3工場を建設することを発表し、これにより同州における半導体製造工場建設のために合計650億ドル以上が投資されることとなった(2024年4月9日付ビジネス短信参照)。また、米国半導体最大手のインテルも総額約200億ドルをかけて2つの半導体製造工場の建設を進めている(2021年9月30日付ビジネス短信参照)。さらに、これまで50年以上、米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催されてきた半導体関連の展示会「SEMICON WEST」が、2025年にはアリゾナ州フェニックスで開催されることが発表されている。本稿では、バイデン政権が半導体分野の米国内投資を拡大しようとしている中で、アリゾナで半導体関連の投資が集中する背景、エコシステムの状況および今後の展望について、現地で企業や専門家などに行った取材(2024年3月13~14日実施)を基に考察する。

アリゾナ州に半導体関連投資が集中する背景

アリゾナ州には半導体関連企業が多く集積するが、この要因は複合的だ。まず、地理的環境が挙げられる。アリゾナ州は砂漠地帯に位置するが、現地の半導体専門家へのヒアリングによると、「製造業という観点では温度、湿度のコントロールがしやすく、乾燥していることが逆に強み」という。実際、半導体産業のみならず、従来から航空宇宙、軍事産業が盛んで、近年はバッテリー製造工場、データセンターなども新たに立地している。また、製造業にとって不可欠となる水の利用に関しては、コロラド川(供給量全体の36%)から供給されるとともに、地下水(同41%)が豊富にあるとされる。また同専門家のコメントとして、電力については、全米で最大の原子力発電所が安定した供給を行っているのに加えて、太陽光などのクリーンエネルギーも活発で、電線が地下に配置されていることから倒木などの影響で停電するようなことはないとのことだ。さらに、地震、ハリケーン、山火事といった自然災害が少ないことも製造業立地上のメリットと考えられる。

次に、経済的環境について、アリゾナ州は事業コスト、生活コストが相対的に低いといわれる。例えば、アリゾナ州の隣に位置するカリフォルニア州の法定最低賃金は時給16.00ドルであるのに対して、アリゾナ州は時給14.35ドルと開きがある。賃金を職業別にみても、アリゾナ州のフェニックスとツーソンではさまざまな職種で労働コストがカリフォルニア州のロサンゼルスを下回ることがわかる(表参照)。また、税制面でも有利な環境にある。例えば、カリフォルニア州の法人所得税は8.84%である一方、アリゾナ州は4.90%だ。また、個人所得税については、2023年の申告分から所得の多寡にかかわらず2.5%の一律課税が適応されており、現地在住者からは「これまでの累進制度から事実上減税」と評価されている。アリゾナ州は単に税率が低いのみならず、州政府による税制措置が豊富に用意されるなど、政策的なインセンティブも多い(注3)。

こうした背景に、経済安全保障の観点から米国内の半導体サプライチェーンを強化する動きが相まって、アリゾナ州に半導体関連投資が集まっている。

表:職種別月額賃金(2023年)(単位:ドル)
職種 フェニックス ツーソン ロサンゼルス
中間管理職(課長クラス) 10,726ドル 9,597ドル 12,588ドル
ワーカー(一般工員) 4,056ドル 3,959ドル 4,122ドル
エンジニア(中堅技術者) 8,228ドル 8,538ドル 9,334ドル
事務スタッフ(一般職) 4,029ドル 3,713ドル 4,484ドル
事務スタッフ(営業職) 4,502ドル 3,669ドル 4,769ドル
店舗スタッフ(小売り) 3,122ドル 3,042ドル 3,481ドル

注:広域都市圏・都市圏データ。
出所:労働省統計局資料を基にジェトロ作成

アリゾナ州における半導体エコシステムの状況

多くの半導体関連企業がアリゾナ州での拠点設立や投資拡大を発表しており、日系企業のサプライヤーも多く進出していることについては先に述べたとおりだ。ここでは、主にアリゾナ州で半導体産業の投資や活動を促進・支援する主体の動向を見ていく。

まず、アリゾナ州で半導体産業の投資促進や支援を行う州政府機関としてアリゾナ商業公社が挙げられる。上述のとおり、州政府はさまざまなインセンティブ措置を講じているが、それだけではなく、全米における半導体の競争力向上などを目的としたロードマップ(注4)の策定、アリゾナ半導体タスクフォース(注5)の主導、アリゾナ・小規模サプライヤー・コンソーシアム(注6)の組成など、アリゾナ商業公社は半導体産業の活性化に注力している。さらに、地元のコミュニティカレッジと連携し、半導体産業に特化した労働訓練プログラムの提供などを行っている。

アリゾナ州の官民連携の投資誘致機関であるフェニックス都市圏経済協議会(Greater Phoenix Economic Council)も重要な組織だ。22のコミュニティー、200を超える投資家によって構成されており、過去34年間で980社を超える企業を支援してきた。誘致イベントの開催、各種調査などのほか、新規進出や投資拡大を検討する企業に対して、建設会社や士業事務所などのサービスプロバイダーや自治体の担当者を紹介している。実際に同協議会の支援を受けた日系企業からは「彼らはフットワークが軽く、日本を含むアジアに対する理解が深い担当者もいる。現地の経済開発機関がこれだけ親身になってサポートしてくれるのは本当にありがたかった」との声が聞かれた(ジェトロ取材2023年9月26日)。

次に、教育機関を紹介したい。アリゾナ州には3つの州立大学が存在し、中でもアリゾナ州立大学は全米最多の学生数を誇り、工学部だけでも3万人以上が在籍する。単に学生数が多いだけでなく、U.S. News and World Reportのランキングで「革新的な大学」として9年連続で全米1位となっている。同大学はマクロ・テクノロジー・ワークス(MTW)という研究施設を有しており、さまざまな分野の企業と連携しながら試作・テストなどを行っており、半導体については重点的に研究を進めている。2023年7月には、同大学と米国半導体製造装置大手のアプライドマテリアルズが、MTW内に共同研究・開発・試作施設を設立すると発表した。また、2023年12月には、MTWの先端半導体製造能力拡大のための設備拡張が発表された。同大学工学部のザックリー・ホルマン副学部長は「MTWのような半導体関連設備が整備された施設を大学が持つのはユニーク。コア施設は企業にもスペースを貸しており、当該企業や学生が施設を利用可能。装置の使用方法などを指導する半導体関連企業出身のスタッフも在籍しており、本学の学生は前工程から後工程に至るまで、全ての半導体製造プロセスを訓練でき、企業ですぐに活躍可能な人材を育成している」と述べる。同大学と提携している日系の半導体関連企業からは「大学側に材料を無償で提供する代わりに、研究成果を論文にしてもらうことで当社の宣伝にもなる」という声が聞かれた。このように、半導体関連企業が集積するからこそ生まれる相乗効果がみられる。

他にも、コミュニティカレッジがインテルやTSMCとのパートナーシップの下、技術者育成のためのプログラムを実施している。こうした組織のほかに、現地の自治体や商工会議所なども含めて、官民学の各主体が有機的に連携して、アリゾナにおける半導体産業の活性化に向けた取り組みを行っている。

アリゾナにおける半導体産業の今後

現在、アリゾナで建設が進められている工場での製造に関わるサプライヤーなども考慮すると、今後も半導体関連の企業数は増加していくことが予想される。これらに加えて、さらに拡大の余地はあるだろうか。

バイデン政権は、半導体のサプライチェーンを強化しようとしている。ただし、米国内で半導体サプライチェーンを強化するといっても、半導体の製造工程は非常に複雑だ。大別すると、シリコンウエハーに回路を形成するまでの「前工程」と、そのシリコンウエハーを切り分けてパッケージ化する「後工程」に分かれるが、それぞれの工程で装置、材料など実に多くのサプライヤーが関わってくる。例えば、アリゾナ州で工場建設を進めているTSMCは前工程の代表的な企業であり、TSMCの進出と合わせて多くの日系のサプライヤーも進出してきた。

他方で、後工程企業の米国内投資が続くかについては、疑問の声も出ている。アリゾナ在住の半導体の専門コンサルタントによると、「前工程企業が利益率50%を目指す中、後工程企業は利益率15%に達すると大喜びの水準。これは前工程と比べて後工程が労働集約的という違いによるもので、人件費の高い米国で後工程の水準を達成するのはハードルが高い」という。こうした中でも、米国のアムコー・テクノロジー(2023年12月6日付ビジネス短信参照)やスイスのシールエスキュー(2024年3月28日付ビジネス短信参照)が後工程関連の施設建設を発表している。前出のコンサルタントは「アムコー・テクノロジー進出のインパクトは大きい。先端分野を扱うことで付加価値を有し、かつ自動化が進められている。何より半導体企業が集積する土地であり、ロジスティクスが容易ということが大きいのではないか。また、同社の主要なエンド顧客がアップルであることを公表したことにより、前工程を担うTSMC、後工程を担うアムコー・テクノロジー、システムメーカーのアップルというかたちで米国での製造に関するコンセンサスができた(注7)。何よりも、アップルが、人件費が高い米国では難しいといわれる後工程の製造コストを認知した上で、製造にコミットした意味合いは大きい」とみている。また、日系の半導体関連企業からも「パッケージングまでサプライチェーンができていることに期待が大きい」との声が聞かれた。日系企業は後工程企業に対する材料や装置のサプライヤーとして存在感を発揮しており、こうした後工程企業の動向に対しては関心が高い。

また、半導体関連企業が増加する中で、各企業が必要な人材を確保できるかは重要な観点だ。日系の半導体関連企業からは「人が辞めるのが前提の米国では、人材採用・リテンションが非常に難しい」との声も聞かれる。既述のとおり、アリゾナ州では半導体産業に従事する人材の育成プログラムが行われている。ただし、こうしたプログラムは立ち上げられてまだ間もなく、しっかりと機能していくかも課題だ。

最後に、2024年は11月に米国で大統領選挙を控えているが、ある日系の半導体関連企業は「半導体分野については引き続き経済安全保障の観点からも重要で、米国内の半導体サプライチェーン強化という方針は、大統領選によって少なくとも弱まることはないのではないか」という。米国内での半導体サプライチェーンを強化しようとする動きが継続する可能性が高いとみられる中で、引き続きアリゾナ州の半導体分野の動向が注目される。


注1:
米国商務省センサス局による2022年7月1日時点の郡別の人口推計。米国では、連邦政府の下、州(State)、郡(County)、市(City)の三層構造で地方自治体が組織されている。一般的に複数の市が集合して郡を構成している。2022年7月からの1年間においても、人口増加数で全米4位を記録した。
注2:
センサス局が発表した米国地域社会調査(ACS)によると、アリゾナ州の2022年の世帯収入中央値は、2019年比で約3,300ドル増加し、この増加幅は全米50州中最大となっている。
注3:
例えば、設備投資および新規の雇用創出に対して所得税額が控除されるプログラム(The Qualified Facility tax credit)や製造または研究開発で使用される機械や装置などの取引における売上税免除などがある。
注4:
The National Semiconductor Economic RoadmapPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.37MB)として、米国における半導体の競争力向上などのための青写真を作成することを目的に、アリゾナ商業公社が考案。業界リーダーや教育機関、他州関係者、コンサルティング会社など80を超える主体が協力して作成し、2022年12月に公表されている。
注5:
アリゾナ商業公社が主導して2022年8月に発足。民間企業、教育機関、公共部門から100以上の主体が参加し、アリゾナ州の半導体分野におけるリーダーシップの維持と成長に取り組んでいる。具体的には、CHIPSプラス法に基づく資金調達のための申請支援や人材育成機会の創出、研究開発のためのインフラ投資の調整などを実施。
注6:
アリゾナ半導体タスクフォースのサブグループとして2023年9月に組成され、材料、装置、研究開発、先端パッケージングなどアリゾナの主要サプライチェーン事業者が参加。
注7:
アムコー・テクノロジーの発表(2023年11月30日)によると、同社のアリゾナ工場はTSMCの生産拠点の近くに所在し、工場稼働後はアップルが最大の取引先になる予定。
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
堀永 卓弘(ほりなが たかひろ)
2011年財務省入省。財務省主計局調査課、理財局地方企画係、金融庁監督局銀行第二課、 個人情報保護委員会事務局、財務省大臣官房総合政策課などを経て、2023年7月からジェトロに出向、現職。