特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来水素産業サプライチェーンの構築に向けて進む(中国)

2023年6月9日

中国は世界最大の水素需要国。現時点では、化石燃料由来の水素が中心であるが、今後、再生可能エネルギーとグリッド電力などから生成された水素による重工業や輸送などでの利用が予測されている。水素産業サプライチェーンの構築に向けて取り組む中国の水素産業政策の動向と個別プロジェクトについて報告する。

中国政府の政策動向

温室効果ガスの世界最大の排出国である中国は、その削減目標について、2020年9月の国連総会一般討論演説において「2030年までにピークに達することを目指し、2060年までにカーボンニュートラルの実現を目指して努力する」と宣言。その後、カーボンニュートラル達成に向けた具体的目標、支援策などが策定されている。

水素関連においては、2022年3月に国家発展改革委員会および国家能源局により「水素エネルギー中長期発展規画(2021~2035年)」が作成・公表され、中央政府により初めて、現状と情勢、発展目標、応用モデルプロジェクトが示された(参考、表1、表2参照)。政府は、現在の中国の水素関連産業は発展の初期段階であり、産業創造力・技術レベルは高くなく、基礎的な制度が立ち遅れているとの認識を示した。さらに、水素エネルギー産業の発展に向け、具体的数値目標を立て、技術的発展と応用モデルプロジェクトの実施に向けた計画が示された(2022年3月29日付ビジネス短信参照)。また、こうした中央政府の規画に基づき、地方政府による水素エネルギー産業に関する発展計画が順次作成され、具体的なプロジェクトが進められている。

参考:水素エネルギー中長期発展規画(2021~2035年)

現状と情勢
中国は世界最大規模の水素製造国であり、水素製造量は年間約3,300万トン、工業用水素ガスの品質基準を満たす製造装置は約1,200万基に達している。再生可能エネルギーユニット容量は世界首位であり、グリーン水素(注1)の供給において潜在力を有している。
ただし、現段階は発展の初期段階であり、国際的な先進レベルと比較すると産業創造力は不十分で、基礎的制度も遅れている。一部地方政府の無秩序な追随により、レベルの低い建設動向が目立っており、トップレベルの設計と統一的な計画の強化が急がれる。 
表1:水素エネルギー中長期発展規画(2021~2035年)
発展目標
内容
2025年
  • 水素エネルギー産業の発展のため制度と政策環境を整え、産業のイノベーション能力を向上させ、中核技術と製造能力を掌握して比較的整ったサプライチェーンと産業システムを構築。
  • 燃料電池車両の保有台数を約5万台、水素充填(じゅうてん)ステーションを多数配置する。再生可能エネルギーによる水素製造量は年間10万~20万トンに達し、二酸化炭素排出を年間で100万~200万トン削減。
2030年
  • 水素エネルギー産業の技術革新体系、クリーンエネルギー(注1)による水素製造および供給システムを構築。 
2035年
  • 水素エネルギー産業体系を形成し、交通、エネルギー貯蔵、工業分野などで多元化された水素エネルギー応用生態を構築。
表2:水素エネルギー中長期発展規画(2021~2035年)
「第14次5カ年計画」期間における産業イノベーション応用モデルプロジェクト
内容
交通 特定エリアにおける水素燃料電池トラックによる輸送、都市路線バスなど公共サービス分野における燃料電池車両の利用や、70メガパスカル(MPa)水素貯蔵ボンベ車両の応用検証の実施。 
貯蔵 再生可能エネルギーの需要を考慮して貯蔵・水素充填一体化ステーションを配置し、水素エネルギーの分散型生産と現地利用を促進。
発電 水素と電力を融合させたマイクログリッドモデルを実施し、燃料電池のコージェネレーション供給の応用と実践を推進。
工業 化石燃料に代替した再生可能エネルギーによる水素製造モデルの構築を実施。 

出所:中国政府公表資料からジェトロ作成

このほか、2022年2月に国家発展改革委員会・国家能源局が公表した「第14次5カ年規画期間における新型エネルギー貯蔵発展実施法案」では、2025年までに水素(アンモニア)を含む新型エネルギー貯蔵技術(注2)の性能を改善し、現状の初期段階から発展段階へ移行させ、商業化に向けた条件を備えるとしている。また、システムコストを30%以上削減するとともに、水素エネルギー貯蔵などの長期エネルギー貯蔵技術の課題を解決するとしている。さらに、2030年までに新型エネルギー貯蔵のコア技術と設備の自律制御を実現し、関連技術のイノベーション力と産業レベルを着実に世界の最先端に位置付けさせるとしている。これらにより、市場メカニズムや商業形態は健全な成熟を遂げ、電力システムにおけるそれぞれのプロセスが深く融合し発展することで、新型電力システムを構築し、エネルギー分野におけるカーボンピークアウトの目標を達成するとしている。

中国政府は2020年、新エネルギー車(NEV)補助金の補助対象から燃料電池車を除外し(注3)、その後、「燃料電池自動車モデル都市申し込みに関する通知」(注4)を発表して支援方式を変更。燃料電池車の購入補助金では限界があった国内の水素産業関連の主要部品の産業応用を加速させ、中国国内企業を中心としたサプライチェーンと基礎インフラの構築を目指すこととされた(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。また、モデル都市群に選定された都市に対しては、年間最大17億元(約340億円、1元=約20円)の助成が行われることとされており、2023年4月末時点では、京津冀(注5)、上海、広東、河南、河北の5モデル都市群が選定されている。

水素製造・輸送・利用においてプロジェクトが始動

水素エネルギーの普及拡大に向けては、制度整備、技術的課題の克服、利用用途の拡大、コスト削減、水素ステーションなどのインフラ整備など、対応が必要となる。世界最大の需要国である中国においても、中央・国有企業、地方政府などを中心として、社会インフラの構築を含め水素関連の先行的なプロジェクトが積極的に進められている。製造・輸送などは中央・国有企業などを中心としたプロジェクトで行われているが、水素の利用部門となる燃料電池関連産業については、民間企業の参入も見られる。

輸送:水素パイプラインの建設

国有企業である中国石油化工集団(シノペック、SINOPEC)は2023年4月、長距離水素パイプライン設置計画を発表した。グリーン水素製造(注1)に適した資源を有する内モンゴル自治区(ウランチャブ市)と主要消費地である北京市(中国石化燕山石化)までの400キロメートルのパイプラインを設置する。供用開始当初の輸送量は年間10万トンで、将来的に60万トンまで増強することが予定されている。内モンゴル自治区、河北省、北京市の3つの省・市をまたぐ、中国においては国内最長の水素パイプラインとなる。

利用:水素エネルギーと燃料電池車の産業サプラチェーンの構築

上海市発展改革委員会は、2022年6月に「上海市水素エネルギー産業発展中長期規画(2022~2023年)」を発表し、水素ステーション70カ所以上を増設し、水素燃料電池車1万台以上を保有するなどの目標を掲げた(2022年9月6日付ビジネス短信参照)。また、上海市嘉定区は、水素エネルギー自動車産業革新牽引区となり、水素エネルギーと燃料電池車の産業サプライチェーンの構築が進められている。同区は、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)や上海汽車といった完成自動車メーカーの拠点があるなど、自動車関連産業の集積地であるが、中国国内外の燃料電池車関連企業やR&D(研究開発)センターの集積が進むとともに、上海市内における水素燃料電池車の約8割が同区に集中している。例えば、燃料電池用コントロールシステムを提供する上海重塑能源集団(Refire)は、すでに約3,500台の燃料電池車にシステムを搭載し、総走行距離は1億4,000万キロメートルを超えている。また、カナダの燃料電池メーカーであるバラードパワーシステムズ(Ballard Power Systems)やフランスの大手部品メーカーであるプラスチックオムニウム(Plastic Omnium)など、燃料電池車関連の外資企業の嘉定区への進出も進んでいる。

今後の中国の水素市場

現在、中国は世界最大の需要国であるが、当該需要の中心は、石油精製と化学産業におけるアンモニアとメタノールの生産における利用が中心となっている。今後、需要量は2030年までに3,100万トン、2060年には9,000万トンに達すると予測されている。2060年の消費内訳は、約40%が鉄鋼や化学品の生産など重工業における利用、約25%が輸送のための利用、約20%が輸送用アンモニアなどの他の燃料への転換、その他はガス火力発電所などで利用されると試算されている。また、2050年の中国においては、1,500億立方メートル以上のグリーン水素などのクリーンエネルギーにより製造された水素供給のほとんどが、国内から賄われることが予測されている(注6)。

欧米企業も、大規模市場への参入およびコスト削減などを背景として、投資や実証事業を始めている。大規模かつスピード感のあるプロジェクトが進められる見込みだ(表3参照)。

表3:欧米企業の関与するプロジェクト
発表
時期
欧米企業
中国側企業など
概要
2020年7月 リンデ(Linde、ドイツ)
  • リンデは、国有企業の中国海洋石油集団(CNOOC)の子会社である中海油能源発展と覚書(MoU)を締結し、中国で水素エネルギー産業の共同開発を実施。
  • 水素製造と充填施設へ投資し、産業およびモビリティー分野での水素使用を促進。
中海油能源発展
2021年9月 カミンズ(Cummins、米国)
  • カミンズと上海市臨港新区自由貿易試験区との間で投資協定を締結。
  • 臨港新区に中国本社とR&Dセンターを配置。プロトン交換膜 (PEM) 燃料電池、電解水による水素製造装置スタック、燃料電池スタックの製造拠点を建設。 
上海市臨港新区
2022年10月 バラードパワーシステムズ(Ballard power systems、カナダ)
  • 上海市嘉定区人民政府と投資協定を締結。
  • 今後3年間で約1億3,000 万ドルを投資し、新しい膜電極接合体(MEA)の生産設備とR&Dセンターを建設。建設した生産施設でMEAを約1,300万枚/年を生産能力、水素燃料エンジン600台の組み立て能力を確保。
上海市嘉定区
2023年1月 プラスチックオムニウム(PLASTIC OMNIUM、フランス)
  • 商用自動車向けの高圧水素貯蔵システムの製造と販売を行う合弁会社を上海市嘉定区に設立。
  • 2026年以降、年間で最大6万基の高圧水素容器が生産可能なプラントを稼働予定。 
申能集団(国有企業)    

出所:各種報道資料からジェトロ作成


注1:
グリーン水素、クリーンエネルギーに関する定義はなされていない。
注2:
ここでの新型エネルギー貯蔵技術とは、水素・アンモニア、リチウム電池、ナトリウム電池などを指す。
注3:
財政部、工業信息化部、科学技術部、国家発展改革委員会が2020年4月23日に発表の「新エネルギー車への財政補助政策に関する通知」による(2020年4月30日付ビジネス短信参照)。
注4:
財政部など5部門は2020年9月21日に「燃料電池自動車モデル都市申し込みに関する通知」を発表(2020年9月24日付ビジネス短信参照)。
注5:
京津冀は北京市・天津市・河北省を指すが、モデル都市群は北京市、天津市、河北省および河南省それぞれの一部市区から構成されている。
注6:
an energy sector roadmap to carbon neutrality in China外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (IEA report)参照)

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年3月4日)
7段落目
(誤)国有企業である中国石油天然気集団(ペトロチャイナ、CNPC)は
(正)国有企業である中国石油化工集団(シノペック、SINOPEC)は
執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所 経済信息・機械環境産業部長
神野 可奈子(こうの かなこ)
2009年、経済産業省入省。エネルギー・貿易経済協力関係部署を経て2022年9月からジェトロに出向し現職。

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