特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来エネルギー安全保障・ネットゼロに向け水素拡大(英国)

2023年6月9日

英国は、エネルギー政策の優先課題として、エネルギー安全保障の確保とネットゼロ達成に向けたエネルギーの脱炭素化を掲げる。英国のクリーンエネルギーは洋上風力を中心として開発が進んでいるが、エネルギー戦略では水素生産の拡大も目標に含めている。本稿では、英国のエネルギー政策・戦略における水素の位置付けを概観するとともに、英国の水素産業開発の特徴を解説しつつ、水素の生成プロセス別に具体的なプロジェクトを紹介する。

エネルギー安全保障に向けて水素生産目標を引き上げ

英国政府は2020年11月の「グリーン産業革命のための10項目」と、2021年10月に発表した「ネットゼロ戦略」で、水素生産に関する具体的な目標を設定。2030年までに5ギガワット(GW)の低炭素水素製造能力を確立することを目標に掲げた。2021年8月には低炭素水素製造能力を開発するロードマップなどを示した「水素戦略」を発表(2021年8月23日付ビジネス短信参照)。その後、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が発生。脱炭素・カーボンニュートラルの達成に加え、エネルギー安全保障の確保が英国のエネルギー政策の最重要課題と位置付けられ、同年4月に「エネルギー安全保障戦略」が設定された。エネルギーの脱ロシア、国産化に向け、それまで掲げていたクリーンエネルギー関連の目標を上方修正。このうち水素の生産能力目標も引き上げ、2030年までの水素製造能力の導入目標を10GWに倍増。うち少なくとも半分はグリーン水素とすることを目指す(2022年4月13日付ビジネス短信参照)。

資金面については、「グリーン産業革命のための10項目」で水素生産設備への投資に2億4,000万ポンド(約408億円、1ポンド=約170円)拠出するとされており、以降の水素関連政策はこのファンドが基盤となっている。

水素生産はブルーとグリーン両立へ、原子力由来も

現在の英国の水素プロジェクトは、国内で洋上風力と並んで開発が進む二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用・貯留(CCUS)プロジェクトと連動したブルー水素生産型が多い。このうち、スコットランドやイングランド北東部などを中心に、回収したCO2埋め立て地を北海沖とすることができる点を生かし、電気分解による水素生産と、発電時に発生したCO2の回収をセットとする大規模なブルー水素プロジェクトの開発が進む。また、前述のとおり、グリーン水素の導入・拡大も目指していることから、洋上風力発電を利用したグリーン水素プロジェクトも見られる(図1参照)。

図1:英国の主な水素関連プロジェクト
英国の主な水素プロジェクトを地図上で表したもの。ハイグリーン・ティーズサイド、H2Hティーズサイド、サイズウェルCは本文で解説する。スコットランド東部沿岸のエイコーンプロジェクトでは、ストレッガを主な事業者とし、CCUSを用いてブルー水素を生産し、産業利用される。同じくスコットランド東部沿岸のH100 FIREプロジェクトでは、SGNを主な事業者として、グリーン水素が製造され、水素ハブの形成や暖房に利用される。イングランド北東部沿岸のティーズサイド地域では、BPが主な事業者として、CCUSでブルー水素を製造し、産業利用するH2ティーズサイドプロジェクトとグリーン水素を製造し、運輸に利用するハイグリーン・ティーズサイドの2つのプロジェクトが進行中。イングランド北東部のさらに南下した位置にあるハンバー川北岸のH2Hソルトエンドプロジェクトではエクイノールが主な事業者として、CCUSでブルー水素を製造し、産業、発電に利用を進める。H2Hソルトエンドプロジェクトの南西には、ITMパワーのギガスタックプロジェクトがあり、グリーン水素の製造と産業利用を目指す。イングランド東部には、EDFがサイズウェルC原子力発電所の建設を進め、原子力由来のピンク水素を製造、運輸での利用を目指す。イングランド西部からウェールズ北部にまたがる沿岸地域のハイネットプロジェクトでは、プログレッシブ・エナジーが主要事業者としてCCUSによるブルー水素とグリーン水素を製造、産業運輸、水素ハブでの利用を目指す。ウェールズ南部沿岸のサウス・ウェールズ産業クラスターでは、RWEを主な事業者とし、CCUSを活用したブルー水素を製造、産業、発電、暖房で利用することとしている。イングランド南部沿岸のSGNのサウサンプトン・ウォータープロジェクトでは、CCUSでブルー水素を製造し、産業利用することを目指す。

出所:Hydrogen UK、英国政府、各社発表に基づいてジェトロ作成

以下、水素製造プロセスごとに、ブルー、グリーン、原子力発電由来の主な水素プロジェクトをそれぞれ紹介する。

H2Hソルトエンド(ブルー水素)

ノルウェーのエネルギー大手エクイノールは、イングランド北東部ハンバー川北岸に立地するソルトエンド・ケミカルズ・パークに、世界最大級のCO2回収設備付きガス由来水素生産設備のH2Hソルトエンド(Hydrogen to Humber Saltend)を開発し、製造したブルー水素を周辺の発電所や製造業拠点に供給することを計画している(注1)。同プロジェクトは2026年からの稼働を予定。これにより、ソルトエンド拠点の製造業者による低炭素化学製品、船舶用の低炭素燃料の生産、さらに、世界初の港での船舶の低炭素燃料補給が可能となるとしている。輸送インフラの整備に伴い、ソルトエンド以外のハンバー地域に立地する製造業者に水素を供給することも予定している。さらに長期的には、ハンバー地域の洋上風力発電からの再生可能エネルギー供給の増大を利用した、グリーン水素製造の可能性も視野に入れている。また、SSEサーマルと共同で、ハンバー地域北部の北海沿岸のオールドバラに水素貯留設備を開発する予定だ(図2参照)。

図2:「H2Hソルトエンド」を含むCCUSクラスター「ゼロ・カーボン・ハンバー」のプロジェクトマップ
東に北海を望む沿岸地域で東西にハンバー川が流れる。ハンバー川北岸の上流から河口にかけて、セルビー、ハル、ソルトエンド、河口にはイージントンが立地しイージントンから沿岸を北に進むとオールドバラが立地する。南岸には、上流から河口にかけて、キードビー、スカンソープ、キリングホルム、河口にはイミンガムとグリムスビーが立地する。北岸上流のセルビー近郊には、ドラックスが運営するCCS技術を用いたバイオマス発電所があり、そこを起点にハンバー川河口のイージントンに向けてCO2と水素のパイプラインが並行して走る。ルートはセルビーのバイオマス発電所から、南岸上流キードビーのSSEサーマル・エクイノールのCCS付ガス焚き発電所および水素燃料発電所を経由し、下流に向けて、スカンソープのブリティッシュ・スチールが運営する水素エネルギーとCCSを導入した製鉄所、キリングホルムのユニパーが運営するブルー・グリーン水素製造施設、ソルトエンドのエクイノールが運営するH2Hソルトエンドを経由し、河口のイージントンに位置するセントリカが運営するCO2圧縮・送出施設に至る。なお、パイプライン各所のCCSで回収されたCO2はセントリカのCO2圧縮、送出施設からさらに北東に伸びる海底パイプラインを通り、北海の北エンデュランス帯水層貯留施設へ運ばれる。ハンバー地域北部の北海沿岸のオールドバラには、SSEサーマルとエクリノールが共同で運営する低炭素水素貯留施設がある。さらにハンバー川河口のグリムスビーはCO2、グリーン水素国際輸送に適した深い港となっている。なお、本マップ中のパイプライン・施設などは計画であり、変更の可能性がある。

出所:「ゼロ・カーボン・ハンバー」ウェブサイトを基にジェトロ作成

このプロジェクトに関する日系企業の動向として、三菱パワーヨーロッパは、ソルトエンドにある天然ガスだきガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電設備の水素転換について、同発電所のオーナー企業のトライトン・パワーと連携して、技術検討・FSを進めている。当初は体積比で30%の水素混焼で始め、将来的には水素専焼を視野に入れる。

ハイグリーン・ティーズサイド(グリーン水素)

英エネルギー大手BPが手掛ける「ハイグリーン・ティーズサイド」は、2021年11月に公表した大規模グリーン水素製造プロジェクト。2025年の水素製造開始を目標として、イングランド北東部ティーズサイド地域で開発を進めている。当初は60メガワット(MW)の製造規模を予定。需要拡大に伴い、製造規模の拡大とコスト低減を実現し、2030年までに500MWの製造規模とすることを想定している。このグリーン水素は特に運輸部門での利用を見込んでいる。BPは同地でブルー水素プロジェクト「H2ティーズサイド」も手掛けており、同社は、ティーズサイド地域が産業と重量輸送を脱炭素化するための英国有数の水素ハブとなることを目指している(注2)。

サイズウェルC(原子力発電由来水素)

イングランド東部に位置するバクトン・ガスターミナルを拠点として、水素を柱としたエネルギーハブを構築しようとするプロジェクト「バクトン・エナジー・ハブ・プロジェクト」が進められている。北海移行規制機関(NSTA、旧・英国石油ガス規制機関)の主導で始動した。さらに、隣接するサフォークのサイズウェルには、現在稼働中のサイズウェルB原子力発電所と建設計画中のサイズウェルC原子力発電所が立地する。同プロジェクトでは、中期的には天然ガスを利用したブルー水素、将来的には洋上風力発電を利用したグリーン水素、さらに、ポテンシャルとしてサイズウェル原子力発電所の電気を利用した原子力由来の水素(ピンク水素)の生産を想定している。このうちサイズウェルのピンク水素生産について、具体的には、実証プロジェクトで、現在稼働するサイズウェルB発電所の電気を利用し、2MWの電解装置により1日当たり最大800キログラムの水素を生産することを想定。サイズウェルC原子力発電所の建設に使用する車両や設備の燃料として使用し、CO2排出削減に貢献する。さらに、余剰分については、近隣の港、バスや鉄道の輸送に必要となる水素として供給することも可能としている。

原子力発電所からの発電時の排熱も有効活用し、水素生産の効率を高めることも検討する。実証プロジェクトを経て、サイズウェルC原子力発電所からの熱と電力を利用する常設の水素生産施設では、大規模な水素製造が可能としている。

普及拡大へ進む規制整備や認証制度

英国政府は2月9日、低炭素水素の持続可能性を証明する認証制度の導入に向けた計画案を発表した。現在、英国では低炭素水素製造者が製品の信頼性を証明する方法は存在しない。新たな認証制度の導入は、英国の水素分野の脱炭素化と、国境を越えた取引の推進、グリーン水素の成長と雇用促進で重要な役割を果たすとしている。政府は業界団体と協議し、2025年までに正式な導入を実現する計画。

また、英国環境庁は2月3日、ブルー水素製造に関する規制ガイダンスを公表した。イングランドでブルー水素の製造を希望する事業者は、環境と地域社会を保護する厳しい要件を満たした上で、同庁の許可を得なければならない(2023年2月15日付ビジネス短信参照)。

産業での利用中心、運輸や建機、暖房での普及可能性も探る

水素利用は、現時点では化学や石油精製で工業用原料としての利用がメインで、将来的には産業プロセスでの熱源としての利用が見込まれる。また、動力源として運輸や建設機械などでの利用や、ガス代替燃料としての暖房利用の実証が進む。

運輸では、英ライトバスが水素バスの製造を手掛けている。同社の水素バス20台がロンドン市交通局に導入され、既に実際の運行で利用されている。航空では、英ゼロアビアが水素燃料電池搭載航空機を開発。2023年1月に試験飛行に成功している。今後は機体のスケールアップと長距離航行に向けた開発を進めるとしている。

建機では、英メーカーJCBが世界初の水素エンジン搭載掘削機を開発。2023年2月には一般道での試験運転が許可された。暖房利用では、洋上風力由来のグリーン水素を家庭に導入し、暖房や調理用のゼロカーボン燃料を提供するプロジェクト「H100 Fife」が英配ガス事業者SGNなどによってスコットランド東部で進められている。2024年に約300世帯にサービス提供開始の予定。

拡大への課題はコスト、生産だけでなく輸送、貯蔵も考慮必要

今後の課題としては、全体コストの高さが挙げられている。英国政府は2021年8月、「水素製造コスト2021」を発表。これに基づき、2022年11月、英シンクタンク「レギュラトリー・アシスタンス・プロジェクト」のダイレクターのジャン・ローズナウ氏がグリーン水素の生産コストを分析した。同氏によると、グリーン水素の生産コストは、新型コロナウイルス禍前の化石燃料コスト(卸売りガス価格)の3~11倍になると予測。英国政府のデータによると、水素製造専用の洋上風力の電力を使用した場合には、2030年で1kWhH2当たり8.8~9.1ペンス、2050年で同6.9~7.5ペンス(注3)。これらを踏まえ、ローズナウ氏は、グリーン水素の生産コストがロシアによるウクライナ侵攻後の化石燃料コストを下回るのは2030年代後半と分析している。加えて、英国政府は水素の輸送や貯蔵について別途考慮する必要があり、かなりの額になる可能性があるとしている。生産コストに加え、実需要に至るまでの水素サプライチェーン全体コストの低減が英国における水素拡大のための今後のキーファクターになると言えよう。


注1:
「H2Hソルトエンド」を含むCCUSクラスター「ゼロ・カーボン・ハンバー」については、ジェトロの2022年11月18日付調査レポート「英国の主要な産業クラスターにおけるCCUSプロジェクトの動向‐イングランド北東部ハンバー地域‐」を参照。
注2:
「ハイグリーン・ティーズサイド」「H2ティーズサイド」を含むCCUSクラスター「ネット・ゼロ・ティーズサイド」については、ジェトロの2022年11月29日付調査レポート「英国の主要な産業クラスターにおけるCCUSプロジェクトの動向‐ティーズサイド地域‐」を参照。
注3:
製造されるエネルギー単位(1kWh)当たりの水素製造コスト。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
菅野 真(かんの まこと)
2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。

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