ナッシュビル、医療支援が充実
米テネシー州ヘルスケア産業(2)

2024年5月16日

カントリーミュージックやブルースで有名なテネシー州。国際ビジネス拠点としても高い評価を得ており、日産自動車の米国本社があるほか、米国フォード・モーターのブルーオーバルシティーに建設中の電気自動車(EV)関連工場など自動車関連企業の集積地でもある。一方で、同州の主要都市のメンフィスとナッシュビルにはそれぞれ、大手企業を中心としたヘルスケア産業の集積がある。ナッシュビルは、病院経営企業を中心にヘルスケア産業の企業が集積しており、近年ではテック人材も流入して、イノベーションも活発だ。後編では、そのナッシュビルの実態を紹介する。

メンフィスに関しては、前編「米テネシー州ヘルスケア産業(1)メンフィス、医療機器製造が集積」を参照。

病院経営企業設立を起点にヘルスケア産業が集積

テネシー州中央部に位置するナッシュビル地域は、200万人以上の人口を抱える州内最大の地域だ。近年、州都のナッシュビルは、比較的低い物価水準などにより、移住者が増え、都市の再開発も行われており、活気にあふれている。

ナッシュビルは、カントリーミュージックが有名で音楽関連産業が集積しているが、実は、医療などのヘルスケア産業の集積地でもある。ナッシュビルに本社を置くヘルスケア関連の上場企業が16社あり、870億ドル以上の売り上げと44万人以上の雇用を全米で生み出している(表1参照)。病院経営大手のHCAヘルスケアとコミュニティーヘルスシステムは、2023年の「フォーチューン」誌の「世界の500社」に選定されている。また、高齢者向け施設を運営するブルックデールシニアリビングは、シニアリビング業界団体アージェンタンが発表する大手プロバイダーランキングで、全米で4年連続最大手の企業となっている。

表1:ナッシュビル地域に本社を置くヘルスケア関連上場企業の売上額と雇用人数(2022年)(単位:100万ドル、人)(-は値なし)
企業名 分野 概要 売上額 雇用人数
HCAヘルスケア 病院経営 病院、手術センター、独立型緊急治療室、緊急治療クリニック、診断・画像診断センターなどを運営。2023年「フォーチューン」誌の「世界の500社」に選定。 60,230 294,000
コミュニティーヘルスシステム 病院経営 一般急性期病院や専門病院、医師診療所、緊急医療センター、画像診断センター、がんセンター、外来手術センターなど1,000以上の医療施設を運営。2023年「フォーチューン」誌の「世界の500社」に選定。 12,210 66,000
クローバーヘルスインベストメンツ 保険 メディケア・アドバンテージヘルスプラン(注)を提供する保険会社。独自の技術プラットフォームを活用して、健康・行動データの収集・分析も行う。 3,480 656
ブルックデールシニアリビング 高齢者向け施設経営 高齢者向け施設を運営。シニアリビング業界団体アージェンタンの「2023年最大手プロバイダーレポート」で4年連続の全米トップを獲得。 2,830 36,000
アカディアヘルスケア 病院経営 精神科入院病院、専門治療施設、居住型治療センター、外来診療所など253の行動医療施設を全米およびプエルトリコにて運営。 2,610 23,000
サージェリーパートナーズ 病院経営
(外来手術センター専業)
外来手術センター運営の大手企業。全米に180以上の拠点を持ち、手術施設および専門医による診察や麻酔など付帯サービスを提供。 2,540 12,200
ナショナルヘルスケア 高齢者向け施設経営 高度看護施設など高齢者向け介護施設を全米で運営。 1,090 12,355
ヘルスケアリアリティトラスト 不動産 全米で外来医療施設を所有・運営する上場不動産投資信託(REIT)。 933 584
ナショナルヘルスインベスターズ 不動産 高齢者向け住宅や医療施設に特化した不動産投資信託(REIT)。 278 25
ヘルスストリーム 教育 ヘルスケア業界のトレーニング、情報、教育ニーズに対応したインターネットベースの学習・研究ソリューションを提供。 267 1,154
クライオポート 物流 温度管理が必要な再生医療、細胞治療、ライフサイエンス製品・治療向けに、アフェレシス採取、凍結処理、ロジスティクス、パッケージング、バイオ保管、情報科学、極低温システムを提供。再生医療サプライチェーンを日本にて共同で構築するため、三菱倉庫と提携。 237 795
レバンスセラピティックス 製薬 バイオ医薬品を製造。皮膚科および美容医療向けの薬物送達および治療法を開発。 133 534
コミュニティーヘルスケアトラスト 不動産 外来治療・診断施設、外来手術センター、介護施設、医療オフィスビルなどのヘルスケア物件に投資する不動産会社。 98 37
ハロウヘルス 製薬 眼科手術に使用される医薬品や、眼疾患の治療に処方される医薬品などを製造。 89 217
カンバーランドファーマスーティカルス 製薬 急性期医療や消化器内科など、まだ十分な治療を受けていないニッチ市場に焦点を当てた医療用医薬品を開発。 42 85
アイマックホールディングス 病院経営 スポーツ医学、整形外科治療、関節・組織回復療法を提供する健康・ウェルネスセンターを運営。 16 85
16社の合計 87,082 447,727

注:メディケアは、65歳以上もしくは障害を持つ人などが加入できる連邦医療保険プログラム。メディケアには病院費用保険(パートA)と医療保険(パートB)があり、パートA、Bに加えて、医薬品の補償などを追加した保険商品。
出所:ビジネス・ジャーナル、ナッシュビル・ヘルスケア協議会資料、各社ウェブページなどからジェトロ作成

大企業の本社が立地することで、都市には、新しい技術の普及や法律、金融、その他の専門職やビジネスサービスなど、重要なインフラ産業の成長などがもたらされるという研究結果がある。実際、ナッシュビルでも、これらの16社を中心にヘルスケア産業のエコシステムが形成されており、ナッシュビル・ヘルスケア協議会(NHCC)によると、ナッシュビルには500社以上の医療関連企業が進出しているほか、ヘルスケア産業の専門知識を提供するプロフェッショナルサービス企業(会計、建築、財務、法務など)が400社近く立地している。

NHCCによると、1968年にHCA、ゼネラル・ケア、ホスピタル・アフィリエイツ・インターナショナル(HAI)という3つの病院が設立されたことが、同地でのヘルスケア産業の集積の始まりだ。また、1970年には、ヴァンダービルト大学に小児地域メディカルセンターが設立された。その後、HCAやヴァンダービルト大学などを中心にヘルスケア産業の集積が進んだ。NHCCは「ナッシュビル・ヘルスケア産業ファミリーツリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を作成しており、ナッシュビルのヘルスケア関連企業を整理している。同ファミリーツリーでは、HCA関連、病院関連、ヴァンダービルト大学メディカルセンター関連などに分類し、ナッシュビル地域などの750社以上のヘルスケア企業の相互関連性を示している。

ヴァンダービルト大学は、米国ニュース&ワールドの2023年優良医科大ランキングで、医学部が全米5位にランクインした。特に、生物医学情報学科は、学科としては米国内最大規模を誇り、130人以上の教授陣が在籍している。また、同大学のDNAと血漿(けっしょう)を含む非特定化サンプル・コレクション「BioVU」は、合計で30万件以上のサンプルが収集されており、単一機関としては全米最大規模の電子カルテ情報に紐づいたバイオバンクだ。ほかにも、BioVUは、2,539件の血漿サンプルも保有している。

さらに、2021年にはオラクルがナッシュビルでの12億ドルの投資を発表し、2031年までに8,500人以上の雇用を創出する予定だ。2023年にナッシュビル総合病院がオラクルヘルスの電子カルテ関連システムを採用すると発表したほか、ナッシュビルで4月23日に開催されたオラクルヘルスサミット2024では、ラリー・エリソン取締役会会長兼最高技術責任者(CTO)が同市への本社移転に言及する(2024年4月25日付ビジネス短信参照)など、同社はナッシュビルのヘルスケア産業へのアプローチを強化している。

テック人材が流入、ヘルスケア産業での雇用も

米国調査会社のスタートアップ・ゲノムなどが公開している、世界の都市別にみたスタートアップ・エコシステムのランキング「Global Startup Ecosystem Report 2023」の新興エコシステムランキングにおいて、ナッシュビルは40位台にランクインしている。評価要素ごとにみると、「人材と実績」(10点満点中7点)で高得点を獲得している。実際、米国不動産会社CBREが発表した、米国とカナダの50都市のソフトウエア開発者やプログラマーなどのテック人材に関するレポート(CBREウェブサイト参照)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2022年のナッシュビルのテック人材は3万9,180人(50都市中37位)で、2017年から2022年までの増加率は36%(同11位)だった。さらに、2016年から2021年にかけての大卒居住者の増加率は、20代が28.1%(同5位)、30代が31.1%(同7位)で、若い世代の流入が続いている。

ナッシュビルにおいて、これらテック人材は、ソフトウエア開発分野だけでなく、ヘルスケア分野でも雇用されている。2021年には、ソフトウエア開発などで32.5%のテック人材が雇用された一方、ヘルスケア分野でも13.6%が雇用された。対象の50都市で、テック人材のヘルスケア分野での雇用が10%を超えるのはナッシュビルだけだ。ナッシュビルには病院経営企業が多く立地しており、医療データ分析などのデジタルヘルス分野が発達している。

例えば、2007年創業のチェンジヘルスケアは、病院経営における収益サイクル管理、支払い管理、医療情報交換ソリューションなどを提供しており、2022年には、ユナイテッドヘルスグループのオプタムに130億ドルで買収されている。ほかにも、2019~2022年の売上額成長率ランキングの「Inc.5000、2023年版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、エビデンスケアやアルキメデスといったデジタルヘルス分野の企業がランクインしている(表2参照)。なお、2019~2022年の売上成長率が全米1位のケアブリッジは、身体障害などを持つメディケイドを受ける患者に対し、医師や看護師、ソーシャルワーカーなどの臨床チームへの24時間365日のアクセスを提供している企業で、企業価値の評価額が10億ドル以上のユニコーン企業としても知られている。

表2:2023年の「Inc. 5000」にランクインしたナッシュビル地域のヘルスケア関連企業
順位 企業名 創業年 2019~2022年の売上成長率(%) 企業概要
1 ケアブリッジ
(CareBridge)
2018 157,144 身体障害などを持つメディケイドを受ける患者に対し、医師や看護師、ソーシャルワーカーなどの臨床チームへの24時間365日のアクセスを提供。
149 スパルタンフィットネス・ホールディングス
(Spartan Fitness Holdings)
2017 3,576 スパ、ピラティス、その他のフィットネスアクティビティやサービスを提供するスタジオを運営。
234 インテラトリアージ
(IntellaTriage)
2008 2,366 ホスピス、在宅医療機関、医師グループの支援を目的とした、看護師によるトリアージとバーチャル看護サービスを提供。
436 エビデンスケア
(EvidenceCare)
2014 1,329 臨床医のEHRワークフローに統合するよう設計された臨床意思決定支援プラットフォームを開発。
1017 アルキメデス
(Archimedes)
2016 583 雇用主、医療保険制度、薬局給付管理者向けに特殊医薬品管理ソリューションを提供。
1024 D1スポーツフランチャイズ
(D1 Sports Franchise)
2001 577 アスレチックベースのトレーニング施設で、年齢に応じたプログラムを提供。
1796 ハッチ
(Hatch)
2011 311 医療機関がすべての患者を適切な場所に集め、理想的な医療提供者とマッチングさせるためのプラットフォームを提供。
2176 イネイブル・コンプ
(EnableComp)
2000 257 退役軍人管理局、労災補償、事故クレームなどを管理するための医療プロバイダーと提携した医療サービス管理プラットフォームを提供。
2533 トゥエルブストーンヘルス・パートナーズ
(TwelveStone Health Partners)
2017 215 慢性疾患の患者に輸液センターサービスと包装薬を提供。
3037 バイタルケア・インフュージョンサービス
(Vital Care Infusion Services)
1986 171 急性疾患だけでなく慢性疾患の患者も対象とした在宅輸液サービスを提供。
3234 エンジェルアイ・ヘルス
(AngelEye Health)
2013 158 親がケアチームの一員となり、新生児集中治療室や小児科病棟に入院している子どものケアに積極的に参加できるよう設計された遠隔ケア・プラットフォームを提供。
4121 No BS Weightlos Program 2007 109 シンプルでわかりやすい減量プログラムを提供。

出所:Inc.5000 2023とピッチブックなどからジェトロ作成

これらヘルスケア分野のスタートアップの成長を支える機関として、ヘルスケア分野のスタートアップを対象にしたアクセラレーターやベンチャーキャピタル(VC)もある。2010年設立のナッシュビル起業家センターは、官民パートナーシップにより運営されているアクセラレーターだ。ナッシュビル地域のヘルスケア分野の大手企業と連携した6カ月のアクセラレーションプログラム「プロジェクトヘルスケア」を提供している。2023年の同プログラムには13社が参加し、同プログラムパートナーで、ナッシュビルに拠点を置くNTTデータやNHCCなどへの訪問やピッチイベントが行われた。2024年は、テネシー州内外の17社のスタートアップが同プログラムに参加している。

ほかにも、2014年設立のジャンプスタートヘルスインベスターズは、ナッシュビル拠点のVCで、傘下の3つのファンドを運営するとともに、ジャンプスタートインサイトという支援プログラムを提供している。ジャンプスタートインサイトは特にヘルスケア分野のために設計されており、一般的なビジネス拡大や資金調達といった部分のほかに、医療業界ネットワークへのアクセスを提供している。

病院経営の大手企業を中心に、ヘルスケア関連産業が発達してきたナッシュビル。近年はテック人材が流入し、デジタルヘルスなどの分野でスタートアップも誕生している。また、ナッシュビルのヘルスケア産業のネットワークを活用するアクセラレーターの存在も、ナッシュビルの特徴の1つだ。HCAヘルスケアやコミュニティーヘルスシステムといった大手に加え、最近はオラクルもナッシュビル地域でのヘルスケア分野での事業展開に積極的だ。オラクルヘルスのデイビッド・ファインバーグ会長は、ナッシュビルを「米国におけるヘルスケアのメッカ」と表現した(「ビジネス・ジャーナル」2024年1月11日)。ヘルスケア分野の米国の中心地として、ナッシュビルの今後の発展に注目だ。

米テネシー州ヘルスケア産業

  1. メンフィス、医療機器製造が集積
  2. ナッシュビル、医療支援が充実
執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所
檀野 浩規(だんの こうき)
2015年、ジェトロ入構。ジェトロ福岡、特許庁(出向)などを経て、2023年6月から現職。