大手企業が一斉に水素事業に注力
韓国の水素政策を振り返る(2)

2024年5月13日

本稿では、韓国政府の水素政策の経緯や主要企業グループの水素事業戦略についてみている。1回目は、文在寅(ムン・ジェイン)前政権と尹錫悦(ユン・ソンニョル)現政権の水素政策に焦点を当てた(前編「韓国政府、水素産業育成に取り組む」参照)。2回目の今回は、政府の水素政策に対する評価と、韓国の主要企業グループの水素事業への取り組みについてみていく。

なお、本文中の水素の種類の定義は次のとおり。

「ブルー水素」:
製造時に排出した二酸化炭素(CO2)を回収・貯蔵し、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにした水素。
「グリーン水素」:
再生可能エネルギーで水を電気分解するなどで製造時に二酸化炭素を排出しない水素。
「クリーン水素」:
「ブルー水素」と「グリーン水素」の合計。

政府の水素政策の予算増が必要との指摘も

2019年1月発表の「水素経済活性化ロードマップ」以降、韓国政府は2つの政権にわたって水素政策を遂行してきた。これら一連の政策について、韓国ではどのように評価されているのだろうか。

国会議員の活動を支援するための調査・分析を行っている国会立法調査処は2024年3月、「既存の水素政策の点検と政策課題」(同処、「イシューと論点」第2206号)を発表した。この資料は、政府の水素政策の問題点・課題を抽出することに力点を置いているため、肯定的評価については言及していない。政府の水素政策の問題点・課題については、次の点を指摘している。

  • 技術開発水準についての十分な考慮や水素サプライチェーン強靭(きょうじん)化についての明確な根拠なしに、将来の数値目標を提示している。
  • 政策を発表するごとに、将来の数値目標が修正されている。
  • 水素関連技術は先端技術で、技術開発が成功するかどうか不確実性が高い。しかし、政府は技術開発の成功を前提に政策を立案している。現実には、民間企業は水素事業の不確実性のため、積極的な投資を躊躇(ちゅうちょ)している。

特に、「将来の数値目標」をめぐっては、韓国の水素経済は、政府が当初描いたほどには立ち上がっていない。例えば、2019年1月に発表した「水素経済活性化ロードマップ」(表1参照)PDFファイル(423KB)では、燃料電池自動車(FCV)の2022年までの累計登録台数(燃料電池自動車販売が始まった2018年から2022年までの各年の新規登録台数の合計)を6万5,000台と見込んでいた。しかし、前述の国会立法調査処「既存の水素政策の点検と政策課題」によると、2022年までの累計登録台数は2万9,623台と、ロードマップが示した台数の半分にも満たなかった。さらに、2023年の燃料電池自動車の新規登録台数は、2022年(1万219台)の半分以下の4,635台に落ち込むなど、足元の販売もさえない状況だ。ちなみに、燃料電池自動車の販売不振の原因について、インターネット紙の「エナジー新聞」(2024年1月3日)は、(1)市販されている乗用車モデルが2018年発売開始の現代自動車「ネッソ」1モデルしかないこと、(2)水素の販売価格が少しずつ上昇し、価格メリットが低下していること、(3)水素ステーションの整備が遅れていること、(4)水素供給が質的にも量的にも安定していないこと、を挙げている。このように、燃料電池自動車が政府の想定ほど普及していないことが民間企業に悪影響を及ぼしている。「ヘラルド経済」(2023年11月4日、電子版)は、民間の水素ステーション事業者の話として「政府の政策ビジョンをみて市場に参入したが、収益どころか投資費用の回収も難しい」「公的機関の韓国道路公社が水素価格を大幅に引き下げたため、他の事業者が打撃を受けている」と報じている。

こうしたこともあってか、水素ステーションの普及も遅れている。同ロードマップで2022年に310カ所の設置を見込んでいた水素ステーションは、「2023年8月時点で半分の150カ所あまり」(前述の「ヘラルド経済」)にとどまっている。大手日刊紙「東亜日報」のIT関連サイトの「IT東亜」(2023年10月30日、電子版)は、水素ステーション普及の遅れの原因について、燃料電池自動車の普及の遅れ以外に、水素ステーションに対する地域住民の拒否反応や、設置のための許認可取得にかかる日数などを挙げている。

それでは、政府はどのような政策を遂行すべきだろうか。

民間シンクタンクの韓国貿易協会国際貿易通商研究院では、2023年に発表した3編の報告書の中で、水素の生産、輸送・貯蔵、利用の3分野別に、政府政策の問題点・課題と改善方向について整理している(表2参照)。「改善方向」をみると、全般的に、規制緩和とともに、予算の増額を提案しているのが特徴的だ。2024年2月に筆者らが韓国の専門家や企業関係者に聞いたところでも、政府予算の増額を求める指摘が聞かれた。具体的には、「政策の良しあしとともに、政策がどれだけ実現できたかが重要だ。政策の実現にはそれなりの予算を投入することが必要だが、それが不十分との批判がある」「『グリーンイノベーション基金』を造成し、企業に十分な支援を行っている日本がうらやましい。それに比べ、韓国政府の予算額は不十分だ」といった指摘が聞かれた。

表2:韓国貿易協会国際貿易通商研究院の分析による韓国政府の水素政策評価
分野 現状・問題点 改善方向
生産 許認可などの規制で水素生産基地構築事業が遅延 水素を「国家先端戦略技術」に指定し、関連特別法を根拠に許認可支援基盤を整備
クリーン水素生産企業に対するインセンティブ支援が不足 水素法を改正し、クリーン水素生産費用と化石燃料ベース水素生産費用との差額を支援
クリーン水素生産基地構築予算が減少 クリーン水素生産基地構築予算を拡大
頻繁な政策目標変更により企業が混乱 水素生産の長期目標を維持し、目標値達成のための細かな方策を提示
履行点検・改善体系が不十分 履行点検のための法的根拠を整備
発電用天然ガスの税率による水素生産の制約が発生 水素生産用天然ガス原料の税率に関する法令を改正
輸送・貯蔵 先進国と比較すると貯蔵・輸送技術力が不足、水素関連予算の中で輸送・貯蔵に充てられる予算の割合が低い 関連研究開発(R&D)予算を増額し、先進国との格差を縮める必要
研究開発(R&D)費用に対する支援が不十分 水素研究開発(R&D)事業に対する特例基準を設け、R&D費用に対する政府支援を拡大
海外の水素供給網確保の具体策が不十分 海外水素供給網に対する支援体系を高度化、政策金融機関の関与を拡大
複合材料容器の使用圧力などの制約が存在 国際基準に基づきチューブトレーラー容積・圧力基準などを緩和
厳しい許可・検査基準により水素技術研究開発(R&D)の進展が遅い R&D施設に対する水素法上の各種許可・検査規制を免除
利用 水素を利用する産業の研究開発(R&D)予算が不十分 産業部門の水素利用度向上のためのR&D支援予算の規模・業種を拡大
分散型エネルギー活性化のための支援策が実質的に不在 水素を利用する分散型エネルギーに対するインセンティブを法制化
水素入札市場の取引量が少なく企業が投資を見合わせる 水素入札市場の取引量決定時の取引量を拡大
建物用燃料電池の5割強が未稼働のまま放置 料金体系を改編し、インセンティブを付与
燃料電池自動車の普及率が政策目標を大幅に下回る 水素充電料金の付加価値税を一定期間免税
住民の反対により水素ステーションなど各種水素事業が遅延 水素エネルギーに対する認識改善のための広報活動を強化

出所:韓国貿易協会国際貿易通商研究院「水素産業競争力強化のための政策研究:環境に優しい水素生産のための主要国の政策の比較」(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Trade Focus 2023年12号)、同「水素産業競争力強化のための政策研究:水素貯蔵・輸送産業育成の現況と政策課題」(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Trade Focus 2023年14号)、同「水素産業競争力強化のための政策研究:主要国の水素活用政策の比較と改善方案」(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Trade Focus 2023年16号)

国内での大規模水素生産などを目指すSKグループ

韓国の主要企業グループは、事業領域こそさまざまだが、いずれも水素事業の強化を目指している。やや古いが、「毎日経済新聞」(2023年1月24日、電子版)によると、主要企業グループの水素関連事業への投資予定額は多い順に、SKグループの18兆5,000億ウォン(約2兆350億円、1ウォン=約0.11円)、現代自動車グループの11兆1,000億ウォン、ポスコ・グループの10兆ウォンとなっており、これら3グループの投資予定額が突出して多くなっている。そこで、SKグループ、現代自動車グループ、ポスコ・グループの順で、各グループのプレスリリースなどを基に、それぞれの水素事業への取り組みについて整理する。

SKグループは、2021年3月2日と同年9月8日に水素戦略について発表している。2021年3月2日付のプレスリリースは、国務総理(首相)を委員長とする「第3回水素経済委員会」の場で、「SK水素事業計画」として発表されたものだ。他方、同年9月8日付のプレスリリースは、民間企業協議体の「コリアH2ビジネスサミット」発足に合わせて、発表された。これら2つのプレスリリースの内容はほぼ同一だ。

同グループの水素戦略の骨子は、プレスリリースのタイトルやサブタイトルが象徴している。ちなみに、2021年9月8日付のプレスリリースは次のとおりだった。

タイトル:
2025年水素事業グローバル1位に飛躍するSK…キーワードは水素バリューチェーン統合運営
サブタイトル:
  • 水素エコシステム構築に18兆5,000億ウォン(注1)投資、2025年に年間28万トンの供給体制構築を目標
  • エネルギー事業ノウハウ、グループの保有インフラの活用で、ESG(環境・社会・ガバナンス)中心の環境にやさしいポートフォリオにシフト
  • 水素の生産・流通・供給に至るバリューチェーンの統合運営モデルを提示
  • プラグパワー(米国)やモノリス(米国)などとのグローバルパートナーシップ締結によるコア技術の確保・海外市場攻略

次いで、同グループのプレスリリースなどに基づいて、より詳細にみると、次のとおり。

SKグループの水素戦略は、(1)韓国国内での大規模水素生産、(2)水素バリューチェーンの構築、(3)海外企業への出資と海外事業強化の3つに分けられる。

第1の韓国国内での大規模水素生産については、次のとおり。

水素生産計画は2段階に分けられる。第1段階は、エネルギー事業を営むSK E&Sが約5,000億ウォンを投じ、副生水素をベースに年産3万トン規模の水素液化プラントを建設する(注2)。建設地は、副生水素の供給元のSK仁川石油化学(SKイノベーションの100%子会社)の隣接地で、最大の需要先のソウル首都圏に近いメリットも享受できる。第2段階は、SK E&Sによるブルー水素の生産だ。同社は韓国最大のLNG(液化天然ガス)事業者で、同社が確保した天然ガスを利用し、忠清南道のLNGターミナル周辺に年産25万トン規模の生産拠点を構築する。約5兆3,000億ウォンを投じ、2025年の完成を目指す。

第2の水素バリューチェーンの構築については、次のとおり。

同グループでは、「燃料電池自動車の普及の遅れで韓国国内の水素需要は十分に拡大しておらず、水素事業者は生産設備投資に積極的でないというという悪循環に陥っている」との問題意識を持っている。そこで、同グループでは、前述のように大規模な水素生産体制を構築する一方で、2025年までに100カ所の水素ステーション網を構築し、約400メガワット(MW)規模の燃料電池発電所を建設する。

第3の海外企業への出資と海外事業強化については、次のとおり。

同グループ企業は、2021年に水素関連の先進技術を保有する米国企業2社に相次いで出資した。1つは、グループの持ち株会社で投資会社でもあるSKと、SK E&Sが共同でプラグパワーに16億ドルを出資した件だ。これにより、両社合計でプラグパワーの発行株式の約10%を確保した。同グループのプレスリリース(2021年2月25日)によると、「今後、SKグループとプラグパワーが合弁会社を設立し、燃料電池、水電解設備などの水素事業のコア設備を大量生産できる生産拠点を韓国国内に建設し、設備の供給単価を画期的に引き下げ、国内・アジア市場に供給する計画」としている。もう1つは、メタンから水素と固体炭素を取り出す先進技術を有するモノリスに対してSKが出資した件だ(投資額は非公開)。SKのプレスリリース(2021年6月3日)は、出資の意義について「(モノリスが技術力を有する)『ブルー・グリーン水素(注3)』は、ブルー水素の経済性とグリーン水素の環境親和性を兼ね備えている」「(『ブルー・グリーン水素』は)ブルー水素からグリーン水素への転換過程で戦略的価値が大きい。特に、再生可能エネルギー供給の安定性確保や水電解技術の商用化など、グリーン水素量産には多くの時間がかかる見通しで、『ブルー・グリーン水素』に対する期待と関心が高まっている」「モノリスへの出資を通じ、SKは商業化が可能なクリーン水素の源泉技術を確保できた」と述べている。このような水素関連のコア技術を有する企業への出資や、海外企業との協力関係構築により、中国、ベトナムなどアジア市場を中心に海外事業を拡大する考えだ。

燃料電池自動車事業に注力する現代自動車グループ

現代自動車グループの水素戦略は、燃料電池自動車事業を中心としている。

同グループは2021年9月7日に「水素ビジョン2040」を発表した。これは、「世界最高水準の新しい燃料電池と水素モビリティを一気に公開し、2040年を水素エネルギー大衆化の元年にする」というものだった。主な内容は次のとおり。

  • 炭素排出量削減のためには、平均走行距離が長い商用車の脱エンジン化が重要。同グループでは、2028年までにすべての商用車のラインアップを燃料電池自動車、または電気自動車(EV)とする。
  • 燃料電池商用車の普及により、国内に水素需要を創出する。
  • 世界の小型商用車市場攻略のため、燃料電池を搭載した全長5~7メートルの「PBV」(Purpose-built Vehicle:顧客の目的に合わせて製造する車味)を開発する。
  • 燃料電池を路面電車・船舶・UAM(いわゆる「空飛ぶクルマ」)といった自動車以外のモビリティや、建物、発電所などに搭載することで、事業領域を拡大していく。
  • 第3世代の燃料電池の量産を2023年に開始する。第3世代の燃料電池は、自動車のみならず、電力消費量の多い大型船舶、鉄道車両、建物などにも供給する。

また、同グループでは「水素ビジョン2040」発表時に、1回の充電で1,000キロメートル以上を走行できる燃料電池ベースのモビリティ「トレーラードローン」のコンセプトカーなどを公開し、新しい移動手段の開発に注力していることをアピールしている。

なお、同グループのプレスリリースには投資金額が記載されていないが、韓国メディアでは「燃料電池自動車の設備投資、研究開発(R&D)、インフラ構築などに11兆1,000億ウォンの予算を確保している」(「ガス新聞」、2022年5月4日、電子版)などと報じている。

ところで、この「水素ビジョン2040」は、計画が遅延しているようだ。例えば、第3世代の燃料電池の量産はまだ始まっていない。韓国メディアは、「現代自動車は2023年予定の第3世代燃料電池の量産を2027年に約4年間、後ろ倒しにした」(「電子新聞」、2022年9月12日、電子版)、「当初の予定よりも2~3年程度遅れると業界ではみている」「製造コストが障害になっている。現代自動車では、第3世代の燃料電池の価格を現行の半分以下にする目標」(「アジア経済新聞」、2023年4月24日、電子版)などと報じている。

水素の生産、輸送・貯蔵、利用の各段階で事業を推進するポスコ・グループ

ポスコ・グループは、韓国高炉トップのポスコを中心としたグループであるだけに、水素還元製鉄技術を活用した鉄鋼部門の温室効果ガス(GHG)排出削減など、鉄鋼事業に関連した取り組みが中心になっている。ちなみに、ポスコは韓国企業の中で温室効果ガス排出量が最も多く、排出量削減が大きな経営課題だ。

ポスコ・グループは2020年12月、「水素経済を牽引するグリーン水素リーディング企業」ビジョンを発表している。ビジョンを受けて、同グループが2022年10月に発表した「ポスコ・グループの水素事業の全て」によると、同グループの水素事業は次のとおり。

同グループが特に強調しているのが、水素供給量の拡大と、水素還元製鉄などグループ内需要を中心とした水素需要の創出だ。

水素供給量の拡大については、「世界における水素サプライチェーン構築とコア技術開発により、2030年までに50万トン、2050年までに700万トンの生産体制を構築する」との目標を明らかにしている(注4)。2050年の供給量700万トンに対する需要先として、(1)(後述の)水素還元製鉄用370万トン(全量グループ内)、(2)水素発電用220万トン(グループ内130万トン、グループ外90万トン)、(3)産業用110万トン(国内30万トン、海外80万トン)を想定している。また、水素供給については、現在の副生水素からブルー水素に、最終的にはグリーン水素に供給の主体を移していく。さらに、水素供給地については、韓国国内は再生可能エネルギー生産の事業環境としては難があるため、当面はCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)を利用したブルー水素の生産を拡大する。一方、海外では、ポスコホールディングスが現在、オーストラリア、中東、マレーシア、インド、北米で10件以上のブルー水素・グリーン水素生産プロジェクトを進めているところだ。

同グループでは、グループ企業が水素の供給、輸送・貯蔵、利用といった水素事業の川上から川下までに関与するビジネスモデルを提示している。「ポスコ・グループの水素事業の全て」では、「ポスコ・グループは、水素の生産から輸送・貯蔵、利用に至るまで各分野で推進中のグループ各社の水素事業の力を網羅し、『グリーン水素事業モデル』のためのバリューチェーンを構築することで、韓国最大の水素需要先、かつ供給者として飛躍する計画」としている(表3参照)。

表3:ポスコ・グループのグリーン水素事業モデル
分野 企業名 事業内容
生産 太陽光・風力電力生産、水電解、アンモニア合成 ポスコホールディングス 水素生産プロジェクト開発・投資
ポスコ 再生可能エネルギー用鋼材の供給
ポスコインターナショナル CCS(二酸化炭素回収・貯留)事業開発、水素貿易
ポスコ建設(現 ポスコE&C) 水電解設備など、水素生産プラントのEPC(設計・調達・建設)
輸送・貯蔵 貯蔵、アンモニア・水素抽出 ポスコ 貯蔵タンク・パイプライン用鋼材の生産
ポスコエナジー 水素ターミナル建設(港湾)
ポスコ建設(現 ポスコE&C) 水素プラントのEPC(設計・調達・建設)
利用 水素発電、水素還元製鉄 ポスコ 水素還元製鉄
ポスコエナジー 水素発電

出所:ポスコホールディングス「ポスコ・グループの水素事業の全て」

他方、水素需要の創出を巡っては、グループ中核企業で高炉メーカーのポスコの二酸化炭素排出量削減が大きなテーマだ。具体的な内容として、鉄鋼設備の効率化、電気炉を活用した高級鋼生産技術の開発とともに、水素還元製鉄技術の段階別拡大による低炭素生産体系への転換が挙げられている。ちなみに、同グループは2024年4月22日、「超一流革新企業跳躍のための7つの未来革新課題」を発表しているが、その筆頭が「鉄鋼競争力の改善」で、そのための手段の1つが「水素還元鉄技術の段階的拡大」となっている。

水素還元製鉄技術をめぐる経緯は次のとおり。ポスコは、2020年12月に「2050年までにカーボンニュートラルを達成する」と宣言、2021年9月には「2050 カーボンニュートラル基本ロードマップ」を策定した。そこで、二酸化炭素排出量削減の有力な手段として、水素還元製鉄技術の開発に注力する方針を明らかにしている。「ポスコ・グループの水素事業の全て」では、「2050年カーボンニュートラル達成のために、石炭と鉄鉱石を反応させ、炭素を排出している伝統的な高炉工程製鉄方式を脱し、ファイネックス工程流動還元炉技術をベースにした(ポスコ独自の)『ハイレックス水素還元製鉄』技術を開発中」と紹介している。

ちなみに、「ハイレックス水素還元製鉄」については、重点的な研究開発が続けられている。比較的最近のプレスリリースでは、「2022年7月に設計に着手した年産30万トン級の水素還元製鉄実証プラントを2026年までに完成する計画」(2023年9月8日)と言及している。また、2024年1月に浦項製鉄所内に開所した水素還元製鉄開発センターについて、「今後、『ハイレックス水素還元製鉄』実現の前段階である試験設備構築の重要な役割を担う予定」(2024年1月26日)と紹介している。


注1:
事業別の投資金額は、一部の事業のみ記載されるにとどまっている。
注2:
SKグループのプレスリリース(2021年3月2日、同年9月8日)では、「2023年までにプラントを完工」としていた。一方、SK E&Sはプレスリリース(2024年5月8日)で、同日に竣工式を開催したことを発表した。
注3:
「ブルー・グリーン水素」は、再生可能エネルギーを活用し、天然ガスから水素と固体炭素を取り出す方法によって獲得した水素をいう。
注4:
ポスコ・グループの発表(2020年12月12日)によると、「現在、ポスコは鉄鋼製造工程で発生する副生ガスと天然ガスを利用した年間7,000トンの水素生産能力を有している」と紹介している。

韓国の水素政策を振り返る

  1. 韓国政府、水素産業育成に取り組む
  2. 大手企業が一斉に水素事業に注力
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。