【中国・潮流】フレキシブルワーカー、就業機会の創出に貢献
新形態のワーカーの権利保護が新たな課題に

2022年4月11日

中国政府はこれまで一貫して、国民の就業機会の確保を、社会の安定の維持にとって最重要な政策課題の1つに位置付けてきた。2019年以降、習近平政権は就業問題をマクロ政策の観点で捉え、より重点的に取り組む姿勢を強めている。その一方、産業構造の転換や「ニューエコノミー」の勃興など、中国経済の急速な変容は、中国の就業環境に大きな変化をもたらしている。特に足元では、伝統にとらわれない新たな就業形態が広がりつつある。

本稿では、2000年代以降の中国の就業環境の変化を概観するとともに、新たな就業形態としての「フレキシブルワーク」(中国語で「霊活就業」)を巡る状況から、中国の労働市場が抱える課題について考察する。

サービス産業化の進展により、雇用吸収力は増大

「就業(注1)は民生上の問題であるだけでなく、発展の問題でもある」。2022年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)第5回会議閉幕日の記者会見で、李克強首相が語った言葉だ。李首相は「就業が十分に確保されれば、中国経済の潜在成長率は実現可能だ。新型コロナウイルス感染の影響が厳しかった2020年において、(中国は)GDP成長率に関する目標を設定しなかったが、都市部の新規就業者数を900万人以上とする明確な指標を定めた。結果として同年は1,100万人以上(1,186万人)の新規就業を実現し、プラス成長(2.2%)を実現した」と発言した(注2)。中国政府が就業機会の確保を何よりも重視しつつ、就業目標の達成が直接的にマクロの成長率確保(発展)にも寄与する、と捉えていることがうかがえる。

中国の実質GDP成長率と都市部新規就業者数の推移をみると、2000年代と2010年代以降で、両者の関係性が変化していることが読み取れる(図1参照)。

図1:中国の実質GDP成長率と都市部新規就業者数の推移
2000年代は新規就業者数800~900万人を達成するには、8%以上のGDP成長率が必要と認識されており、GDP成長率が上昇すれば就業者数が増加する関係性であった。しかし、2010年代に入ると、成長率は低下する一方で、就業者数は緩やかに増加を続けてきている。

出所:CEIC、人力資源社会保障事業発展統計公報、労働社会保障事業発展統計公報各年版からジェトロ作成

2000年代の中国では、「保八」という言葉が広く用いられていた。8%の実質GDP成長率を確保する、という意味である。8%の成長率は、社会の安定を維持するべく、当時中国政府が目標としていた800万~900万人の都市部の新規就業者を生み出すために必要な成長率として割り出されたものだった。

しかし、中国の産業構造の転換は、こうした伝統的な成長率と就業者数との関係性を変化させていった。新型コロナによる経済の落ち込みの反動があった2021年(8.1%)を除き、2012年以降、中国の成長率は一貫して8%を下回り、かつ低下傾向をたどってきた。その一方、新規就業者数はむしろ緩やかに増加傾向を維持し、2017~2019年には約1,350万人を上回る水準に達した。コロナ禍前の2019年の実質GDP成長率1ポイント当たりの新規就業者数は225万3,000人と、2001年(95万1,000人)の約2.4倍に達している。

成長率1ポイント当たりの新規就業者数増加の背景には、中国経済のサービス産業化の進展がある。中国がWTOに加盟した2001年の名目GDPに占める第3次産業の比率は41.2%であったが、2021年には53.3%と経済全体の過半を占めている。一般に、第3次産業は第2次産業よりも雇用吸収力が大きいとされており、第3次産業の比率の増大を通じ、成長が鈍化するなかでも、中国全体の雇用吸収力はむしろ高まってきた。

就業者数を産業別でみると、2001年においては第1次産業の比率が50.0%と、就業者の2人に1人は農村部を中心とする第1次産業分野の労働力であった(図2参照)。その後、第1次産業の比率は急速に低下、2020年の比率は23.6%と2001年の半分以下の水準となった。一方、第2次産業の比率は徐々に拡大したが、2012年(30.4%)をピークに緩やかに低下している。就業者を最も多く吸収しているのが第3次産業である。2020年の比率は2001年比で20ポイント上昇した。第3次産業の就業者数を絶対数でみても、2001年の2億165万人から2020年には3億5,806万人へと、過去20年間で日本の総人口を上回る1億5,000万人以上の新規就業を第3次産業が吸収している。

図2:中国の就業者数と各産業別比率の推移
2001年には就業者数の2人に1人は第1次産業であったが、その比率は年々低下、2020年には半減以下の23.6%となっている。第2次産業の比率は、2012年の30.4%をピークに低下、2020年には28.7%となっている。一方の第3次産業の比率は年々拡大し、2020年には47.7%に達している。第3次産業が中国の就業機会の創出に大きく寄与している。

注:2022年3月末時点で、2021年の就業者に占める各産業別比率は未発表。
出所:中国統計摘要2021年版、中国統計年鑑2021年版、2021年国民経済と社会発展統計公報からジェトロ作成

拡大するフレキシブルワーク、就業機会の確保に貢献

産業構造の変化に加え、「プラットフォームエコノミー」「シェアリングエコノミー」など、足元で進む中国経済の急速な変容は就業形態にも大きな影響を与えている。

それを象徴するキーワードとして、「フレキシブルワーク(中国語で「霊活就業」)」がある。中国政府の政策文書上ではその定義は必ずしも明確ではないが、北京市政府が発表した文書(注3)では、個人事業主、パートタイム就業者に加え、「新たな形態の就業者」などを指すと定義付けている。「新たな形態の就業者」とは、具体的には電子商取引、オンライン配車、ネットデリバリーなど、新業態プラットフォームを通じて就業する一方、プラットフォーム企業との間で労働関係が構築されていない就業者を指す。国家統計局の寧吉喆局長は2022年1月、2021年における中国のフレキシブルワーカーが約2億人に達したことを明らかにした。実に中国の就業者数(2021年には7億4,652万人)の約4分の1を占める数字だ。寧局長は職種別の就業者数について、デリバリー配達員が400万人超、プラットフォームライブ配信者および関連就業者数が160万人超に達したとしている。

フレキシブルワーカー拡大の背景には、労働市場における需要側と供給側双方のニーズが合致している点がある。2021年12月に人材派遣会社の人瑞人材科技集団や中国人民大学のプロジェクトチームが発表した「中国フレキシブルワーク発展報告(2022)」によると、2021年において中国の61.1%の企業がフレキシブルワーカーを活用しているという。同報告は「デジタル技術やニューエコノミーの発展に伴い、企業の生産活動がマーケットイン型にシフトする中、業務の変動度合いや不確実性が高まっている。企業側はフレキシブルワーカーの活用を通じ、業務の変動に柔軟に対応している」と分析している(「21世紀経済報道」2021年12月29日)。

供給側のニーズも高まっている。全国高等学校学生情報諮詢・就業指導センターの統計によると、2020年と2021年の大学新規卒業者のうち、フレキシブルワークに従事した卒業生の比率はそれぞれ16.9%、16.3%に達しているという(「経済日報」2022年3月23日)。中国では、2022年の大学卒業見込み者数が1,076万人と初めて1,000万人を突破した。卒業生数の増大は、中国が重視する就業機会の確保に向け大きな圧力となるが、フレキシブルワークの増大は、その圧力を緩和する役割を果たしているといえる。

フレキシブルワーカーの権利確保に向け、官民の取り組みがスタート

一方で、フレキシブルワーカーの多くは使用者側との正式な労働関係を有さないなど、既存の雇用者・被雇用者の枠組みとは異なる状況下にある。そのため、業務上事故に遭遇した際などに工傷保険(労災保険)が適用されないなど、既存の法規では就業者の権利が十分保障されない、といった問題が浮上している。就業形態の多様化に伴い、就業者を守るセーフティーネットの再構築が必要となりつつある。

中国政府も、こうした課題を重視。2021年5月の国務院常務会議ではフレキシブルワークを「一般市民が就業し収入増加を目指す重要なチャネル」と位置付け、より一層の支援を行っていく方針を示した。さらに7月には、人力資源社会保障部を含む8部門が「新たな就業形態労働者の労働権利保障の維持保護に関する指導意見」を発表。企業側の関連する就業者に対する権利保護責任の明確化や、公平な就業・報酬・休息・安全・社会保険などの面での制度整備への取り組みを進めるとともに、地方政府に対しても具体的な政策を打ち出し、実施するよう求めている。その後、地方政府レベルでも、意見を踏まえた具体的な施策が次々に発表されている。

フレキシブルワーカーを多く抱える代表格は、プラットフォーム企業である。企業サイドでも、ワーカーの権利保護に向けた取り組みをPRする動きがみられる。中国の食品デリバリー大手の「美団」は2022年3月、「2021年度美団デリバリー配達員の権利保障に関する社会的責任に関する報告」をまとめた。報告では、美団が1日当たり100万人以上の配達員の就業を実現したとしたうえで、最低賃金を下回らない労働報酬ルールの整備、業務上の災害時の保障の改善、配達員にとって無理のない注文分配ルールの制定など、配達員の権利確保に向けた同社の積極的な取り組みを紹介している。

上海交通大学安泰経済管理学院の陸銘特任教授は「フレキシブルワークは長期的なトレンドとなるだろう。伝統的な就業形態を完全に代替するものではなく、労働市場の多様性を促進する動きである」と語る(「中国新聞網」2022年3月2日)。多様で柔軟な働き方の追求を通じた労働市場の多様化は、中国経済の新たな活力にもつながる。足元で増加するフレキシブルワーカーは、活力を支える主な担い手でもあるが、その柔軟さゆえに、ワーカーの権利保護の面などで、政府の政策的かじ取りが難しさを増している側面は否めない。加えて、労働人口が減少局面に入った中国では、持続的な成長を確保していくためには1人当たりの生産性の向上も大きな課題となっている。

時代のトレンドを踏まえた労働市場の多様化・柔軟化を認めつつ、新形態の就業者の権利保護を通じた社会の安定の維持や、生産性の向上を通じた成長の果実の獲得といった「連立方程式」をどのように解いていくか。中国の労働関係制度の一層の「イノベーション」が求められているといえそうだ。


注1:
中国語での「就業」を日本語では「雇用」と訳出する場合も多いが、本稿では、正式な雇用関係を持たないフレキシブルワークの増大を取り上げていることを踏まえ、ほとんどの場面で「就業」と表現している。
注2:
2021年の都市新規就業者数目標は1,100万人以上、実際の就業者数は1,269万人、2022年の目標は1,100万人以上となっている。
注3:
「北京市人力資源社会保障局の多チャンネルでのフレキシブルワーク支持に関する実施弁法」(2020年10月1日施行)において明記されているフレキシブルワークの定義。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課長
中井 邦尚(なかい くにひさ)
1996年、ジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所、ジェトロ・成都事務所長、ジェトロ・香港事務所次長、本部企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)などを経て2021年10月から現職