特集:妥結した日EU・EPAの活用に向けて原産地規則の概要

2018年2月14日

本稿では、日EU経済連携協定(EPA)における原産地規則の概要について、欧州委員会が協定の最終合意に併せて公表した2017年12月現在のテキスト案を基に、主として2016年に署名された環太平洋パートナーシップ(TPP)協定や2015年1月に発効した日オーストラリアEPA(以下、日豪EPA)の原産地規則との相違点を比較しながら解説する。なお、原産地証明において求められる書類や、税関による検認時の詳細な取り決めなど、実際の運用については、今後日本およびEUそれぞれの当局から公表される情報を踏まえて対応する必要がある。なお、特恵原産地規則の基本的な概念や用語の解説については、TPP解説書 原産地規則編PDFファイル(8.7MB) を参照されたい。また文中で示す条文番号は、特段の記載がない限り日EU・EPA原産地規則章の中の規定を指す。

原産地規則の合意内容

日EU・EPAにおける原産地規則の基本的な合意内容について紹介する。

日EU・EPAにおける原産国の考え方を最初に確認する。EUは28カ国(2018年1月現在)で構成される関税同盟であり、域内の『モノの自由移動』が保障されており、域内関税は完全に撤廃されている。EU域外に対しては、域外共通関税制度により、EU加盟国は対外的には等しく関税率を設定している。EUと第三国の間で取引される物品に適用される規定や通関手続き、関税法の範囲や定義などは、関税基本法である「欧州連合関税法典(Union Customs Code:UCC、欧州議会・理事会規則952/2013)」にまとめられている。日EU・EPAにおいて、締約者『Party』とはEUを指す(総則章第2条)と規定されており、EUは協定上一つの国として扱われている。従い、特恵税率を適用する際のモノの原産の考え方も、EU域内で行われた生産工程や調達された原料・材料は全て、本協定においては一つの締約者内での工程とみなされる。つまり、EUから日本に産品が輸出される際、日EU・EPAの特恵は「スペイン産」「ポーランド産」のように個別の加盟国の産品ではなく、「EU産」か否かを判断して適用されることになる。なおTPP協定では、協定上域内を単一の地域(territory of the Party)として扱っている。

次に、日EU・EPAにおける原産性は、(1)完全生産品、(2)原産材料のみから生産される産品、(3)品目別原産地規則(PSR)の三つの基準で判断される(〔X02〕条第1項)。さらにPSRは1.関税分類変更基準、2.付加価値基準、 3.加工工程基準の三つを選択でき、これらの大まかな構造は基本的にTPP協定と同様だ(附属書 I Note1.2)。EPA特恵税率は、この原産地規則に加えて、積送要件(〔X10〕条「変更の禁止」)の二つの条件を満たして初めて適用を受けることができる。

付加価値基準の計算方式については、A 控除方式の域内原産割合(RVC)(注1)もしくはB非原産材料の最大割合(MaxNOM)方式(注2)のいずれかを選択できるようになっており、PSR(附属書 II)を見ると、個別の品目ごとにAとBで異なる閾値(いきち)が設定されているため、輸出時にはいずれか自社の製品にとって有利な方式を選択する。

累積制度について、日EU・EPAでは、原産品の累積と生産行為の累積の両方が利用可能な、いわゆる完全累積制度が採用されている(〔X05〕条第1項、第2項)。生産行為が累積できることで、一方の締約者における付加価値・加工工程を他方の締約者の生産行為とみなすことが認められるため、両締約者で生産される材料を活用して生産・加工を行う業者にとっては関税上の特恵待遇が受けやすくなる。完全累積の採用によって、例えば、日本で生産する完成車にドイツのメーカーから輸入した自動車部品を組み込んでEU向けに輸出する場合に、ドイツ原産の材料のみならず、ドイツで行われた加工工程も含めて、EU向けに輸出する完成車を日本原産と見なすための付加価値にカウントすることが可能になる。

日EU・EPAにおいて完全累積を適用する場合は、最終製品の輸出者が、サプライヤーから附属書 IIIで指定する情報を入手しなければならないと定めている(〔X05〕第4項)。

その他、関税分類変更基準を満たさない場合の救済規定として、TPP協定で規定される僅少の非原産材料(デミニマス)規定と同様の趣旨の「許容範囲」規定がある(〔X06〕条)。これはPSRに規定された関税番号変更基準を満たさない非原産材料でも、当該非原産材料の価額の合計が船積み価額(FOB)もしくは産品の工場出し価額(EXW:Ex-Works)の10%以下である場合は無視できるというものだ。繊維製品については、許容範囲の定義を個別に別途附属書Iの注釈6~8で定めている。また、付加価値基準の救済規定として、ロールアップ(〔X02〕条第3項)のルール(ロールアップの概念についてはTPP解説書PDFファイル(8.7MB)P.22参照)などが設けられている。

なお、個人間の産品輸出について、小口貨物として送付される場合などにおいては、日本からEU向けの500ユーロ以下の小荷物または1,200ユーロ以下の旅行者の手荷物については、原産性の証明は免除され、本協定における日本産品と見なされる。EUから日本への輸入の場合には、10万円以下の荷物が免除対象となる(〔X20〕条第1項、第2項)。

付加価値基準の計算方式

日本がこれまでに締結したEPAの多くでは、控除方式の域内原産割合(RVC)が採用されており、TPPでも四種類の方式によるRVCが採用されているが、日EU・EPAでは同方式と並び「非原産材料の最大割合」(MaxNom)で付加価値基準を判断する計算方式が採用されている。それぞれの違いを簡単に説明する。

協定上、それぞれの計算方式は以下のように定められている(附属書I Note 4.2)。

  1. 控除方式の域内原産割合(RVC)
    (産品の価額(FOB)-非原産材料の価額(VNM)) / 産品の価額(FOB)×100
    ≧ PSRで記載された閾値(いきち) → 原産性が認められる
  2. 非原産材料の最大割合(MaxNom)
    (非原産材料の価額(VNM) / 産品の工場出し価額(EXW)×100
    ≦ PSRで記載された閾値(いきち) → 原産性が認められる

PSRでは個別品目ごとに、AおよびBそれぞれの閾値(いきち)が記載されているが、閾値(いきち)の意味としては、Aでは閾値(いきち)以上の割合であれば原産性を満たすのに対し、Bで原産性を満たすためには、PSRで定める閾値(いきち)以下である必要がある点に留意が必要だ。

品目ごとに規定された実際のPSRを見ると、例えば87類(自動車およびその部分品)の8701項~8707項のRVCは「MaxNom 45% (EXW); or RVC 60% (FOB)」と記載がある。MaxNomの45%は産品内に含まれることが許容される非原産材料の最大割合であるため、同方式を適用する場合、原産材料および締約者での付加価値の合計が最低55%である必要があることになる。この55%とRVCの60%を比較すると、閾値(いきち)は実質上5%緩やかになっている。PSRを見ると、多くの品目でAとBにこのように5%の閾値(いきち)の差が設けられているが、この差異は、それぞれの計算方式で用いられる、母数に当たる価額が異なることによるものだ。上記の計算方式にある通り、Aでは「産品の価額(FOB)」を母数として割合を算出するのに対し、Bでは「産品の工場出し価額(EXW:Ex-Works)」を母数として割合を算出する。EXWでは、FOBでは価額に含まれる、港までの輸送費、保険、輸出国で課される内国税などの通関コストが除外される(附属書 I Note 4.1)。EXWで除外対象となる項目にかかる実際のコストは、工場の立地や産品のサイズなどにより異なることから、付加価値基準を適用して日EU・EPAの特恵税率の適用を受ける場合には、二つの方式を比較して、いずれか自社製品にとって有利な方式を選択できる仕組みになっているわけだ。

原産地の証明および税関による検認

原産地証明制度に関しては、日豪EPA、TPP協定でも採用された、自己申告による自己証明制度が採用された。発効済EPAでは日豪EPA(2015年1月15日発効)が唯一の導入例だが、同EPAでは、日本の締結済みEPAの多くで採用されている第三者証明制度も選択可能だ。これまで日本が締結したEPA/FTAにおける証明制度は表に記載のとおりだ。

日EU・EPAにおける自己証明制度では、「輸出者または生産者の作成する原産地申告書」(附属書 IV)又は「輸入者の知識に基づく申告」により産品が原産品であることを証明する必要がある(〔X16〕条第2項)。

「輸入者の知識」については〔X18〕条で、「産品が原産品であることについての輸入者の知識は、当該産品が原産品であり、この章に規定する要件を満たすことを示す情報に基づくものとする」と規定があることから、基本的に原産性の証明に際して協定上輸出者に求められる義務を輸入者が負うと考えられる。

自己申告制度を利用する場合の日本への輸入時の基本的なフローは、TPPや日豪EPAと同様になると予想されるが、細かい運用については税関による情報の公表を待つ必要がある。日豪EPAにおける運用については、財務省関税局・税関がウェブサイトに掲載している「日豪EPA『自己申告制度』 利用の手引きPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(951KB) 」で参照可能だ。

なお原産品申告書の適用について、日EU・EPAでは、同一の産品について、12カ月を超えない範囲で申告された期間中の複数回の輸送について有効と規定されている(〔X17〕条第5項(b))。これに対し日豪EPAでは、「課税価格が20万円以下の輸入貨物または特例申告貨物を除き、輸入申告の都度提出する必要がある」(「日豪EPA『自己申告制度』 利用の手引き」)。

表:日本のEPA/FTAにおける証明制度(〇あり、―なし)
EPA/FTA 発効時期 第三者証明制度 認定輸出者自己証明制度 自己証明制度
(自己申告制度)
日シンガポール 2002年11月
日メキシコ 2005年4月
日マレーシア 2006年7月
日チリ 2007年9月
日タイ 2007年11月
日インドネシア 2008年7月
日ブルネイ 2008年7月
日ASEAN 2008年12月
日フィリピン 2008年12月
日スイス 2009年9月
日ベトナム 2009年10月
日インド 2011年8月
日ペルー 2012年3月
日オーストラリア 2015年1月
日モンゴル 2016年6月
TPP 署名済(2016年2月)*
日EU 妥結済
注:
米国の脱退後、「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」として現在交渉中
出所:
政府資料を基にジェトロ作成

日EU・EPAでは、日豪EPAと同様、事前教示制度の規定が設けられている(税関手続章第8条)。EUでは関税法典(UCC)第33条において関税分類および原産地規則の事前教示制度の規定があり、制度上は照会から120日以内に回答が得られる原則になっている。原産地規則に関する事前教示制度「拘束的原産情報(Binding Origin Information: BOI)」については、申請に必要な情報はガイダンスPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(693KB) に案内があるが、共通のフォーマットは特に用意されておらず、申請方法(電子申請もしくは郵送による申請かなど)は各国当局に委ねられている。また「拘束的関税分類情報(Binding Tariff Information: BTI)」と同様、EUの事業者登録・識別(EORI)システムでEORI番号を取得している必要がある。各加盟国の申請先PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(369KB) に、フォーマットの有無や申請方法を確認する必要があるが、一部BTIの申請先とは窓口が異なる国もあるため留意されたい。

なお関税分類の事前教示制度については特恵関税活用のための基礎知識を参照されたい。

また、日EU・EPAにおいては、「輸入された産品の原産性、その他この章で定める要件を満たしていることを確認すること」を目的とする検認を輸入者に対して行う(〔X21〕条第1項)とし、必要な場合には、産品の輸入から2年以内の期間中に、輸入国税関は輸出国税関に対して追加情報などを要請できると定めている(〔X22〕条第2項)。本協定においては、EU向けに産品を輸出した日本の輸出者は、EU加盟国税関からの要請を受けた輸出国(日本)の税関から問い合わせがあった場合に対応すれば良いことになる(〔X22〕条第3項)。また本協定では、輸出者が輸出国税関に対して提供した情報のうち、機密性があると見なされたものについては、輸出国税関が輸入締約者に対して送付することは禁じられている(〔X21〕条第3項)。(輸入国税関に対して)特恵関税待遇の申請をした輸出者は、輸出品が前述の小荷物などである場合を除いて、原産地証明に関する記録を最低4年(申請者が輸入者である場合は最低3年)保存する義務を負う(〔X19〕条第1項、第2項)。

そのほか日EU・EPAでは、協定上の「生産行為」と見なされない工程(〔X04〕条)や、原産性の考慮が不要な品目(〔X13〕条)について定めているほか、個別品目では、附属書 IVで自動車および自動車部品の原産地規則についての特別規定を設けている。自動車および自動車部品の特別規定については、協定の着目点とメリットで解説している。


注1:
域内原産割合(RVC)
産品の、域内で付加された価値の最低割合。CPTPP協定では、非原産材料の価額に基づく「控除方式」、原産材料の価額に基づく「積み上げ方式」など4種類が認められているが、日EU・EPAにおいては、控除方式が採用されている。
注2:
非原産材料の最大割合(MaxNOM)方式
非原産材料の最大価額の割合。産品の価額全体に占める非原産材料の割合の最大値を定め、非原産材料の割合がその範囲内に収まっていれば、協定上の原産性が認められる。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
根津 奈緒美(ねづ なおみ)
2007年、ジェトロ入構。2007年4月~2012年6月、産業技術部(当時)地域産業連携課、先端技術交流課などで製造業、バイオ産業分野の地域間交流事業や展示会出展を支援。2012年6月~2013年5月、アジア経済研究所研究人材課。2013年5月~2015年7月、経済産業省通商政策局経済連携課にて関税担当としてFTA交渉に従事。2015年7月より海外調査部欧州ロシアCIS課にてEUなど地域を担当。