知財判例データベース 大きな問題にならない訂正前の表現を、請求の範囲の解釈上の憂慮を払拭させるために訂正したことは訂正要件に違反しないとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(無効審判請求人) vs 被告(特許権者)
事件番号
2019ホ5683登録無効(特)
言い渡し日
2020年01月16日
事件の経過
請求棄却/審決確定

概要

登録時の請求項に記載された「断面積」という表現を「断面」に訂正したことが訂正要件中の1つである「不明確に記載された事項を明確にする場合」に該当するかが争点になった。これについて特許法院は、訂正前の表現(「断面積」)でも発明の内容が把握され大きく問題にならないとすれども、上記の訂正は、請求項の他の記載と符合しないと認められる一応の憂慮を払拭させるために「断面」に訂正したものであるので、「不明確に記載された事項を明確にする場合」に該当すると判断した。

事実関係

被告の特許発明は、携帯用ミスト用アンプル(20)を携帯用ミスト装置に装着するための弾性装着具(100)に関するもので、環状段(110)、傾斜部(130)、気体流入陥入溝(140)などの構成を備えている。登録時の請求項1には「気体流入陥入溝(140)の断面積は、アンプル(20)の内容物の質量によって加えられる圧力より、気体流入陥入溝(140)とアンプルの入口(21)に位置する内容物の表面張力が更に大きくなるように決定されること」という記載がある。上記構成により、携帯用ミスト装置を用いないときにはアンプルの内容物が漏れ出さないようにする。

100アンプル弾性装着具

原告は無効審判を請求し、表面張力は物質固有値なので、気体流入陥入溝の断面積とは関連がなく、内容物の質量によって加えられる圧力より内容物の表面張力が更に大きくなるように気体流入陥入溝の断面積がいかに決定されるかが明細書に記載されていないので、実施可能要件などの記載要件に違反していると主張した。

これに対して被告は、無効審判手続で、請求項1の上記記載を「気体流入陥入溝(140)の断面は、アンプル(20)の内容物の質量によって加えられる圧力による流出力より気体流入陥入溝(140)とアンプルの入口(21)に位置する内容物の表面張力による流出阻止力が更に大きくなるように決定されること」に訂正する訂正請求をした。

これに対して原告は、「断面積」という表現を「断面」に訂正したことは、登録後の訂正が請求の範囲の減縮であるか、不明確に記載された事項を明確にするか、誤記の訂正であるうちのいずれかに該当しなければならないとする訂正要件に違反していると主張した。

判決内容

特許無効審判手続での特許の訂正について、特許法第133条の2第1項は、特許法第136条第1項各号のいずれかに該当する場合、即ち、「請求の範囲を減縮する場合」、「誤って記載された事項を訂正する場合」または「不明確に記載された事項を明確にする場合」にのみ特許発明の明細書(注1)または図面に対して訂正を請求することができると定めている。

本件特許の明細書の記載内容によれば、気体流入陥入溝(140)はアンプルの毛細管として作動するようになり、このとき、アンプル内容物の質量による圧力により気体流入陥入溝(140)を通じた内容物の流出が発生し得るところ、これを防止するために、気体流入陥入溝(140)とアンプル入口(21)に位置した内容物の表面張力により流出を防止する力が内容物の圧力により流出する力より大きくなるように気体流入陥入溝(140)の断面積を調節しなければならないとするものである。

ところが、気体流入陥入溝の「断面積」が気体流入陥入溝断面の単位長さと互いに連動する関係にあることは当然であるところ、内容物の表面張力により流出を防止する力が内容物の圧力により流出する力より大きくなるように気体流入陥入溝(140)の断面積を調節するという技術的思想は、具体的には、気体流入陥入溝断面の単位長さを調節することによってなされるようになる。また、被告は「断面積」を「断面」に変更する訂正を請求した理由について、「内容物の質量によって加えられる圧力(単位:N/m2)による流出力は、気体流入陥入溝(140)の断面積によって決定され得、内容物の表面張力による流出阻止力は、気体流入陥入溝(140)の断面の周囲の長さによって決定され得る点」に鑑みて、単に「断面積」とのみ表現される場合、請求項1の他の記載との関係から符合しないこともあり得るため、面積及び周囲の長さをいずれも含み得る「断面」という表現に訂正したものであると陳述している。このような点を考慮してみると、たとえ表面張力による流出阻止力が圧力による流出力より大きくなるように気体流入溝の「断面積」を決定するという訂正前の表現がそれ自体で技術的に大きく問題にならない部分であっても(先に述べたとおり、断面の単位長さは断面積と互いに連動して変わるので、表面張力による流出阻止力を断面積で調節するとしても、これが断面の周囲の長さなどと全く連関しないものではない)、表面張力に、より直接的に影響を与える因子である「断面の周囲の長さ」との関係で訂正前の表現である「断面積」が符合しないものと認められることもあり得るという一応の憂慮を払拭させるために、上記「断面積」を「断面」という用語に変更したものであると言えるところ、上記のような訂正は「不明確に記載された事項を明確にする場合」に含まれると判断することが妥当であり、上記のような訂正は訂正前の本件特許発明の明細書に記載された事項の範囲内でなされたものとして、請求の範囲を実質的に拡張するか変更したことに該当すると判断することができない。

専門家からのアドバイス

本判決の事案のように登録時の請求項に記載された「断面積」という表現を「断面」に訂正することは、請求の範囲の減縮という訂正要件を満足しないため、その他の訂正要件を満たしているのかという判断が必要となる。これについて本判決では、上記の訂正が不明確に記載された事項を明確にする場合に該当するか否かが具体的に争われた。

一般的に、出願のための明細書を作成する際には発明の内容に符合する適切な用語と表現を選択すべきであることはいうまでもないが、これに反して明細書に記載された不適切な用語や表現が審査過程で看過され、そのまま登録された場合に、後日、記載要件の違反を無効事由として無効審判が請求されることがある。このような場合、特許権者は無効審判の手続の中で訂正請求をすることが考えられるが、その訂正が請求の範囲の減縮を理由とするものではなく、誤記の訂正である場合か、または不明確に記載された事項を明確にする場合を訂正事由とするときは、その訂正の適法性を十分に検討する必要が出てくる。

本事案において、訂正前の請求項の「断面積」という表現はそれ自体で不明確な記載とは言いにくい側面があったが、これについて特許権者は請求項の他の記載と符合しないものとして認められる憂慮があるという点を十分に説明することにより、審判段階および本判決では、上記の訂正は不明確に記載された事項を明確にする場合という訂正要件に該当する旨の判断を受けることができたといえる。したがって、本判決は、特許登録後に請求項の範囲の訂正をしようとする際に、それが請求の範囲の減縮に該当しない場合、その中でも表現の単純な訂正をしようとするような場合に特に参考となる事例と言えよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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