知財判例データベース 権利範囲確認審判における確認対象発明の説明書に不明確な部分があっても確認対象発明が特定されていると判断した大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告A社 vs 被告B社(特許権者)
事件番号
2017フ2291権利範囲確認(特)
言い渡し日
2020年05月28日
事件の経過
上告棄却/原審確定

概要

大法院は、積極的権利範囲確認審判において、特許権者である被告が、原告が実施しているものとして特定した確認対象発明の説明書において「略」という不明確な用語を使用し、かつ確認対象発明の説明書の記載と一致しない一部の図面があったとしても、確認対象発明の説明書に記載された他の内容と図面を総合的に考慮して確認対象発明が特許発明と対比できる程度に具体的に特定されていると判断し、その上で、確認対象発明が特許発明の構成要素とその有機的結合関係をそのまま含んでいないため利用関係になく権利範囲に属さないとした原審判決を支持した。

事実関係

被告は、発明の名称を「マッサージ装置用二重構造マッサージカップ」とする発明の特許権者であって、原告を相手取って確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するとの趣旨の積極的権利範囲確認審判を請求した。特許審判院は、確認対象発明が第1、4、9項の特許発明とは利用関係にあり、第2、5、8項の特許発明とは利用関係にないことを理由として、第1、4、9項の特許発明に関する部分を認容する審決をした。これに対して原告は、第1、4、9項部分に関する審決の取消しを請求する審決取消訴訟を特許法院に提起した。

特許発明と、被告が特定した確認対象発明とを対比すると、次の通りである。

特許発明の請求項1 確認対象発明
構成要素1 連結チューブを介して負圧源と連通されるニップルを備え、下部が開放された円筒形状の筒体 連結ホースを介して真空ポンプと連結される連結部(112)を備え、下部が開放された円筒形状本体(110)
構成要素2 上記筒体の下端から周方向に延長形成され、少なくとも1つの閉ループ形状からなる皮膚密着部を有する多数の皮膚密着部を含み 円筒形状本体(110)下端に延長されて形成された外部カップ(120)と、上記外部カップ(120)の内側に備えられる内部カップ(130)を含むものの、内部カップは端部に空気出入孔(132a)が溝形態に形成されることによって一部が開放された閉ループ形状であり
構成要素3 上記多数の皮膚密着部は外側から内側が外側より高い位置に設定され、上記多数の皮膚密着部は上記筒体と一体に形成されることを特徴とするマッサージカップ 内部カップ(13)は弾性連結膜(140)により本体と連結され、外部カップ(120)の端部と略同じ高さに形成され、内部カップと外部カップは円筒形状本体と一体に形成されることを特徴とするマッサージ装置用真空カップ
主要図面 部品断面図_1
160: 連結チューブ
181: 筒体
185: ニップル
187a: 第1皮膚密着部
189: 第2皮膚密着部
部品断面図_2
110: 本体
112: 連結部
120: 外部カップ
130: 内部カップ
132a: 空気出入口
140: 弾性連結膜

特許法院は、両発明が負圧源(真空ポンプ)と連通されつつ下部が開放された円筒形状の筒体(本体)を含み(構成要素1)、筒体(本体)の下端から周方向に延長形成されて少なくとも1つは閉ループ形状からなる多数の皮膚密着部(内部カップ、外部カップ)を含み(構成要素2)、多数の皮膚密着部(内部カップ、外部カップ)は筒体(本体)と一体に形成される点(構成要素3)において実質的に同一であり、構成要素1において特許発明の負圧源と連結するためのニップル及び連結チューブと確認対象発明の対応部分である真空ポンプと連結するための連結部は、新たな効果の発生がない周知・慣用技術の付加、削除、変更などの程度に過ぎないため、実質的に同一であると判断した。

一方、構成要素3において「多数の皮膚密着部は外側から内側が外側より高い位置に設定される構成」が争点になったが、これに対応する確認対象発明の構成は、「内部カップ(130)は弾性連結膜(140)により本体と連結され、外部カップ(120)の端部と略同じ高さに形成されること」である。被告は、確認対象発明が皮膚に使用される場合、内部カップが外部カップより高く設定された状態においてマッサージ機能を行うようになるため、確認対象発明は特許発明の構成をそのまま含みながら、その要旨を全部含んでそのまま利用しつつ弾性連結膜の構成を付加したものに過ぎないため、確認対象発明は特許発明の権利範囲に属すると主張した。

しかし、特許法院は、両発明が利用関係にあると言うためには、確認対象発明が特許発明の請求の範囲に記載された各構成要素とその構成要素間の有機的結合関係をそのまま含みつつ、新たな技術的要素を付加する場合でなければならないとしながら、確認対象発明は、特許発明の構成要素とその有機的結合関係をそのまま含んでいるとは言い難いと判断した。具体的には、確認対象発明は、特許発明の争点構成とは異なって内部カップと外部カップを略同じ高さに形成しており、不使用時には内部カップと外部カップが略同じ高さに形成されているが、皮膚に使用される場合には弾性連結膜の作用により皮膚の多様な屈曲に合せて内部カップの端部が外部カップの端部より高い所に位置するようになる。確認対象発明が実施の過程で特許発明と類似の機能・作用をするようになるとしても、両発明の差は、課題解決のための具体的手段において周知・慣用技術の付加・削除・変更などに過ぎずに新たな効果が発生しない程度を外れているとされた。また、確認対象発明が特許発明と均等な発明を利用する場合にも利用関係が成立し得るが、特許発明の上記構成を確認対象発明の対応構成に変更することが当該技術分野の通常の技術者が容易に考え出すことができる場合に該当するとは言い難く、確認対象発明が特許発明と均等な発明を利用する場合に該当するとは言い難いと判断した。

以上により特許法院は、確認対象発明は特許発明と利用関係にあるとは言い難く第1、4、9項の特許発明の権利範囲に属さないと判断した。これに対して被告は、特許法院の判決を不服とし、大法院に上告した。

判決内容

大法院は、上告理由について下記の通り判断することにより、被告の上告を棄却した。

上告理由の第1の点に関し、特許法院で構成要素3の争点について確認対象発明の特定に関する法理誤解または審理不尽により判決に影響を及ぼした誤りがあるかについて、大法院は次の判断基準に従って判断した。

『特許権の権利範囲確認審判を請求するにおいて審判請求の対象になる確認対象発明は、当該特許発明と互いに対比できるだけ具体的に特定されなければならないのみならず、それに先立ち、社会通念上、特許発明の権利範囲に属するかを確認する対象として他のものと区別され得る程度に具体的に特定されなければならない(大法院2011年9月8日言渡2010フ3356判決など参照)。ただし、確認対象発明の説明書に不明確な部分があるか、または説明書の記載と一致しない一部の図面があるとしても、確認対象発明の説明書に記載された他の内容と図面を総合的に考慮して確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するか否かを判断できる場合には、確認対象発明は特定されていると言うべきである(大法院2011年9月8日言渡2010フ3356判決、大法院2010年5月27日言渡2010フ296判決など参照)』

上記判断基準に従い、下記の事情を考慮した上で、確認対象発明は本件特許発明と対比できる程度に具体的に特定されていると言うことができると判断した。

イ.確認対象発明の説明書に「内部カップは外部カップの内側に位置し、内部カップの端部は外部カップの端部と略同じ高さに形成される」と記載し、「略」という不明確な単語を用いている。
ロ.被告は原告の実施製品などに基づいて確認対象発明を特定し、原審は確認対象発明を「不使用時には内部カップと外部カップが略同じ高さに形成されているが、皮膚に使用される場合には、弾性連結膜の作用により皮膚の多様な屈曲に合せて内部カップの端部が外部カップの端部より高い所に位置するように」なると把握した。被告が特定した確認対象発明の説明書に記載された内容と図面に図示された内容を総合してみれば、確認対象発明の内部カップは弾性を有する弾性連結膜を介して円筒形状本体の下部に連結されるため、内部カップが皮膚接触により作用する力の方向に沿って弾性連結膜が折り返され固定されている外部カップの位置と比較して相対的に内部カップが上下することができ、内部カップに作用する力が消えれば、弾性力により内部カップの位置が初期位置に戻るようになり、確認対象発明の内部カップに力が作用しないときは、内部カップと外部カップの端部が同じ高さにあることが分かる。
ハ.確認対象発明の図面のうち、図3の(c)は内部カップが外部カップの上方に位置していると言えるが、確認対象発明の説明書に記載された他の内容と図面に照らしてみると、上記図3の(c)だけにより上記のような技術的内容と異なって確認対象発明が特定されているとは言い難い。

一方、上告理由の第2の点に関し、特許発明と確認対象発明が利用関係にあり、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するか否かについて、大法院は、確認対象発明が特許発明の権利範囲に記載された構成要素と構成要素間の有機的結合関係をそのまま含んでいるとは言い難く、均等な発明を利用している場合に該当すると言うことも難しいとした原審判決を支持した。

専門家からのアドバイス

特許権の権利範囲確認審判においては、その特許発明との対比対象になる確認対象発明を特定することになるが、それは請求の趣旨に関連することからその特定の程度は非常に重要な問題であるといえる。これについて確認対象発明は特許発明と互いに対比できる程度に具体的に特定すべきものとされているものの、確認対象発明の説明書に不明確な部分がある場合や、その説明書の記載と一致しない図面が一部含まれているような場合に、これをどのように判断するかは必ずしも容易であるとは言えない。

こうした場合について、大法院は「確認対象発明の説明書に記載された他の内容と図面を総合的に考慮して確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するか否かを判断できる場合には、確認対象発明は特定されていると言うべきである」とする判断法理を提示してきた。これに従い本判決では、確認対象発明の説明書に「略」という不明確な単語を使用し、かつ確認対象発明の一部の図面が説明書の内容と一致しない部分があったとしても、確認対象発明の説明書に記載された内容と図面に図示された内容を総合的に考慮することにより確認対象発明の技術的内容を把握することができるものとして、確認対象発明は特許発明と対比できる程度に具体的に特定されていると判断した。こうした大法院による本判決は、確認対象発明をどの程度まで特定すべきかについて具体的な事例を示したものとして参考にすることができよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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