知財判例データベース 進歩性が争点となった訂正審判の審決取消訴訟の手続で初めて提出された資料を進歩性判断の根拠と認めることができるかが争われた事例

基本情報

区分
実用
判断主体
大法院
当事者
原告実用新案権者 vs 被告特許庁長
事件番号
2018フ12004登録訂正(実)
言い渡し日
2019年07月25日
事件の経過
破棄差戻し

概要

考案の進歩性が争点となった訂正審判の審決取消訴訟の手続の段階に至って、特許庁長が初めて提出した資料は、訂正審判の手続で提出された先行考案を補充して出願当時の周知慣用技術を証明するためのものである場合、あるいは先行考案の記載を補充又は裏付けるものに過ぎない場合であると認められれば進歩性判断の根拠とすることができる。一方、提出された資料が新たな公知技術に関するものであれば進歩性判断の根拠とすることはできない。"

事実関係

対象考案は「Hall IC駆動用遮蔽磁石が備えられた携帯電話ケース」に関する実用新案登録第470862号である。対象考案は、携帯電話の前面、後面及び側面を取り囲む携帯電話ケース(10)において、携帯電話に内蔵されたHall IC(110)に対応する携帯電話ケースの前面部(12)の地点に、永久磁石(22)及びヨーク(24)で構成された遮蔽磁石(20)を内蔵する。遮蔽磁石(20)が携帯電話の前面側に位置する場合(図6aの状態)には、Hall IC(110)に磁力信号を提供し、携帯電話ケースを後方に折り返し遮蔽磁石(20)が携帯電話の後面側に位置する場合(図6bの状態)には、ヨーク(24)によって磁力信号を減少させてHall ICの誤作動を防止することを特徴とする。

<対象考案の主要図面>
<対象考案は、携帯電話の前面、後面及び側面を取り囲む携帯電話ケースにおいて、携帯電話に内蔵されたHall ICに対応する携帯電話ケースの前面部の地点に、永久磁石及びヨークで構成された遮蔽磁石を内蔵する。

主引用考案である先行考案1は、携帯電話に内蔵されたHallセンサ(60)に対応する携帯電話ケース(200)の位置に磁石(220)を含む構成を開示している。ただし、先行考案1は携帯電話のケースが後方に折り返される構造ではないという点で対象考案と差があり(「差異1」)、また、先行考案1の磁石(220)には遮蔽の役割をするヨークがないという差がある(「差異2」)。差異1に関連し、後方に折り返される携帯電話ケースに関する先行考案3が提出され、差異2に関連し、電子部品の誤作動を防止するために遮蔽機能を持つヨークを有する磁石に関する先行考案2が提出された(先行考案2は携帯電話ケースに関するものではない)。

<先行考案1> <先行考案2> <先行考案3>
先行考案1は、携帯電話に内蔵されたHallセンサに対応する携帯電話ケースの位置に磁石を含む構成を開示している。対象考案との差は、後方に折り返される構造ではないと点と、先行考案1の磁石には遮蔽の役割をするヨークがない 先行考案3は,後方に折り返される携帯電話ケースに関する考案 先行考案2は、電子部品の誤作動を防止するために遮蔽機能を持つヨークを有する磁石に関する考案

まず特許審判院は、対象考案が先行考案1~3の結合により進歩性が否定されると判断した。これに対し、審決取消訴訟の手続では、被告(特許庁長)は先行考案1~3により進歩性が否定されるという主張は維持したまま多数の資料を追加で提出したが、その中には携帯電話ケースに磁石及び磁石遮蔽板を設置する様子が示されているユーチューブ動画(乙第9号証)があった。特許法院は、下記の通り対象考案の進歩性を否定しながら、乙第9号証を判断の根拠とすることができると判示した。

特許法院の判断:

先行考案2の記載内容によると、先行考案2のヨークを装着した遮蔽磁石は「磁力の強度を弱化させる必要がある時に使用」することができ、「磁力によってその機能に誤作動が予想される電気・電子部品の保護においてこれを遮蔽」するのに使用できることが分かる。

また、2012年7月22日にユーチューブに掲示された動画(乙第9号証)には、ネクサス7の携帯電話ケースに磁石及び磁石遮蔽板を設置する様子が示されている事実を認めることができる。

これを総合すれば、当業者が先行考案2のヨークを、電子製品に該当する先行考案1のHall ICが装着された携帯電話ケースに結合することは容易であると見なすのが妥当であり、特定方向への磁力を遮断するために磁石の一側にヨーク又は遮蔽板を設ける先行考案2の構成を先行考案1に適用するにおいて携帯電話が接する面に磁石が来るように配置し、背面にヨークを設けるということは当業者に自明である。

一方、乙第9号証は、本件第1項の考案の出願当時、電子製品に内蔵された磁石の磁力が電子製品に及ぼす影響を最小化するために遮蔽板を使用することがこの技術分野で広く用いられていたという事実を認める証拠として提出されたものに過ぎず、訂正後の本件第1項の考案の進歩性を否定する証拠として提出されたものとはいえないので、(乙第9号証を進歩性を判断する証拠として採択できないとする)原告の主張は受け入れられない。

これに対して、原告は上告を提起した。

判決内容

訂正審判やその審決取消訴訟において、訂正意見提出通知書を通じ審判請求人に意見書提出の機会を付与していない事由を挙げて、訂正審判請求を棄却する審決をし、又は審決取消請求を棄却することは違法である(大法院2007年4月27日言渡2006フ2660判決、大法院2012年7月12日言渡2011フ934判決など参照)。特に、訂正審判を棄却する理由が先行考案によって考案の進歩性が否定されるという趣旨であれば、特許庁長が取消訴訟手続に至って初めて提出した資料は、先行考案を補充して出願当時にその考案と同一の技術分野で広く知られていた周知慣用技術を証明するためのものであるか、あるいは訂正意見提出通知書に記載された先行考案の記載を補充又は裏付けるものに過ぎない場合であると認められれば判断の根拠とすることができる。

先行考案1~3の内容にこれらを結合する動機や暗示が示されておらず、かつ電子製品の部品において遮蔽板又はヨークを使用した磁力遮蔽技術が示されている乙第3~5号証の各記載だけでは、当業者が永久磁石とヨークを一体化した遮蔽磁石を携帯電話ケースに極めて容易に適用できるとはいい難い。

原審は、被告(特許庁長)が原審で初めて提出した、本件出願前にユーチューブに掲示された動画(乙第9号証)を周知慣用技術に関する証拠と見なして進歩性否定の根拠とした。しかし、上記動画は、Hall IC内蔵の携帯電話を対象に、先行考案3のような携帯電話ケースの前面部に永久磁石を付着し、これを後方に折り返した時に永久磁石に対応する位置に遮蔽板を付着して、いわゆる「スマートケース」を作る過程を含んでいるところ、これは新たな公知技術に関するものに過ぎず、訂正審判請求の棄却の根拠となった先行考案を補充する趣旨の周知慣用技術に関する証拠であるとか、訂正意見提出通知書に記載された先行考案の記載を補充又は裏付けるものに過ぎないということは難しい。従って、これを審決の当否を判断する根拠とすることはできない。

専門家からのアドバイス

無効審判のような当事者系事件とは異なり、拒絶決定不服審判や訂正審判のような決定系事件の審決取消訴訟の手続では、進歩性否定の根拠として新たな公知技術を提出することができないことは韓国の法院で確立している法理であるため、本大法院判決で説示された法理自体は新たなものではない。

それよりも本大法院判決において注目すべき点は、乙第9号証(ユーチューブ動画)に対する法的評価について大法院の判断と特許法院の判断とが異なった部分であろう。まず特許法院は、対象考案が先行考案1~3の結合によって進歩性が否定されると判断し、乙第9号証については、出願当時の周知慣用技術の証拠として提出されたものに過ぎないことから進歩性判断の根拠とすることができると判断した。一方、大法院は、乙第9号証が周知慣用技術の証拠として提出されたものではなく、事実上新たな公知技術として提出されたものであると判断した。このように判断された理由については、判決文中に文言としては明示されていないものの、大法院は、先行考案1~3に基づく場合には、これらを結合する動機や暗示が示されていない等の理由から対象考案の進歩性を否定するのは困難であるのに、もし乙第9号証(ユーチューブ動画)を加えて初めて進歩性が否定されるといえるのならば、これは新たな公知技術といわざるを得ないと判断したものと理解される。

決定系審決取消訴訟の手続において、被告(特許庁長)が周知慣用技術の証拠としながら審判手続で提出されなかった資料を新たに提出することは訴訟実務上しばしばある。こうした場合、出願人又は特許権者は、本大法院の判決を参考にしながら、提出された資料が本当に周知慣用技術の証拠として提出されたといえるものなのか、あるいは周知慣用技術というのは名目に過ぎず事実上新たな公知技術として提出されたものなのかを十分に区別して弁論することが必要となろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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