知財判例データベース 実施契約締結後に特許権の無効が確定しても、無効確定前の未支払実施料の請求は権利濫用に該当せず認められるとされた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A社(特許権者) vs 被告 B社
事件番号
2018ダ287362損害賠償
言い渡し日
2019年04月25日
事件の経過
確定

概要

特許発明の実施契約の締結後に特許の無効が確定しても、特許発明の実施契約が根本的に履行不能状態にあったり、その他特許発明の実施契約自体に別途の無効事由があったりしない限り、特許権者は原則的に特許発明の実施契約が有効に存在する期間の間の実施料の支払いを請求できる。

事実関係

原告と被告は、原告が発明に基づいて製造及び供給する壁体埋込型受電箱を被告が販売するという内容の販売代理店契約を、2005年~2007年頃に締結した。その後、2011年7月頃から被告は、原告の発明に基づいた壁体埋込型受電箱を直接生産し、原告の代表理事であるCに、2014年3月5日まで毎月650万ウォンの支払いを始めた。原告は被告に2014年5月21日に「被告が2014年3月以降の実施料を支払っていないので、本件特許発明に関する通常実施権許諾契約を解約する」という内容の通知をし、この通知は同日付で被告に届いた。

続いて、2014年6月16日に原告は被告を相手取って本件特許侵害差止及び損害賠償請求の訴えを提起した。被告は、通常実施権許諾の経緯と条件について争ったが、1審法院は、原告と被告が2011年6月頃に「原告が被告から月650万ウォンの実施料の支払いを受ける条件で被告に本件発明に関する通常実施権を許諾する内容」の約定を締結したことが推認できると判断し、侵害行為差止請求を認めたが、損害賠償請求については2014年3月1日から2014年5月21日までの期間の部分については認めずに、2014年5月22日からの期間の部分についてのみ認めた。この1審判決に対し原告と被告の双方が控訴した。

本件控訴審である2審が進行中の2015年12月9日に、被告は、原告の特許に対して無効審判を請求し、特許審判院では請求棄却の審決を受けたが、その後、特許法院では進歩性が否定されるという理由により無効判決を受けた。これについて原告は大法院に上告したが、2018年8月30日に上告棄却判決が出され、特許の無効が確定した。

本件2審において、原告は被告に対し、通常実施権の口頭約定で定めた実施料のうち、2014年3月1日から口頭約定解約日の2014年5月21日までの未支払分を支払う義務があることを主張した。これに対して被告は、口頭約定があったとしても、本件特許発明の無効が確定することによって原告は被告に対して実施料の支払いは請求できず、本件特許発明の無効確定にもかかわらず原告が被告に対して実施料を請求することは権利濫用に該当する旨の抗弁をした。2審法院は、1審判決と同じように、原告と被告が2011年6月頃に通常実施権の口頭約定を締結したことが推認できると判断した上で、被告の抗弁を排斥した。具体的には、権利濫用の抗弁を排斥する根拠として、(1)特許権実施契約の目的である給付内容は本質的に不作為義務なので、特許無効の遡及効にもかかわらず根本的な履行不能状態にあると言えない点、(2)被告は口頭約定によって第三者を排除して本件発明を実施する利益を得た点、(3)特許権は国家により付与されて一定の存続期間を有し、事後的に常に無効になり得るという点、(4)特許権実施契約は特許権実施以外に関連技術やノウハウの提供等も含まれている点、(5)特許権実施契約は継続的契約関係に該当する点等を挙げた。被告は上記の2審判決を不服として大法院に上告した。

大法院では2審法院の判断を支持し、次の通り判断した。

判決内容

大法院は、特許発明の実施契約の締結後に特許の無効が確定したとしても、特許発明の実施契約が根本的に履行不能状態にあったり、その他特許発明の実施契約自体に別途の無効事由があったりしない限り、特許権者は原則的に特許発明の実施契約が有効に存在する期間の間の実施料の支払いを請求できると判断し、その理由として下記を挙げた。

「特許の無効が確定すれば、特許権は、特許法第133条第1項第4号の場合を除いては、初めからなかったものとみなされる(特許法第133条第3項)。しかし、特許発明の実施契約が締結された後、契約の対象である特許権の無効が確定した場合に、その特許発明の実施契約が契約締結時から無効となるかは、特許権の効力とは別個に判断すべきである。特許発明の実施契約を締結すれば、特許権者は実施権者の特許発明の実施に対して特許権侵害による損害賠償やその差止等を請求することができないが、特許の無効が確定する前は特許権の独占的・排他的効力によって第三者の特許発明の実施を差し止めることができる。このような点に鑑み、特許発明の実施契約の目的となった特許発明の実施が不可能な場合でなければ、特許無効の遡及効にもかかわらず、その特許を対象として締結された特許発明の実施契約がその契約の締結当時から根本的に履行不能状態にあったと言うことはできず、特許無効が確定したら、その時から特許発明の実施契約は履行不能状態に陥ると言うべきである(大法院2014年11月13日言渡2012ダ42666、42673判決等参照)」

上記のような法理に従って、大法院は、本件特許発明の無効が確定したという事情だけで本件約定が根本的に履行不能状態にあったとは言えず、本件約定自体に別途の無効事由があったと言うに値する事情もないので、原告の未支払実施料の請求は権利濫用に該当せず、被告は未支払実施料を支払う義務があると判断した。

専門家からのアドバイス

本判決でも言及されているように、従前の大法院判決として2014年11月13日言渡2012ダ42666、42673判決がある。これらの判決において大法院は、特許発明の実施契約の締結後に契約対象である特許の無効が確定した場合に、特許権者が実施権者から既に支払いを受けた特許実施料のうち、特許発明の実施契約が有効に存在していた期間に対応する部分を不当利得として返還する義務があるかについて判断をした結果、特許発明の実施契約が根本的に履行不能状態にある場合や、その他特許発明の実施契約自体に別途の無効事由がある場合を除いて、不当利得返還義務はないと判示している。

今回の大法院の判決は、こうした従前の大法院判決の法理を採用した上で、特許発明の無効が確定した場合に遡及的に特許権がなかったものとみなされたとしても、その特許発明の実施契約が有効に存在していた期間は根本的に履行不能状態となったとは言えない旨を再確認している。その上で、本判決は、特許発明の実施契約について未支払実施料がある場合には、それに対する請求も可能であると判断したものであって、これにより特許発明の保護を明確にしたものであるといえよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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