知財判例データベース 条約当事国の登録商標に類似する商標を正当な理由なく登録出願した場合に、 正当な理由の存否が争点となり、その登録が取り消された事例

基本情報

区分
商標
判断主体
特許法院
当事者
原告 A(商標権者) vs 被告 日本国B社
事件番号
2018ホ9091
言い渡し日
2019年05月16日
事件の経過
確定

概要

特許法院は、原告Aの登録商標「下に黒い縁取りで白抜きのATOMSの文字、上に青い縁取りで白抜きのAの文字 」(以下「本件登録商標」という)は日本の被告B社が条約当事国である日本で先登録した商標「下に黒色のATOMSの文字、上に黒い縁取りで白抜きのAの文字 」(以下「先登録商標」という)と類似し、かつ、原告は本件登録商標の出願当時に「条約当事国に登録された商標又はこれと類似の商標に関する権利を有する者の代理人又は代表者」に該当し、さらに、被告が原告の商標出願に同意したとは認められず、原告の商標出願に正当な理由があるとも認め難いことから、旧商標法第73条第1項第7号の要件をいずれも満たすのでその登録が取り消されるべきであると判断した。

事実関係

被告は、2012年6月12日、日本特許庁に標章の構成を「下に黒色のATOMSの文字、上に黒い縁取りで白抜きのAの文字 」とし、指定商品を「運動用具」とする商標登録出願をした。被告の先登録商標は2013年4月5日付で日本商標登録第5571102号として登録された。

原告は、2013年5月28日、韓国特許庁に標章の構成を「下に黒い縁取りで白抜きのATOMSの文字、上に青い縁取りで白抜きのAの文字 」とし、指定商品を「野球グローブ」等とする商標登録出願をした。原告の本件登録商標は2014年6月24日付で商標登録第1044345号として登録された。

判決内容

(1)関連法理

旧商標法第73条第1項第7号は、商標法第23条第1項第3号本文(注1) に該当する場合を商標登録の取消事由とする旨を定めている。その中で「正当な理由」がある場合とは、必ずしも商標に関する権利を有する者が代理人等の商標出願に明示的に同意した場合に限るものではなく、黙示的に同意した場合はもちろん、商標に関する権利を有する者が韓国で当該商標を放棄し又は権利を取得する意思がないと信じさせた場合のように、代理人等が当該商標又はこれと類似の商標を出願しても公正な国際取引秩序を損なわないと認められる場合を含む。

(注1)「条約当事国に登録された商標又はこれと類似の商標であって、その商標に関する権利を有する者の代理人若しくは代表者又は商標登録出願日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者が、その商品に関する権利を有する者の同意を受けない等の正当な事由がないのに、その商標の指定商品と同一・類似の商品を指定商品として商標登録出願をした場合」

(2)具体的判断

  1. 先登録商標は本件登録商標の出願日前に条約当事国である日本で登録され、本件登録商標と先登録商標は外観、称呼、観念が互いに同一・類似であり、その両者の指定商品はいずれも「運動用具」に関する商品であるため互いに同一・類似である。
  2. 原告は、本件登録商標の出願当時、「条約当事国に登録された商標又はこれと類似の商標に関する権利を有する者の代理人又は代表者」に該当していた。
  3. 本件登録商標が被告の同意を受けない等の正当な理由なしに出願されたか否か
    1. 先登録商標は、被告B社(又はその代表理事C)が最初に日本でグローブ等の運動用品に使用した標章である。原告Aは、2011年頃、上記Cから野球グローブの製作に関する技術指導を受け、2012年頃、韓国に帰国して「D」という商号の個人事業体の運営を開始した。
    2. 原告の要請により原告と被告との間で先登録商標の使用許諾についての協議が行われ、被告が原告に送った2012年6月8日付Eメールは、被告から原告に先登録商標に関する韓国出願手続の進行を要請する内容となっている。原告は、上記Eメールの内容は被告が原告名義による韓国商標出願手続の進行を要請するものであった旨を主張する。しかし、被告が原告名義で韓国商標出願手続を行わせる特別な事情や動機を記録上見出すことができず、上記Eメール作成後の2012年7月1日頃、被告が先登録商標の権利者として原告からロイヤリティの支払いを受け、原告に日本および韓国での被告の先登録商標の使用を10年間一時的に許諾する内容の本件商標使用契約が締結された事情までを総合してみると、上記Eメールは被告が原告に被告名義による韓国での商標出願手続の進行を要求する内容であったと認めるのがより合理的である。
    3. 原告は、本件商標使用契約の締結後、原告が被告にロイヤリティを支払った事実がない等、上記契約に基づく義務を履行しなかったにもかかわらず、被告が原告にいかなる問題提起もしなかった事情に照らしてみるとき、本件商標使用契約は形式上の契約に過ぎず、実質的な権利・義務が発生する契約ではなかった旨を主張する。しかし数年間本件商標使用契約に基づく権利行使をしなかったという事情だけで、本件商標使用契約が実質的な権利・義務を負担させない形式的な契約に過ぎないと断定することはできない。
    4. 原告は本件登録商標の出願および登録当時、被告に上記出願および登録に関する何らの告知もしたところがない。
    5. 原告および被告は2016年10月21日頃に文字メッセージを互いにやり取りしているが、原告は、上記文字メッセージにおいて被告が「原告に新規ブランドを使用する意思があるのか確認し、本件登録商標を無償で被告に譲渡してほしい」と要請しているため、このような文字メッセージの内容に照らしてみても被告が本件登録商標の出願当時に原告名義による本件登録商標出願および登録手続の履行に同意していたことがわかる旨を主張する。しかし、上記文字メッセージの内容からは原告が主張するような被告の同意の存在事実が認められず、その他にこれを認める証拠がない。
    6. 被告の社員であるFは2017年3月22日に原告にEメールを送ったところ、これについて原告は、上記Eメールで「原告名義で本件登録商標が登録されたのは被告が原告に韓国での登録を許可」したためであると明示しているので、これを通じても原告名義による本件登録商標の韓国商標登録が被告の許諾によるものであったことがわかる旨を主張する。

      上記Eメールの内容に原告が主張する旨の文句が含まれている事実は認められる。しかし、当該Eメール全体の内容に加え、既出の原告と被告間の他のEメール、文字メッセージおよび本件商標権使用許諾契約の各内容を総合してみれば、当該Eメールの該当文句は、被告が原告に原告名義による本件登録商標の出願および登録を許諾した旨の自認陳述とは認めることができない。さらに当該Eメールの該当文句は、被告側が商標権等に関する専門的知識を有していない状況であったことを考慮すると(例えば、商標権に関する専門的知識および理解が不足した状態で、被告社員がインターネット検索を通して得た標準商標使用権契約の内容を用いて本件商標権使用許諾契約書を作成したが、このため合致しない部分、不正確又は不適切な部分が複数箇所存在する)、当該Eメールの該当文句が被告の本来の意図乃至関連事実関係とは異なるように作成された可能性も否定することができない。このような事情であれば、当該Eメール上に該当文句が存在するという事情だけで、被告が原告名義による本件登録商標の出願および登録を許諾したことが認められると断定することはできず、その他にこれを認める証拠がない。

    7. 原告は、被告が原告の本件登録商標出願に同意したことを認めるいかなる客観的証拠も提出することができなかった。
  4. 結局、本件登録商標は旧商標法第73条第1項第7号の要件をいずれも充足するため、上記規定によってその登録が取消されるべきである。

専門家からのアドバイス

本件に適用された韓国商標法の条項は、条約当事国において商標に関する権利を有する者の保護を強化することによって、公正な国際取引秩序の確立に資することを目的とするパリ条約第6条の7の趣旨が反映されたものであり、日本商標法にも同旨の規定がおかれている 。上述したとおり、本件は、代理人等の不正出願における商標登録取消審判において、その商標登録出願に正当な理由があったか争われており、その結果、正当な理由がなかったと判断されている。争われた事実関係及びその経緯等は、正当な理由の存否判断をするに際し参考となろう。

なお、両国の商標法の関連する規定には一部相違点があることに注意されたい。まず、本件で適用された韓国の改正前商標法では、商標登録出願の審査過程で旧商標法第23条第1項第3号本文に該当する場合は情報提供又は異議申立があったときに限って拒絶することができ、これが看過されて登録された場合は取消審判を請求できるように規定していた。その後2016年9月1日施行の改正商標法では、これを商標不登録事由として規定するように改められた(現商標法第34条第1項第21号)。さらに、同号において従来の「代理人又は代表者」という範囲を「共同経営・雇用等契約関係若しくは業務上の取引関係又はその他の関係にあり、若しくはあった者」へと拡大し、従来は取消審判事由であったものを無効審判事由に改正して現在に至っている。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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