知財判例データベース 解決課題の提示と材質及び数値を限定する訂正により一度は進歩性が認められたものの限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じないとして進歩性が否定された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告(被上告人) 個人A外1人(特許権者) vs 被告(上告人) セルバイオテック
事件番号
2016フ564登録無効(特)
言い渡し日
2018年06月28日
事件の経過
破棄差戻し審(2018ホ5488)で原告敗訴確定

概要

出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値にて限定した特許発明は、その課題及び効果が公知となった発明の延長線上にあり、数値限定の有無にのみ差があるだけで、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じないならば、当業者が通常かつ反復的な実験により適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎないため、進歩性が否定される。

事実関係

発明の名称を「セラミック膜分離培養器」とする本件特許(韓国特許第1245208号)に対し無効審判が請求され、特許審判院は特許無効審決をしたところ、特許権者は審決取消訴訟を特許法院に提起すると共に、wall shear stress(注1)を減らすためにセラミック膜フィルタの材質を「ジルコン-チタン」とし、セラミック膜フィルタ内部の繊維(fiber)の内径を3mmに限定する訂正審判を請求した。これに対し、特許法院は訂正された特許請求の範囲を基準に進歩性を再度判断した結果、その進歩性が否定されないと判断して無効審決を取り消す判決(事件番号:2014ホ9208)を下したが、審判請求人はこれを不服として大法院に上告した。

判決内容

本件特許発明は乳酸菌の生産に使用される微生物培養器に関するもので、訂正前の特許請求の範囲は、セラミック膜フィルタ、培地殺菌用膜フィルタ、培養器及び培地製造タンクを含む膜分離培養器であり、セラミック膜フィルタの材質を「ジルコン-アルミニウム又はジルコン-チタン」に限定している。訂正後の特許請求の範囲は、セラミック膜フィルタから発生するwall shear stressを減らすために、セラミック膜フィルタの材質を「ジルコン-チタン」とし、セラミック膜フィルタ内部の繊維(fiber)の内径を3mmに限定したものである。

先行発明1は、乳酸菌を培養するための膜生物反応器に関する発明であり、生産性が落ちる従来の回分式培養器方式を克服するためにセラミック膜を装着して持続的に抑制物質を除去することによって高濃度の乳酸菌を得ようとする発明で、セラミック膜フィルタ、培地殺菌用膜フィルタ、培養器、培地製造タンクの構成が訂正後の請求項1と同一である。

ただし、先行発明1は、訂正後の請求項1の追加限定事項である、「wall shear stressを減らすために膜フィルタの材質をジルコン-チタンとし、セラミック膜フィルタ内部の繊維(fiber)の内径を3mmとする」限定内容がないという点で異なる。

しかし、先行発明5にジルコン-チタン材質のセラミック膜が開示されており、本件出願発明の出願前に微細濾過分野で一般に使用されるセラミック膜材質としてはアルミナ、ジルコニア、チタニアなどが知られていた。

特許権者は訂正後の特許請求の範囲に基づいて、本件特許発明がセラミック膜フィルタから発生するwall shear stressを減少させるために膜フィルタの材質としてジルコン-チタンを選択し、膜フィルタ内部のfiberの内径を調節することに特徴があるが、このような技術的特徴が先行技術に示されていないと主張して、追加実験結果(甲第11号証)を提出し、ジルコン-チタン材質のセラミック膜が他の材質のセラミック膜に比べて表面粗さなどの差によりwall shear stressを減少させる効果があり、そのような理由で乳酸菌生存率の面で有利な顕著な効果を奏すると主張した。

特許法院は特許権者の主張をほぼ受け入れて、wall shear stressを減少させようとすることが当該技術分野で当業者が一般に追求した技術的課題でもなく、wall shear stressを減少させるためにジルコン-チタンを膜フィルタの素材として採用することが技術常識又は周知慣用技術に該当するとも言えないとして進歩性を認めた。

しかし、大法院は、「wall shear stressを減らすために膜フィルタの材質として『ジルコン-チタン』を選択したことについて、本件特許明細書でセラミック膜の材質としてジルコン-チタンを選択したことと内壁摩擦力との関係に関して何ら記載がなく、特に特許権者が追加で提出した実験結果(甲第11号証)は実験条件と内容が客観的であると言い難いとしながら排斥し、他に根拠もないのでセラミック膜の材質差によって特許権者が主張する作用効果の差が発生すると断定できない」と判断した。

また、セラミック膜フィルタ内部の繊維(fiber)の内径を3mmに限定した構成については、特許権者が、従来の膜の繊維の内径が0.3~1mmと狭いため内壁摩擦力が増加する短所があることを主張したが、大法院は、従来の膜は多様な形態に加工できることから、その繊維の内径が0.3~1mmを超えられない技術的限界などがあるとは言い難く、本件訂正請求項1のように3mmに限定された内径の数値を採択する場合に、これを逸脱した数値に比べてさらに優れた効果が奏されるという記載もなく、従来のセラミック膜製品の内部繊維の内径が2.5mm及び3.5mmであり(乙第10号証の1:セラミック膜製品に関するカタログ)、特許権者が提出した実験資料(甲第11号証)で用いられた繊維の内径は訂正後の特許請求項の3mmではなく3.5mmであることを指摘した。従って、セラミック膜の繊維の内径を3mmに限定したことは、数値の前後で顕著な効果の差が生じると言える根拠がないので、上記のような数値範囲は、当業者の通常かつ反復的な実験により適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎないとした。

また、従来の先行技術はいずれも分離膜が詰まらないようにする目的を達成するためのもので、分離膜が詰まらず流体が円滑に流れれば、それによりwall shear stressの減少効果を達成することが困難でない。従って、訂正後の本件特許発明は、先行発明1に基づいて先行発明5及び乙第10号証の1を結合して容易に発明できると判示された。

専門家からのアドバイス

多様な論議がありはするが、一般に請求項の構成成分を数値で限定した場合、講学上数値限定発明と言い、その中で解決課題及び効果が先行技術と同一の延長線上にあって、ただ数値限定においてのみ先行発明と区別される場合には、「限定された数値範囲の内外で臨界的効果の差」がなければ進歩性が認めらないというのが、これまでの大法院判例の一貫した態度である。

本件の場合、特許権者は、従来の先行技術との差として「wall shear stressの減少」が本件発明特有の解決課題であると主張し、構成の差として膜繊維の内径における数値限定以外にも膜フィルタの材質を「ジルコン-チタン」としたことを本件発明の構成として主張した。特許法院はこのような主張を受け入れたが、大法院は、本発明特有の解決課題が先行技術から導き出されると判断し、膜フィルタの材質も従来よく知られていたものから選択可能であるとし、先行技術と区別される特徴が数値限定にのみあると判断して従来どおりの判断基準に従って進歩性を否定したのである。

大法院が特許法院の結論を覆した根本的な理由の1つは、特許権者がwall shear stressの減少と膜フィルタ材質との相関関係について十分に立証できなかったことにあると言える。特に、wall shear stressの減少と膜フィルタ材質との相関関係について特許明細書に裏付ける記載がなく、特許権者が追加で提出した実験結果(甲第11号証)も実験条件と内容の不適切性を理由として排斥されながら、数値限定以外の構成上の差が認められなかった。

特許権者としては、出願後の事後的な対応だけにとどまらず明細書を作成する段階からも、発明の進歩性の存在を明確に立証できるに足る実験条件と内容について深い思慮が必要であると思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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