知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)続・特許技術の独占はどこまで許されるか?

2015年10月14日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.85)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所副所長 笹野秀生(特許庁出向者)

本稿では、前回に引き続き特許と独占規制の関係を取り上げます。特にIT分野では、自社の特許技術を標準化して普及を図る場合が良く見られますが、標準化された特許権を通常の権利と同様に行使すると、公正な競争を阻害することが懸念されます。この問題に関連し、2015年8月に、公正取引委員会(以下「公取委」)が技術標準に係る特許権の行使に関して注目すべき議決を行いましたので、紹介します。

技術標準とFRAND約定

例えば、新技術を搭載したスマートフォン等の製品を市場に出そうとする場合、メーカー間の互換性を確保するために、標準化機構等で技術標準を定めるのが一般的です(デジュール標準)。また、ある企業が先行して新商品を市場に出している場合などには、その企業が採用している技術が事実上の標準(デファクト標準)となる場合もあります。
これらの標準となった技術が、その分野の製品を製造するのに必須な特許となっている場合、他社はライセンスが無いと技術を用いることができません。そこで、特にデジュール標準の場合には、特許技術を標準化する際に、他者に対して合理的かつ非差別的にライセンスするという約定(FRAND約定)を行い、参入障壁を低くすることが良く行われています。しかし、FRAND約定を行った特許であっても、ライセンス時に差別的な条件が設けられる場合があり、しばしば問題が生じています。
韓国では、このような問題に対処するため、公取委が2014年12月17日に「知的財産権の不当な行使に対する審査指針」を改訂し、標準特許の権利濫用が無いかを審査することとしています。

公取委の同意議決の概要

1.議決の背景

米マイクロソフト社(MS)は、2013年11月にフィンランドNokia社の携帯電話機事業を買収する契約を締結し、携帯電話(スマートフォン)事業に進出する意思を示しました。この買収に伴い、MSはNokiaの携帯電話関連特許を多数取得しましたが、この中には第三者が既に利用している標準に関する特許も含まれており、韓国スマートフォンメーカーの事業への影響が懸念される状況となりました。
今回の議決は、MSが特許権濫用への懸念を払拭するために、2014年8月27日に自ら提出した是正案を、公取委が修正・補完をして最終的に確定するという「同意議決」という形で行われたものです。

2.標準必須特許に関する同意議決の内容

標準化機構で採択されてデジュール標準となっている特許(標準必須特許)については、(1)FRAND約定を常に順守、(2)韓国に本社をおく企業に対して韓国内外で販売差止・輸入禁止訴訟を提起しない、(3)標準必須特許をライセンスするのと引き換えに相手方が保有する特許のライセンスを要求することを禁止、(4)標準必須特許を第三者に譲渡する場合、譲受人が上記(1)~(3)に同意し、再譲渡する場合にも同条件を再譲受人に要求することに同意しない限り、標準必須特許を譲渡しない、という内容が含まれています。

3.非標準必須特許に関する同意議決の内容

今回の同意議決で注目されるのは、MSが保有する特許のうち、デジュール標準ではないものの、他の技術への回避や代替が事実上不可能な中核技術に関する特許(非標準必須特許)に関する取り扱いについても議決に含まれるということでしょう。議決では明記されていませんが、上記特許技術はデファクト標準であると言えると思います。
非標準必須特許については、(1)既にライセンスしているものは引き続き提供、(2)ライセンス料は現行水準以下にする、(3)クロスライセンスを行う場合は相手方の特許の価値に応じて適切にライセンス料を減額する、(4)今後5年間は当該特許を譲渡しないこと、同意議決から5年経過後に譲渡する場合であっても、上記条件を譲受人及び再譲受人にも約定させる、(5)韓国国内外で販売差止め及び輸入禁止は韓国に本社をおく企業に対して請求しない、という内容が含まれています。
ただし、上記(5)については相手方がライセンス交渉に誠実に臨まないと判断される場合は、除外されるとなっており、標準必須特許の場合との違いになっています。

デジュール標準は、標準化によるメリットを得ており、特許権の行使が制限されることに合理性はありますが、デファクト標準の場合は企業努力により代替不能な中核技術の地位を得た場合が多く、その特許権行使に制限を設けることには慎重な意見もあります。
今回の議決で、公取委がどの部分を修正・補完したのかは明らかにされていません。しかし、公取委は前述の審査指針の中では、デファクト標準特許も権利濫用有無の審査対象に含めるとしており、今回非標準必須特許とされているデファクト標準特許に関する議決内容には公取委の意図が反映されている可能性が考えられます。公正な競争環境を維持することは消費者保護の観点で重要ですが、特許権の正当な行使を過度に制限しないという視点も重要であり、これからの公取委の議決が注目されるところです。

今月の解説者

日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所
副所長 笹野秀生(特許庁出向者)
95年特許庁入庁。99年に審査官昇任後、情報システム室、審判部審判官、(財)工業所有権協力センター研究員、調整課品質監理室長を経て、2014 年6 月より現職。

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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