知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)サムスンの開放特許動向

2016年07月13日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.94)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所 副所長 笹野 秀生(特許庁出向者)

2015年にサムスンやLGといった韓国大手企業が、自社の保有する特許を数万件単位で中小企業向けに開放すると発表しました。この中でサムスンが開放した特許に着目し、同企業がどのような分野の特許を自社で保持し、どのような分野の特許を他社と共有して行こうとしているのか分析します。

韓国政府の取組(創造経済革新センター)

まず、特許開放の背景にある韓国政府の取組について説明します。
韓国政府は朴クネ政権の主要施策である創造経済の一環として、2014年から全国に設けた「創造経済革新センター」を通じて、「地域創造経済環境の助成と地域経済の発展」というビジョンの実現に向け活動しています。このビジョン実現のため、各センターは大企業との間で1:1の専従支援体系を構築しており、サムスングループは大邱と慶北のセンターで支援を行っています。支援の内容は、共同研究や、事業化に向けたリソース提供等であり、大企業や出捐研究機関が保有する特許の提供もその中に含まれます。政府は大企業の積極的な参加を促すために、特許登録料減免制度等を導入しています。

特許開放の枠組み

特許開放は、創造経済革新センター内に設置される「特許支援窓口(IP Support Zone)」に大企業と共同で特許専門家を配置し、ベンチャー・中小企業向けに、次のサービスを積極的に提供することにより行われています。

  1. 特許共有・マッチングサービス
  2. 特許管理・支援サービス
    1. 特許紛争対応の支援
    2. 特許権利化の支援
    3. 特許情報のDB化・検索システムの提供

基本的には、申請者であるベンチャー・中小企業が希望する特許の提供を申請しますが、特許支援窓口に配置された特許取引専門家がベンチャー・中小企業が必要とする特許を選別し、パッケージ化して提案することも行われています。申請後は、大手企業が提供可否を検討した上で、有償または無償で譲渡するか、実施権を設定するとされています。

特許開放の状況について

2015年6月時点で、LGが52,000件、サムスンが38,000件、現代自動車が1,400件、SKが600件と合計8万件強の特許が有・無償で開放されていましたが、2015年末までにはKT、現代重工業、大宇造船海洋、ポスコが加わり、合計11万件強が開放されており、その中で3万5千件強が無償となっています。
2015年には131の中小・ベンチャー企業が498件の特許の提供を受け、新製品開発や事業化につながる事例も出たとのことです。例えば、(株)ザ・保安という会社がサムスン電子(以下「S電子」等と略記)からセキュリティ関連特許等の提供を受け、既存のセキュリティシステムの改善に適用した事例等が韓国特許庁発行の白書で紹介されています。

サムスンの特許開放について

サムスン(本稿では、特許開放を行っているS電子、Sディスプレイ、S電機、SSDIの特許を分析)は、2015年6月基準で韓国特許を60,514件保有しており、そのうち約63%にあたる38,116件の特許権を開放しています。 その中でも、38,854件と最多の特許保有数を誇るS電子は、2015年6月にその約74%にあたる28,630件の特許を開放しています。その後2015年11月下旬に開放特許を約27,000件と減らし、その全てを無償開放とすると発表していますが、本稿では2015年6月に公表された開放特許情報を分析した結果を紹介します。

グラフ:グループ内企業別の開放/非開放特許

サムスンの開放特許と非開放特許の技術分野の内訳は、「家電機器」、「半導体」、「情報/移動通信」、「ディスプレイ」、「その他」という大きなカテゴリーで見た場合、「その他」の開放割合が低いことが目につきます。また、「家電機器」の開放割合が高いことも特徴的です。

グラフ:大カテゴリー別の開放/非開放特許

以下、カテゴリー別に開放状況を見てみます。

「家電機器」カテゴリー

S電子がほとんどの特許を保有する「家電機器」は開放率86%であり、特許数が多いサブカテゴリーの中で「TV」、「エアコン」はそれぞれ95%、94%が開放されていますが、「光ディスク」、「カメラ」は64%、74%と比較的低い開放率です。

「半導体」カテゴリー

「半導体」は開放率71%であり、中でも「メモリ」は85%が開放されていますが、「製造方法および装置」は20%しか開放されておらず、製造に関する特許は囲い込む傾向が見えます。このカテゴリーでもS電子がほとんどの特許を保有しています。

「情報/移動通信」カテゴリー

「情報/移動通信」は開放率85%であり、中でも「ネットワークシステム」や「携帯電話」が98%、81%と高い開放率を示しているのに対し、「通信システム」は開放率17%と低く、移動体通信技術の標準化戦略に重要な特許が含まれる関係で開放に消極的であることが推測されます。このカテゴリーでもS電子がほとんどの特許を保有しています。

「ディスプレイ」カテゴリー

Sディスプレイがほとんどの特許を保有する「ディスプレイ」は開放率78%であり、全てのサブカテゴリーで開放率が高めですが、「液晶」(72%)より新しい技術領域である「有機EL」(86%)の方が、開放率が高くなっています。ただし、開放特許中の無償開放の割合を見ると、「液晶」(4.5%)の方が「有機EL」(0.2%)よりも高くなっています。

「その他」カテゴリー

「その他」は開放率17%であり、その内訳をみると、「二次電池」、「部品」、「PCB」の順で非開放特許の数が多く、開放率はそれぞれ13%、1%、10%といずれも低い数字です。近年サムスンが力を入れている「医療機器」は開放率56%となっており、ある程度特許を開放する戦略が見て取れます。以下に特許数が合計500件以上のサブカテゴリーに関するグラフを示します。

グラフ:その他分野の主要技術の開放/非開放特許

「二次電池」・「燃料電池」はSSDIが、「部品(カメラや半導体のモジュール、コンデンサ等)」・「PCB(プリント基板)」はS電機が、「放送受信機」・「医療機器」・「ソフトウェア」はS電子がそれぞれ大部分特許を保有しています。SSDI及びS電機は開放率自体も低いですが、無償開放する割合について、比較的開放している二次電池においても全て有償としており、開放特許を全て無償化したS電子とは異なる戦略を取っていることが解ります。

なお、この記事で引用したデータ等は弊所が2015年度に実施した調査に基づいています。該調査の報告書は 弊所HP新しいウィンドウで開きます から参照できます。

今月の解説者

日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所
副所長 笹野秀生(特許庁出向者)
95年特許庁入庁。99年に審査官昇任後、情報システム室、審判部審判官、(財)工業所有権協力センター研究員、調整課品質監理室長を経て、2014年6月より現職。

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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