知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)特許技術の独占はどこまで許されるか?

2015年09月09日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.84)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所 副所長 笹野秀生(特許庁出向者)

特許権はその権利範囲に係る他者の活動を制限することができる強力な独占権ですが、その権利行使も法律に基づく制限を受けることがあります。本稿では韓国におけるこのような特許権等の行使の制限に関する制度や事例を紹介します。

知的財産権法と競争法

特許法に代表される知的財産権法は、発明や創作を奨励し、産業の発達に寄与することを目的とするものです。それに対して、競争法は、企業が市場を独占・寡占することにより公正な競争が阻害されるのを防止することを目的としており、一定の条件の下、特許権等の権利行使を制限する機能をも有しています。
韓国における競争法である「独占規制及び公正取引に関する法律」(以下、「独占規制法」)では、“「著作権法」、「特許法」、「実用新案法」、「デザイン保護法」又は「商標法」に基づく権利の正当な行使であると認められる行為に対しては、適用しない”という規定(同法59条)を設けています。その一方で、2000年から既に「知的財産権の不当な行使に対する審査指針」を設け、一見知的財産権に基づく権利の行使と見られるものであっても、知的財産権制度の趣旨から離れ、「正当な権利の行使と見ることができない」一定の行為は、独占規制法が適用されるようにしています。

独占規制法に基づく特許権行使の制限事例

1.SKテレコム事件

この事件は、韓国のSKテレコムが携帯電話網の中継器に関する自社の特許技術をライセンス契約するに当たり、特許権が無効になっても、ライセンス料の支給等の契約義務は持続するという条件を設けた点が問題になったものです。
公正取引委員会(以下「公取委」)は2011年11月30日の議決において、無効となった特許権の行使をしようとする行為は、特許権の正当な行使とは認められないということで、独占規制法上の不公正取引行為に該当すると判断しました。

2.グラクソ事件

この事件は、英国のグラクソグループリミテッド(以下「グラクソ」)が、韓国の東亜製薬を抗嘔吐剤に関する特許権侵害で提訴した後に和解して訴訟を取り下げ、その後不法な共同行為(薬価のコントロール)を行った疑いで公取委が2011年12月23日に是正命令と共に31億ウォンの課徴金を課す議決を行ったものです。
この事件は、大法院まで争われて、一部上告理由が認められて差し戻されましたが、グラクソの行為が特許権の正当な行使には該当しないため、独占規制法が適用されるという判断は維持されています。その理由としては、(i)特許期間満了日以降も当該医薬品の製造・販売を禁止した点、(ii)特許が製法に係るものであったにも関わらず、別の製法による製造行為まで禁止している点等が挙げられています。

3.クァルコム事件

この事件は、公取委が2009年12月30日に不公正行為の是正命令及び2,731億ウォンという史上最高額の課徴金を課す議決をし、その行政不服訴訟(ソウル高等法院)においても是正命令の一部は違法とされたものの、その他の是正命令及び課徴金命令は維持される判決が出ています(現在上告中)。
米国のクァルコムは携帯電話の通信方式であるCDMA技術の特許技術について、韓国で標準技術として承認を受け、他の事業者に対して合理的かつ非差別的に特許技術をライセンスするという約定(FRAND約定)も行っていました。クァルコムは携帯電話の部品であるモデムチップも自らが製造していましたが、自社のモデムチップを採用した場合と他社のものを採用した場合で、ライセンス料の額に差を設ける等の行為を行いました。これが、他社製品の参入を実質的に阻害した不公正取引行為であると判断されました。公取委の議決では、クァルコムの行為はFRAND約定に反し、標準技術認定及びFRAND約定で技術が普及したことによる恩恵を受けた分を超える過度な利益を上げ、競争会社との競争、並びに消費者及び社会の利益を害したとされています。

4.アップルvsサムスン事件

この事件は、米国のアップルと韓国のサムスン電子の特許紛争において、サムスン電子がFRAND約定をした通信技術の標準技術に関する特許権に基づいて侵害禁止を求めてアップルを提訴したことに対し、アップルが独占規制法違反で公取委に申告を行ったものです。
FRAND約定を行った特許権に基づく侵害禁止請求(差止請求)は欧米においてもライセンシーが誠実にライセンス交渉をしない場合には限定的に認められるとされています。公取委は2014年2月25日の報道資料で、両社の交渉経過でアップルが訴訟を提起することで標準特許に関するライセンス料を引き下げようと意図し、ライセンス料の支払いを留保したこと等を総合的に判断し、サムスン電子の行為は特許権の正当な行使に当たると判断したと発表しています。
公取委は2014年12月17日に「知的財産権の不当な行使に対する審査指針」を改訂し、標準特許に関する取り扱いも詳しく規定しましたが、この運用がどのようになされるかについては、不透明な部分もあり、今後の判断が注目されるところです。

今月の解説者

日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所
副所長 笹野秀生(特許庁出向者)
95年特許庁入庁。99年に審査官昇任後、情報システム室、審判部審判官、(財)工業所有権協力センター研究員、調整課品質監理室長を経て、2014 年6 月より現職。

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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