日本酒GI「山形」取得での欧州での産地ブランド確立へ-出羽桜酒造社長に聞く-
(英国、フランス、スペイン、イタリア、米国)
欧州ロシアCIS課
2018年03月23日
日本からの日本酒の欧州向け輸出は、他地域に比較してまだ少なく、今後の輸出拡大が期待される。2017年12月8日に最終合意に至った日EU経済連携協定(EPA)において、清酒では「日本酒」および「山形」「白山」が地理的表示(GI)の日本側リストに記載され、これらの呼称は協定発効後、EU域内でも保護されることになる。山形県酒造組合会長でもある出羽桜酒造の仲野益美代表取締役社長に、同社の欧州ビジネスに関する取り組みや、2016年12月にGIを取得した同県の日本酒輸出振興の考え方などについて聞いた(2月28日)。
日本酒の輸出先は米国が最大
国税庁によると、日本酒(清酒)の日本から世界向けの輸出は、2007年の61億円から2017年には156億円と、10年間で2.6倍に伸びている。その内訳を仕向け地別にみると、米国が金額、数量ともに最大で、金額では輸出全体の33.3%を占めている(表参照)。2位以下は香港、韓国、中国、台湾と続く。欧州地域での最大輸出先は英国だが、その割合は2.1%にとどまっており、潜在力のあるこれからの市場といえる。
日本酒は、米国やアジアでは生産工場が多数存在する。特に米国には1980年代を中心に日系酒造メーカーが複数進出し、米国産の日本酒は、安価なコメを原料として世界の日本酒市場で価格競争力を持っている。海外での日本酒のイメージは、高品質な日本の地酒よりも、こうした海外で現地生産された価格競争力ある商品によるものがいまだに支配的だが、近年は全国各県の酒造組合の輸出促進の取り組みなどにより、前述のように日本産の日本酒の輸出が伸びている。
日EU・EPAの日本側GIリストに載る
また、世界最大規模で最高権威に評価されるワイン・コンペティション「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」(英国・ロンドン)で、2007年に「サケ(日本酒)」部門が設けられるなど、ようやく海外における日本酒のイメージも変わりつつあるといえる。
さらに、日本産酒類のブランド価値向上を目的として、2015年10月に改定された地理的表示(GI)制度に基づき、2015年12月に国レベルとして「日本酒」が、2016年12月には「山形」が、国税庁によりGIとして指定された。2017年12月8日に最終合意に至った日EU・EPAでは、「日本酒」「山形」「白山」が日本側GIリストに記載され、これらの呼称は日EU・EPA発効後、EU域内で保護される対象となった。
他社に先駆けて欧州向けに地酒の輸出を開始
出羽桜酒造は、山形県天童市に所在する、1892年創業の酒蔵だ。代表銘柄は「出羽桜」だが、2008年のIWCで純米吟醸「一路」が「チャンピオン・サケ」を受賞。全国新酒鑑評会では12年連続で金賞を受賞。さらに、2016年のIWCでは純米酒「出羽の里」が「チャンピオン・サケ」を受賞するなど、その品質は世界で評価されている。
同社の海外向け輸出は、地場酒造業者として他社に先駆け、1997年に欧州向けから開始した。現在はアジア、米国向けと拡大し、30カ国以上に輸出している。最大の輸出先は米国だが、欧州では英国、イタリア、オランダ、スイス、スウェーデン、スペイン、ドイツ、フランス向けに輸出している。ただし、売上高全体のうち輸出が占める割合は6~7%にとどまっており、そのうち5割は米国向け、2割が香港向けだ。欧州向け輸出は1割弱程度で、欧州ビジネスはまだまだこれからという状況だ。現在の同社の欧州での販売は、主に米国で契約している卸売業者のロンドン支店に頼っているが、今後は販路を拡大し、スペイン、イタリア、フランス、ドイツを中心にさらなる市場開拓を目指している。
米国以上にハードルが高い欧州市場
仲野社長によると、米国では日本酒が現地で生産され、消費される一定のベースとなる環境が整っていることから、既存の販路がある程度存在するという意味で入り口のハードルは高くない。ただし、現地生産された価格競争力のある「日本酒」との競争は厳しく、比較的資金力に余裕のある会社が、利益を重視せず、一定の品質のものを現地生産の「日本酒」と競える価格で出し、シェアを取りにいくというのが、新規参入を目指す場合にあり得るシナリオだ。
一方、欧州市場は地理的にも遠く、米国やアジアのような日本酒消費市場のベースもないため、日本から攻める市場としては特にハードルが高い。他方で、比較的アクセスが容易な米国やアジア市場のみでは、いずれ競争の波にのまれてしまうという危機感もあり、今後生き残るためにはやはり欧州市場が重要になってくる、と仲野社長は強調する。
現在、欧州における日本からの日本酒輸出国のトップは英国で、同社の販売も好調だ。仲野社長が考える今後の欧州市場攻略のカギとなる国はフランスだが、フランス市場は特に参入が難しく、料理との組み合わせの提案、例えば「カキなどの海鮮料理には日本酒が合う」といったPRや、高級レストランで扱われているというような話題性で、まずは日本酒自体の認知度を高める段階にある。
パートナーとのネットワーク強化も課題だ。欧州に限ったことではないが、海外市場開拓は、現地でキーパーソンをいかにつかまえるかがカギになる。例えば、熱心に営業してくれる小売店がある国では売り上げが一気に伸びることから、フランスやイタリアの市場開拓にはそうしたキーパーソンとのネットワークの構築が大きな課題の1つだ。
「日本酒を世界のサケに」がモットー
仲野社長は、山形県酒造組合会長のほか、日本酒造組合中央会海外戦略委員会委員長の肩書も持つ。山形県内には53の蔵があるが、現在そのうちの7割が輸出しており、東北地域ではダントツだ。現在の主な輸出先は米国、中国、香港だ。
「日本酒を世界のサケに」をモットーに、出羽桜酒造は自社ビジネスを超え、山形県全体の日本酒の輸出振興に取り組んでいる。「ワインのブルゴーニュやボルドーのように、日本も産地でブランドイメージを持ってもらいたい」。仲野社長が旗振り役となり、県を挙げてGIを取得した背景には、そんな思いがある。
ワインの味は原料のブドウでほぼ決まるといわれる。日本酒の地域ごとの特色を出すものは何か。仲野社長に尋ねると、日本酒は、原料となる酒米の品質はもちろんのこと、風土、環境、技術的な要因も味を大きく左右するという。醸造過程での製造者の技術が品質に影響する。さらに、酵母、コメ、こうじを作る菌などでもオリジナリティーを出すことができる。技術的な要因が影響するということは、同じ地域で同じ原料を使っても、必ずしも同じ品質にはならないという難しさはあるが、山形ではGIを取得する以前から審査会を行っており、ある程度は品質の統一感が保たれている。
日本酒産地としての山形の世界的な認知度はまだまだ高いとはいえず、GIを取得しただけで海外でのブランドが確立するわけではない。それでも、日EU・EPAをきっかけとして、EUでも認められたGIを武器に欧州市場を攻めることの意味は大きい。さらに、日本酒のGIそのものの価値を高めるためにも、「山形」「白山」に続く今後、日本各地がGIを取得してほしい、と仲野社長は語る。
県としてGIを取得した最終的な目標は、酒造ツーリズムだという。山形の日本酒を通じて、山形を知り、産地である山形県を訪れてもらいたい。山形に限らず、日本酒産業の今後のあるべき姿として、「地域」で語ってもらうことが目標だ。仲野社長の問題意識の背景には、海外に売り込む際に必ず受ける質問がある。「山形とはどのような地域か」「山形の日本酒のポリシーは何か」「何と一緒に飲むべきか」。こうした視点は、これまでの日本酒産業にはなかったもので、日本国内でもこれまで十分に伝えられてこなかった。
「日本酒」全体で出展、他分野とのコラボレーションも視野に
欧州市場開拓の仕掛けとして、現在、日本酒造組合中央会が取り組んでいるのは、国際的な展示会などで「日本酒」としてまとまった大きなブースを構えることだ。その目標が2017年6月にようやく実現し、フランス・ボルドーで2年に1度開催される世界最大のワイン・スピリッツ展示会「VINEXPO BORDEAUX(ビネスポ・ボルドー)」に出展した。2018年は3月18日から20日にかけてドイツ・デュッセルドルフで開催された世界最大のアルコール飲料のフェア「PROWEIN(プロワイン)」ジェトロブースにも出展した。
さらに、新たな試みとして最近、酒造組合で議論されているのは、食の枠を超えた、インテリア、ファッションなどと日本酒とのコラボレーションだ。米国などの他地域への市場開拓にはない発想だが、欧州ビジネスにおいては今後、こうした視点も必要と考えているという。また、食の文脈で売り込む際にも、日本酒単体ではなく、同じくGI認定の「米沢牛」や「東根さくらんぼ」と一緒に山形全体をアピールしていきたい。決して簡単ではない欧州市場だが、仲野社長の構想は膨らむ。日EU・EPAが後押しとなる今こそ、日本酒のブランド確立と、さらなる輸出拡大の絶好のチャンスだ。
(田中晋、根津奈緒美)
(英国、フランス、スペイン、イタリア、米国)
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