税制改革法案が上下両院をそれぞれ通過-両院協議会の議論の行方に注目-

(米国)

ニューヨーク発

2017年12月11日

上院は12月2日、上院共和党がまとめた税制改革法案を可決した。下院でも11月16日に下院案を可決済みで、今後は両院協議会で両院案を擦り合わせて統一法案を作成する。上下両院の案を比較すると、法人税率の20%への引き下げなど全体の方向性は一致しているが、同税率の引き下げ時期やパススルー事業体への課税方法など内容に乖離が大きい項目も含まれている。多国籍企業の国外関連企業への支払いに新たに課税する規定などもあり、両院協議会での議論の行方を引き続き注視する必要がある。

両院協議会で統一法案を作成へ

上院は12月2日、共和党がまとめた税制改革法案(Tax Cuts and Job Acts, H.R.1)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを可決(賛成:51人、反対:49人)した。下院も11月16日に下院案PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)を可決(賛成:227人、反対:205人、棄権:2人)しており、上下院の税制改革法案が各院を通過した。

上院では、財政赤字の拡大を懸念して反対票を投じたボブ・コーカー議員(テネシー州)を除いた51人の共和党議員が賛成し、48人の民主党議員全員が反対に回った。下院も共和党議員のみの賛成票で可決しており、党派色の強い結果となった。

今後は統一法案の作成に向け、両院協議会を設置して法案内容の擦り合わせが行われる。両院協議会の合意に基づき作成された統一法案を各院が再度過半数で可決すれば、同法案はトランプ大統領に提出される。その後、トランプ大統領が署名すれば、法案は成立する。

両院で内容の乖離が大きい項目も

ミッチ・マコーネル上院院内総務(共和党、ケンタッキー州)は「上院案と下院案はとても似通っている」とし、クリスマスまでにトランプ大統領に統一法案を提出できるとの見通しを示している(議会専門誌「ザ・ヒル」12月6日)。

しかし、上院案と下院案を比較すると、改革の方向性は一致しているものの、内容が大きく異なる項目もあり、両院協議会が作成する統一法案にこれらの項目がどう規定されるかを注視する必要がある。

法人税では、上下院案とも現行最大35%の税率を一律20%に引き下げることで一致しているが、引き下げ時期については、下院が2018年以降の課税年度とする一方、上院は財政赤字の拡大を抑制するため2019年以降の課税年度としている(表参照)。統一法案は予算決議案に基づき、税制改革による財政への影響を向こう10年間で1兆5,000億ドルの財政赤字増に抑える必要がある(2017年10月16日記事参照)。

表 両院の税制改革案の内容(主要部分を抜粋)
項目 現行制度 下院法案
(2017年11月16日可決)
上院法案
(2017年12月2日可決)
連邦法人税の最高税率 35% 20%(一律)
※適用は2018年以降の課税年度から
20%(一律)
※適用は2019年以降の課税年度から
パススルー事業体の所得に対する最高税率 39.6%(個人所得税) 25% 一定条件の下、国内事業所得の23%を控除
※2025年末までの時限的措置
課税方式 全世界所得課税+
外国税額控除制度(注)
源泉地課税方式 源泉地課税方式
海外留保利益への課税 米国への資金還流時に課税 1回限りの課税
(現金など:14%、その他:7%)
1回限りの課税
(現金など:14.49%、その他:7.49%)
海外関連企業の支払いへの課税 一定条件の下、米国法人が国外関連会社に対して行う特定支出に20%の物品税を課税
※適用は2019年1月1日から
※控除措置あり
一定条件の下、国外関連企業への税源浸食的支払いを行う企業に対して10%の追加課税
個人所得税 7段階
(10%、15%、25%、28%、33%、35%、39.6%)
4段階
(12%、25%、35%、39.6%)
7段階
(10%、12%、22%、24%、32%、35%、38.5%)
※2025年末までの時限的措置
控除 独身者:6,350ドル
夫婦合算:1万2,700ドル
  • 基礎控除額を約2倍に拡大
    独身者:1万2,200ドル
    夫婦合算:2万4,400ドル
  • 州・地方税(所得税・売上税)の控除措置撤廃
  • 医療費控除の撤廃
  • 基礎控除額を約2倍に拡大
    独身者:1万2,000ドル
    夫婦合算:2万4,000ドル
    ※2025年末までの時限措置
  • 州・地方税(所得税・売上税)の控除措置撤廃
    ※2025年末までの時限措置
  • 医療費控除の維持
代替ミニマム税(個人・法人) 撤廃 維持
(個人部分については免除額を拡大)
その他 海外拠点の超過所得に対する課税
※控除措置あり
海外無形資産低率課税所得に対する課税
※控除措置あり

(注)海外で支払った税金を米国の税額から控除する制度。
(出所)下院歳入委員会、上院財政委員会資料など

パススルー事業体(株式会社以外の事業体)への課税については、下院案は事業所得に限り最高25%の優遇税率を適用する(小規模事業体のみが対象で、法務、会計、コンサルティングなどの専門サービス業は適用対象外)。一方、上院案は累進課税の個人所得税を適用する現行制度を維持しつつ、一定条件の下で国内事業収入の23%を控除する措置(2025年末までの時限的措置)を導入する。

国際課税に関しては上下院案とも、米国企業の全世界所得を課税対象とする「全世界所得課税方式」から、国内所得のみを課税対象とする「源泉地価税方式」へ移行する。全世界所得課税方式では、外国税額控除制度により海外で支払った税額分は控除できるが、それ以外は利益を海外から米国に還流させた時点で課税される。共和党は、法人税の引き下げとともに、源泉地課税方式に移行することで、米国企業が海外に保有する資金を米国内に還流させ、国内の事業活動を促進することを目指してきた。政府によると、米国企業の海外留保利益は2兆8,000億ドルに上る。

なお、上下院案とも源泉地課税方式への移行措置として、企業の海外留保利益に一度限りの課税を行うとしている。ただし、税率については、下院案が現金および現金同等物の場合は14%、それ以外は7%とする一方、上院案は前者を14.49%、後者を7.49%に設定している。

また、企業に対する代替ミニマム税(注)については、下院案は撤廃するが、上院案は維持するとしている。

そのほか、上下院案には、5年間にわたり設備投資の即時償却を認める措置(上院案は償却率逓減の上で2026年末まで継続)や、支払利子の損金算入制限(上院と下院で算出方法は異なる)などが盛り込まれている。

上院案の個人税制は時限的措置

個人税制に関しては、上院案では多くの項目が2025年末までの時限的措置となっている。議会がこれら措置を継続しなければ、2026年以降は現行の規定が復活する。

個人所得税について下院案は、現行7段階の税率(10%、15%、25%、28%、33%、35%、39.6%)を4段階(12%、25%、35%、39.6%)に変更する。上院案は、現行と同じ7段階だが、所得区分の基準額を変更するとともに、税率(10%、12%、22%、24%、32%、35%、38.5%)を全体的に引き下げる。ただし、上院案での減税は2025年末までの時限的措置となる。

控除に関しては、上下院案とも基礎控除を現行の約2倍に拡大することで一致しているが、これも上院案では2025年末までの時限的措置になっている。項目別控除は、下院案では医療費の控除が撤廃されるが、上院案は同措置を維持するなどの違いがある。なお、高所得者層が多く利用する州・地方税の控除措置は、上下院案とも所得税・売上税の控除を撤廃する一方、固定資産税の控除は上限を設定しつつ継続する。ただし、上院案はこれも2025年末までの時限的措置としている。

なお、上院案にはオバマケア関連法(Affordable Care Act)に規定されている保険未加入者に対する罰金をゼロにする規定も盛り込まれている。

親子間取引の多い企業には追加課税

上下院案はまた、海外関連会社との取引や事業収入が一定規模以上ある多国籍企業グループを対象とした課税制度を新たに導入するとしている。両案とも企業の租税回避行為を防ぐことを目的としているが、対象企業の条件や課税方法には大きな違いがみられる。

下院案は、国外の関連企業との支払いが過去3年間の平均で1億ドル以上ある企業グループを対象に、米国法人が国外関連企業に対して行った一定の支払いに20%の物品税を課す(企業の選択により、この支払いを米国の事業関連所得として扱うこともできる。この場合、国外の租税債務の80%まで控除が可能)。一方、上院案は、過去3年間の平均総収入が5億ドルを超え、国外関連企業への損金算入可能な支払い比率が高い企業を対象に、国外関連企業への支払いに対して追加課税(10%)を行う。

これらの追加課税は、国外関連企業との取引のみを対象とするため、親子企業間の取引が多い外国企業の課税負担が特に増す可能性がある。米国で事業を行う外資系企業をメンバーとする国際投資機構(OFII)のナンシー・マクレモン会長は「この課税は、米国に投資し雇用を創出してきた外国企業に過度な負担をもたらす」と批判している(「CNBCニュース」11月8日)。主要外資系自動車メーカーが加盟する世界自動車メーカー協会も、米国での自動車生産と雇用創出を妨げるものとして、両院の課税案を批判する声明を出している。

在米日系企業からも「法人税の引き下げは歓迎するが、税制改革案には国外関連企業への支払いに対する課税も盛り込まれている。こちらは対象になる取引や税率など前提条件によって、影響が変わってくる。現時点では、税制改革が当社にとって、トータルでプラスになるかどうかは何とも言えない」(日系大手商社)などと、この新たな課税措置の影響を懸念する声が聞かれる。

(注)高所得者や高所得企業にも一定の税負担を求めるという趣旨の下に、1969年に創設された制度。納税者は、各種控除を考慮して算出した通常の所得税額と、各種控除を排除して一定の計算方式で算出した代替ミニマム税額とを比較し、高額な方を支払う。

(鈴木敦)

(米国)

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