デジタル貿易に初めて言及、過剰生産など懸念は山積-2017年外国貿易障壁報告書(中国編)-

(米国、中国)

米州課

2017年04月25日

 米通商代表部(USTR)が3月30日に発表した2017年版外国貿易障壁報告書(NTE)では、最大の貿易赤字相手である中国に関するページが増えた。新たな貿易障壁としてデジタル貿易が加わった一方、産業政策でサイバーセキュリティー関連法や技術移転など従来の懸念事項に対して改善との評価はみられなかった。鉄やアルミなどの過剰生産、国内産業優遇策などの課題への取り組みも不十分としており、これらは新たな対話の枠組みとなる米中包括協議で議論される見通しだ。

過剰生産は改善していないとの見方

米国の財貿易の対中赤字は2016年に3,470億ドルに達し、貿易赤字の約半分を占める。2017年版NTEで中国に関する記述は前年から4ページ増え19ページに上った。障壁の分野としては、知的財産権保護、産業政策、サービス障壁、デジタル貿易、農業、透明性、法制度が盛り込まれた(表参照)。この中でデジタル貿易は新たに追加されており、この分野に対する米政府の関心の高まりがうかがえる。

産業政策では、鉄をはじめとする過剰生産問題について、米中間の合意に基づく中国政府の取り組みは不十分で、依然として減産には至っていないとした。NTEによると、2016年の中国の鉄の生産能力は11億6,000万トン超、アルミは同年1~10月において世界生産の54%を占めている。さらに、ガラスの原料となるソーダ灰については、2015年に2,600万トンだった生産量が今後、国内需要を倍以上上回る速度で伸びるとの見通しを示した。

情報通信技術の分野では、中国製品が外国製に取って代わるという長期目標に沿うかたちでサイバーセキュリティー法が敷かれていると指摘した。CPU(中央演算処理装置)や半導体では、知的財産の国内所有や大規模な研究開発、生産拠点設立など中国への技術移転の有無を基準に、許認可や投資インセンティブ付与を判断する差別的な対応がなされていると批判している。さらに、中国企業に海外の技術が渡るよう、ハイテク分野で外資系企業買収のための補助金供与や、知的財産権の不当な保護および運用による企業秘密の不正流用が横行しているとした。これらの指摘は2016年版NTEでも懸念事項に挙がっていたが、今回は、同分野でさらに規制強化の動きを拡大していると中国政府を牽制している。

知的財産権保護では、音楽や映画、書籍、雑誌、ソフトウエア、ビデオゲームに至る幅広い配信サービスの分野で、オンライン上の海賊版が損害を及ぼしていると指摘した。また、中国側が米企業のコンピュータシステムをハッキングし、企業秘密を含む膨大なデータを盗用していると前年に続いて批判した。同分野では新たに、中国政府・軍部と関わりのある主体が米企業の商標を冒認出願(第三者による抜け駆け出願)し、それで登録した冒認商標を利用してビジネスを展開している点が盛り込まれた。

中国の貿易障壁
分野 項目 障壁内容
知的財産権保護 企業秘密 米企業のコンピュータを侵害し、機密データを盗用
冒認商標出願(*) 中国の主体が米国企業の商標を冒認出願、関連ビジネスを展開
医薬品 新薬承認で価格面の譲歩が条件に
オンライン海賊版 外国のテレビ番組への規制が海賊版の横行を助長
偽造品 医薬品などの偽造品がまん延
産業政策 情報通信技術政策 安全保障を理由に情報通信産業を政府が統制
国内優先イノベーション 国内産業発展を優先した差別的なルール
技術移転・現地化 CPUや半導体での技術移転の有無を基準とする審査ルール
輸出規制 原材料などの国内生産を促す規制
補助金 補助金に関するWTO報告義務の不履行
過剰生産 鉄、アルミ、ソーダ灰を国内需要の減退に反して過剰生産
付加価値税(VAT)還付 輸出時にVAT還付の割合を不当に操作
戦略的新興産業(SEI) SEIを引き継ぐかたちで国家戦略「中国製造2025」が策定
再製造品の輸入禁止 中古品に分類される再製造品の輸入を禁止
基準 国際基準(通信分野の3G、4Gなど)を無視した独自の基準策定
政府調達 政府調達協定に未加盟(加盟水準を満たさず)
投資障壁 不十分な自由化、恣意(しい)的な行政判断、過剰な審査
貿易救済措置 貿易相手国への報復措置として活用
サービス障壁 電子決済サービス 米系クレジット・デビットカードへの不当な規制
映画産業 買い切り方式による配給権輸入(米国は利益配分方式を要求)
金融サービス 厳しい法人適格(資本金や現地売上高などの条件)
保険サービス 中国企業との合弁契約(出資上限50%)が参入条件
証券・資産運用・その他金融サービス 外国出資上限(49%)
通信サービス 最低資本金(1億ドル)条件
音声・映像サービス 外資出資上限(49%)
速達サービス 郵便・宅配の速達サービスで差別的な認可判断の疑い
法務サービス 外資による中国法を扱う資格を持つ弁護士の雇用禁止
デジタル貿易(*) クラウドコンピューティング規制 海外との接続回線やVPN接続の提供を禁止
ウェブ上の検閲・ブロック 厳しいファイアウオール
VoIP(ネット通話プロコトル) ネット上でも電話番号を経由しなければ通話不可能
ドメイン名規制 中国で未登録のドメインへのアクセス禁止
サイバーセキュリティー法 データ関連施設の現地化を義務化
オンラインビデオ・娯楽ソフト規制 配信プラットフォームを政府所有としている
暗号化 特定の暗号アルゴリズムの使用強制
ネット決済サービスへの規制 外資へのライセンスの供与制限
農業 牛・鶏・豚肉 国際機関の安全宣言を無視した輸入禁止措置
バイオ技術承認 トウモロコシなどで許認可プロセスの遅れ
国内支援 綿、豚肉について最低販売価格を保証
関税割当管理(*) コメ、小麦、トウモロコシへの適用(WTOで係争中)
透明性 通商関連法・規制などの公開 法的拘束力を有する命令、通達などが非公開
通知・意見手続き パブリックコメント募集の未実施、実施期間が短い
翻訳 商取引に関する行政手続きの英訳公開が不十分
法制度 行政認可 投資や事業拡大に係る許認可で支障
競争政策 国有企業が独占行為を行うことを合法化する独占禁止法

(注)*は新規追加項目。
(出所)2017年版外国貿易障壁報告書を基に作成

中国のネット検閲を障壁に認定

農業分野では、米国産トウモロコシをはじめ、バイオ技術由来の農産品に対する承認手続きが遅れており、中国産と外国産に対する扱いの差が広がっていると指摘した。2国間協議で約束したかたちの進展はみられず、現在8つの重要な米国産品が未承認だとしている。また、180の国・地域が加盟する国際獣疫事務局が2013年に最低リスクと判断した米国産牛肉の輸入を中国はいまだに禁止しており、さらに出生地から食肉処理場までのトレーサビリティー要件を今後課そうしていると批判した。

サービス障壁では、電子決済サービスについて人民元建てカード決済を外資に認めるようWTOで決定したにもかかわらず、中国が義務を履行していないと批判した。米国は2010年9月、中国電子決済大手の中国銀聯(China Union Pay)と提携しない限り、外資が同国内でカードを発行できない状況をWTO協定違反として提訴し、2012年8月に米国の勝訴裁定が出ていた。中国側に裁定順守がみられないとして、USTRは「WTOでの次のステップを検討している」と新たな対応をほのめかしている。

デジタル貿易に関しては、万里の長城(Great Wall)にちなんで「グレート・ファイアウオール(Great Firewall)」と呼ばれる、中国政府のウェブ上の検閲およびブロックがやり玉に挙がった。それによると、世界中でアクセスの多いサイト25のうち11を中国はブロックしており、推計3,000のサイトがアクセス不能となっている。USTRは、こうした制限が数十億ドル規模でビジネスを阻害していると指摘する。

中国国務院が2015年5月に発表した国家戦略「中国製造2025」については、これまでの国内優遇策を一部引き継ぐ内容となっているとの見方を示し、懸念として、航空、電力、建設などの分野で重要部品の国内調達比率を40%まで引き上げるという目標などを挙げている。

米中間の交渉・対話については、4月6~7日に行われたトランプ大統領と習近平国家主席の初の首脳会談で、新たな対話の枠組みとして「米中包括協議」を設置することが決定している(2017年4月13日記事参照)。貿易については米国の対中赤字縮小に向けた「100日計画」の策定を通じて、牛肉輸出を含む市場開放、知的財産権保護、サービス産業の規制緩和などNTEで触れられた多くの課題が扱われる見込みだ。

(藪恭兵)

(米国、中国)

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