懸念高まる貿易面への影響-トランプ米大統領就任に対する見方-

(香港、米国)

香港発

2017年01月30日

 米国のトランプ大統領就任(1月20日)に対し、1月27日時点で香港特別行政区政府は公式のコメントを発表していない。一方、香港経済は中国を中心とする外部経済に大きく依存しており、現地のエコノミストや企業関係者は、貿易面を中心にトランプ新政権の経済政策や市場の動向を注視している。

<中国の香港経由の対米輸出に影響あれば打撃>

 トランプ大統領就任後の香港株式市場の動向をみると、初めての取引日となった1月23日におけるハンセン指数は前営業日の1月20日に比べ12.6ポイント(0.06%)上昇の2万2,898.52と、大きな変動はみられなかった。その後、インフラ投資の拡大など、トランプ新政権の経済政策への期待などから、1月25日の米国のダウ平均株価が初めて2万ドルの大台を突破したことを好感し、翌26日のハンセン指数は前日比325.05ポイント(1.41%)上昇の2万3,374.17と、大きな上げ幅を記録した。

 

 香港政府の梁振英(C・Y・リョン)行政長官は1月16日に香港で開催されたアジア金融フォーラムであいさつし、「英国のEU離脱や米国の新大統領就任(といった新たな環境)に対し、グローバル経済は適応の途上にあるが、香港の経済・金融市場は堅調に推移している」(「信報」電子版1月16日)と述べた。

 

 トランプ政権の誕生によって、懸念が高まっているのは貿易面への影響だ。香港政府統計処が1月26日に発表した2016年の香港の貿易統計によると、輸出は前年比0.5%減の3兆5,882億4,700万香港ドル(約53兆8,237億円、1香港ドル=約15円)、輸入は0.9%減の4兆83億8,400万香港ドルでいずれも微減となった。香港の対外輸出のうち、98.8%は香港以外の国・地域原産品の再輸出となっている。

 

 主要貿易相手先をみると、輸出入とも中国が最大の相手先で、輸出、輸入総額の5割前後を占めている(表参照)。また、米国向け輸出、輸入比率はそれぞれ9.0%、5.2%となっている。

表 2016年の香港の主要相手先別貿易統計

 香港政府統計処のスポークスマンは2017年の香港の貿易について、「足元の世界経済を取り巻く環境はやや改善傾向にある。こうした状況が持続すれば、アジア域内の貿易および香港の輸出にプラスに働くだろう」とする一方で、「外部の経済環境をみると、米国の貿易政策の動向、米国の金利正常化、一部主要国のファンダメンタルズの弱さ、英国のEU離脱手続きの進展、政治情勢が緊迫している地域が少なくないことなど、不透明な要素が多く存在している」と指摘している。

 

 香港の金融機関関係者はジェトロに対し、「トランプ政権の貿易政策が米中貿易に与える影響を懸念している。香港を経由した中国の対米輸出に影響が及べば、香港の貿易業界にも少なからぬ打撃となる」とし、「米国、中国という世界1位、2位の主要経済国の経済動向から香港は逃れることはできない」と、トランプ政権の政策が香港経済に与える影響について懸念を示した。

 

 なお、トランプ大統領が1月23日、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱に関する大統領令に署名したことについて、スタンダード・チャータード銀行の劉建恒高級エコノミストは「米国のTPPからの撤退は想定の範囲内だ。一方、香港の主要な貿易パートナーは中国であり、香港への影響は日本などの国と比較すると小さいだろう」(「商業電台」1月24日)とみている。そして、劉氏は「米国のTPPからの撤退後は、中国が主導する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)がTPPを代替するかたちとなり、地域内の貿易関係はむしろ深まる」と分析している。劉氏はさらに、「(トランプ政権は)短期間に中国に対して(45%の)報復関税を課すことはないとみられるが、一定程度の関税の賦課は行うだろう。そのため、香港の貿易・卸売業の業況が改善に向かうのは難しい」と、香港の関連業界への影響を指摘している。

 

<主要メディアは対中政策の動向を注視>

 トランプ政権発足後の米中関係の行方について、香港の主要メディアもその動向を注視している。現地紙「リンゴ日報」は1月21日の社説の中で「トランプ政権は、中国に対し一方的な経済措置を多く実施するだろう」としながらも、「(これまでのトランプ氏の主張どおりに)中国に対し45%もの報復関税を課すのは難しいだろう」との見方を示した。その理由として、「1974年に米国が制定した通商法では、大統領に対し、国際収支の赤字を理由に150日間に限り関税を15%引き上げることのみを認めている」とし、大統領であっても米国の関税率の調整に関連した権限は限られていることを挙げている。また、同社説では「貿易紛争を激化させる手法は、米中両国の経済にとって共にマイナスに働くほか、外交戦略上のリスクの増大にもつながりかねず、米国内の世論の圧力も高まるだろう」と分析している。

 

 トランプ大統領が、中国が為替操作を行い、200万人の米国の雇用機会を喪失させているとして、中国に対し45%もの報復関税を賦課する、などと発言していることについて、中国本土のシンクタンク中国現代国際関係研究院の前院長である崔立如氏は「トランプ大統領は選挙期間中に誇張したようなかたちで、断固たる態度で米国の外交・グローバル戦略の基本路線を変更することは難しい。一部の重要な政策については、あっさりと当初の主張と異なる政策を実施する可能性もある」(「香港商報」1月22日)と指摘している。

 

 米中関係について、同じく中国本土のシンクタンク中国国際問題研究院院長の蘇格氏は「(両国関係の)ファンダメンタルズをみるべきで、ある時点の言動によって両国関係が動くわけではない。米国、中国は世界1位、2位の経済大国だ。両国関係は世界で最も重要な2国間関係の1つであり、アジア太平洋地域の平和と安定や世界全体の枠組みにも影響を与える」とした上で、「(米中両国は)協力すれば利益を得られるが、争えば互いに損失を被る」とし、トランプ政権下においても、米中関係の安定的な発展が両国の利益につながることを強調した。

 

(中井邦尚)

(香港、米国)

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