トランプ氏の通商政策の実現には障壁が存在－ピーターソン国際経済研上席研究員に聞く－

＜NAFTAの再交渉から着手の見通し＞

問：トランプ政権の通商政策の見通しは。

答：トランプ政権は貿易赤字の縮小を重視している。3月の外国貿易障壁報告書の発表をきっかけに議論が本格化する可能性が高い。ただし、向こう6ヵ月を予想すると、通商政策を実現するのは決して容易ではない。新政権はオバマケアの見直し、税制改正、インフラストラクチャー投資を優先するからだ。

　政策の内容も、原案に比べてより現実的なものになる可能性が高い。その理由の1つは、議会への諮問が必要になること。それを行わないと、別の政策分野で議会の協力が得られなくなる。もう1つは、金融市場へ大きな影響を与えかねないこと。トランプ氏はいずれも望まないだろう。こうした理由で、通商政策の実施には遅れが生じるだろう。

問：北米自由貿易協定（NAFTA）はどうなるか。

答：通商政策では、NAFTAの再交渉から着手するだろう。NAFTAは発効して時間が経過している。新政権は関係企業に声を掛けて、NAFTAの不満を聴取することになるだろう。対象分野としては、知的財産、電子商取引、環境、労働などになると考えるが、いずれも環太平洋パートナーシップ（TPP）の内容が参考にされると予想している。

＜対中通商政策は徐々に軟化か＞

問：対中政策はどうなるか。

答：閣僚に指名されている面々は、中国と通商戦争になることは望まないだろうから、徐々に軟化していくのではないか。その代わり、アンチダンピングの利用やWTOへの提訴は増加する可能性が高い。米通商代表部（USTR）代表に指名されたロバート・ライトハイザー氏はこの分野の専門家だ。従来、USTRは勝訴する案件のみをWTOに提訴してきたが、ライトハイザー氏はそれに従わないだろう。案件を増やすことによって、国民へのアピールにもなる。

問：対日政策は。

答：新政権に加えて、議会関係者も日米間の自由貿易協定（FTA）に関心を示している。NAFTAが片付いたら関心が高まる可能性が高いが、同僚と私は実現する可能性は低いと考えている。

＜英国とのFTAは早くても2018年以降＞

問：それ以外で注目すべきは。

答：トランプ新政権は英国とのFTAに関心を示している。しかし、米国企業は英国のEU離脱条件が固まるのを待っている段階で、動くのは早くても2018年以降になるだろう。

　また、外国企業の対米M＆Aを審査する外国投資委員会（CFIUS）の運用についても注目している。ここ数年は安全保障上の理由から一部の投資案件の承認を見送るよう大統領に勧告してきたが、トランプ大統領は米国経済への利益を重視した判断を行う可能性がある。

＜2017年の成長率は3％近い可能性も＞

問：税制改正の影響については。

答：IMFが1月16日に、米国の2017年の成長率を0.1ポイント引き上げて2.3％にしたが、低すぎると感じている。減税、インフラ投資、連邦準備銀行による緩やかな金利引き上げと、それによるインフレ率の上昇は成長率を3％近くまで高める可能性がある。

　税制改正で注目されている国境税（注）の導入については、法人減税を実現するための新たな財源として議会共和党が進めてきたものだが、内容はまだ不確かだ。トランプ氏が「複雑すぎる」と発言したことで今後の見通しはより不透明になったが、もともとトランプ氏も前向きに捉えていた。今後、再び翻意する可能性もある。ただ、小売業、自動車販売業などが反対の姿勢をみせており、どうなるかは分からない。

　代案として、輸出時の付加価値税の還付を見直すよう、メキシコに働き掛ける可能性も考えられる。本来、欧州型の付加価値税を導入するのが王道だが、米国では歴史的に付加価値税は嫌われてきた。それ以外の案としては、法人減税の水準を20％まで下げずに25％程度にとどめるという考えもあるだろう。

（注）共和党の税制改正案で明らかにされた新たな税制度。付加価値税と同様、仕向け地課税とすることにより、輸出品を非課税とする一方、輸入品は輸入時に課税する案。詳細については、議会共和党関係者と政権移行チームの間で調整が進んでいると報じられている。

（秋山士郎）