電子窓口や認定事業者制度で手続きが迅速に-TPP発効が貿易円滑化に与える影響(1)-

(メキシコ)

米州課

2016年09月09日

 環太平洋パートナーシップ(TPP)の第5章は税関手続きと貿易円滑化について定めており、加盟国に透明性の高い税関手続きや貿易円滑化の取り組みの強化を求めている。TPPが発効するとメキシコの貿易手続きはどう変わるのか。メキシコの貿易実務の現状分析や、「TPP原産地証明制度普及・啓発事業」による国税庁(SAT)税関総局へのヒアリング調査などを基に、2回に分けて報告する。

48時間以内の輸入貨物引き取りを求めるTPP

 TPP510条の2a)は、加盟国が自国の関税法令の順守を確保するために必要な時間内(可能な限り物品の到着後48時間以内)に物品の引き取りを許可することを求めている(急送貨物については、別途第57条で6時間以内の引き取り許可)。この48時間という目標はメキシコの輸入通関の現状から考えて現実的だろうか。

 

 輸入通関に要する時間は輸入する貨物の種類によっても大きく異なるため、あくまで参考データにすぎないが、世界銀行が201510月末に発表したビジネス環境調査「Doing Business 2016」は、重量15トンのHS87.08項に分類される自動車部品(コンテナ貨物)の輸入通関や通関書類の準備に要する時間と費用を世界189ヵ国で比較している(表1参照)。それによると、メキシコの同貨物の輸入通関に要する時間は44時間。他のTPP参加国と比べると日本を除く先進国やマレーシアには及ばないものの、チリ、ブルネイ、ペルーに比べると早い。また、TPP参加国以外の主要新興国と比べると、トルコには及ばないものの、総じて迅速な通関所要時間となっている。

表1 「Doing Business 2016」におけるTPP参加国および主要新興国の輸出入通関に関する指標

 ジェトロが20167月、SAT税関総局のホルヘ・アルトゥーロ・アルバレス税関計画課長に通関に要する時間について確認したところ、2011年以降、貿易単一電子窓口(VUCE)を通じた通関手続きの円滑化を実施しているため、必要な申告データを全て入力し、事前に租税公課の支払いと添付書類の税関システムへの送信が行われていれば、通常は3時間もあれば通関は許可されるという。

 

VUCEAEOを通じ税関手続きを円滑化>

 政府は近年、税関手続きの円滑化に力を入れている。2011年から導入されているVUCEは、輸出入に関する手続きを1つの電子窓口で行えるシステムで、輸入者は通関士らを通じてインボイスのデータをCOVEと呼ばれる電子書類に変換し、その他の添付資料もPDFなどで税関のシステムに事前送信する(2011年10月11日記事2012年2月17記事参照)。港湾や陸路国境税関で検査員が貨物検査を行う際は、電子タブレットを用いて輸入者がシステムに事前送信したデータや添付書類と貨物内容を照合するかたちで行う。VUCEを通じて農牧省、保健省、環境省、国防省、エネルギー省などの輸出入許可などの発給申請も行うことができる。

 

 また、2011年末からNEECと呼ばれる認定事業者(AEO)制度も導入し、税務、通関、物流セキュリティーの3つの分野でコンプライアンスの徹底が認められた事業者については通関手続きを簡素化する措置を導入している(2011年12月26日記事2016年6月1日記事参照)。アルバレス税関計画課長によると、諸外国とのAEO制度の相互認証も進めており、既に韓国(20143月)、米国(201410月)、カナダ(20165月)との間で協定を締結している。チリ、コロンビア、メキシコ、ペルーが加盟する太平洋同盟においても、AEOの相互認証に向けた作業計画が20169月に策定される見通し(201712月に最終的な協定を締結する目標)。

 

 さらに政府は、全国60ヵ所の税関検査場のインフラを刷新し、非開梱(こん)検査設備の導入やセキュリティーカメラの設置などによる通関円滑化と違法行為撲滅を目指す税関科学技術統合計画(PITA)に着手している。20163月にインフラ整備などに係る入札プロセスが終了し、今後具体的な整備が始まる。アルバレス税関計画課長は、これらの取り組みを進展させることにより、TPPが参加国に求める体制を問題なく整備できると考えている。

 

<通関前の貨物内容の点検が課題>

 表1で示した世銀のビジネス環境調査によると、メキシコでは通関に要する時間はそれほど長くないが、通関申告のための書類準備に時間がかかる。輸入の場合は18時間となっており、先進国のみならず、タイ、マレーシア、トルコなどの新興国と比べても時間がかかる。その要因の1つとして、通関士が輸入申告前に税関の保税区域内で行う貨物内容事前点検(通称:プレビオ)に時間がかかることが挙げられる。

 

 メキシコでは原則として、登録通関士を通じて輸出入申告を行う必要がある(2015年7月1事参照)。プレビオは貨物と書類の照合(数量、商品名など)を目的として行われるものだが、誤申告時の通関士の責任が重いため、通関士が税関法第42条で認められた権利として輸入者に実施を求める。保税区域で開梱検査されるため、貨物へのダメージが懸念されるほか、点数が多い貨物は通関までに要する準備期間が長くなる。通関士の合意を得てプレビオの省略・簡素化を行うことは可能だが、通関士を納得させることは容易ではない。

 

 なお、プレビオを伴う通常の通関で法規違反が指摘された場合、通関士は未納の租税公課や延滞金利など(罰金を除く)についての支払いに連帯責任を負うが、プレビオがない場合、税関法54I項の「輸入者から与えられた情報が不正確であり、不正確であるという事実を知る由がなかった」という事由が適用されて通関士の責任はなくなり、輸入者が全責任を負うリスクがある。

 

 輸入者のリスクを抑えながらもプレビオを回避する手段は存在する。税関法98100条が定める「レビシオン・エン・オリヘン(Revision en Origen)」と呼ばれる通関自主点検制度を活用する方法だ(表2参照)。この制度を利用した輸入では、輸入者自らが輸出者から送られてきた商品のデータを検証して正しいものであると宣誓し、通関士は連帯責任を負うことなく輸入者から与えられたデータを基に輸入申告する。たとえ、輸入申告時に貨物内容と申告内容の齟齬(そご)が発覚したとしても、税関は追徴課税を行うのみで罰金などの制裁は科さない。その代わりに輸入者は租税の未納に気付いた時点でその都度修正申告を行い、自主的に納税を行う。

 

 さらに同制度を活用する輸入者は、前年に実施した輸入申告の内容を点検して2月末までに報告を行う義務がある。その報告の際、税関法99条が定める公式に基づき、当局の貨物検査の結果として追徴課税を受けた確率(未納摘発確率)が、貨物検査を受けなかった商品について輸入者が自主的に申告して追加納税を行った確率(未納自主申告比率)よりも高い場合、その確率の差に基づき追加で租税公課を納める必要がある。

 

 同制度のメリットとしては、(1)通関士に責任が及ばないためにプレビオを省略できること、(2)自主的な納税や税関法99条に基づく租税公課の追加支払いを行うことで罰金などの制裁を回避することができること、(3)通常はSATの許可が必要な輸入申告書のデータを輸入申告後10日以内であれば修正できること、などがある。ただし、SATに対してあらかじめ「企業商品通関登録」と呼ばれる登録を行う必要があり、通関士や輸送業者のデータ、事業所や工場の住所、顧客やサプライヤーのデータ、在庫管理システムの名称、同制度を活用して輸入通関する商品のデータ(HSコード、品名)などのデータを登録し、変更があった際は、その都度届け出なければならない。また、同登録を行うためには主に以下の要件をクリアする必要がある。

 

1)税務義務履行証明(Opinion Positiva)を持つこと

2)行政手数料〔2016年は5,337.12ペソ(約29,000円、1ペソ=約5.5円)〕を支払うこと

3SAT発行のブラックリスト(税務義務違反者など)に掲載されていないこと

4)有効なデジタル印章を持つこと

5)輸出向け製造・マキラドーラ・サービス業振興プログラム(IMMEX)の登録を持つこと、IMMEX登録がない場合、前年に16705,330ペソ以上の輸入を行った実績(あるいは当該年に行う見込み)があること

6)常にアップデートされている在庫管理システムを有すること

 

 同制度を活用すると当局から罰金などの制裁を受けるリスクを高めることなく、プレビオを回避して通関を円滑に行うことができるが、IMMEX登録や一定以上の輸入額要件があり登録できない可能性があることに加え、多様なデータの登録や更新義務が課され、管理コストが増加することも考えられる。同制度のメリットとデメリットを見極めた上で利用を検討すべきだろう。

表2 通関自主点検制度のメリット・デメリット

(中畑貴雄)

(メキシコ)

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